この気持ちが変わったのはいつだろうか。
俺にもわからない。
聞かせて?
昼休み開始を知らせるチャイムが鳴る。
もうすぐ、あいつがやってくるのぅ。
「、今日も弁当か?」
「うん、ちゃんと作ってきたけど。それが何、仁王?」
「いんや、別に」
立海のテニス部のたった一人のマネージャーであるは、
同じくレギュラーの仁王と不幸にも同じ組、隣の席だ。
「あ、そういえばブン太に渡してないや」
「相変わらず脈絡ないのぅ。昨日の罰ゲームのことかの?」
「そうそう。私は頑張ったよ、クッキー」
「ケーキじゃなかったんか?」
「崩れるし、跡部が冷蔵庫使わせてくれないから生クリーム溶けるもん」
「・・・・・・珍しく気合入ってるのぅ」
「だってこれでカフェのタダ券ゲット!どうですお兄さん、いっしょに行く?」
「・・・・・・。それは魅力的じゃのぅ・・・」
「あ、ちなみにこれは仁王の分。綺麗にできたのだけいれたから」
「そりゃあどうも」
綺麗にできたのだけ、ということはブン太の分はどうでもよかったのか。
そんな疑問は今更なので、さらりと流しておく。
ありがたくちょうだいして、早速包みを開いて一つ食べようと
した時、体当たりが来た。
その主など、仁王には考えなくともわかる。
いつものようにきた、後輩だ。
「ちょっと、何手作りクッキーなんて食べようとしてんスか!」
そう、のことを好いている、赤也だ。
こんなやる気の無い変な女に好くなんて珍しい奴だと思う。
まぁ、気持ちもわからんではないが。
「何、赤也またきたの?」
「こんにちわーっス!うわ、先輩このクッキーマジうまい」
「それはどうもありがとう」
「って、俺の分やちゅうに」
「先輩ほんと料理上手ッスねー」
体当たりされた腕をさすると、見事にその腕の中にあった包みが
なくなっていた。
不意打ちに避けれなかったのぅ、俺にしては珍しい。
それほど赤也が本気だったというわけか。
「先輩、昼飯代500円貸して?」
「はいはい。でも足りるの?」
「全然!」
「はぁ・・・」
これももう、随分と長い、毎日のやりとりになっている。
は机の上においてある弁当の包みを解き、蓋を開けた。
溜め息をつきながらも、箸でその中の一つを掴み取る。
「ほら、これあげる」
そしてそのまま、摘んだカラアゲを赤也の口に突っ込んだ。
赤也は凄く嬉しそうな顔でそれを頬張り、噛みしめる。
「いいんか、?」
「いつもの事だしね、別に」
「そうじゃのうて、今のカラアゲ本当は自分が食べたかった物じゃろ?」
「・・・そんなかっこいいこといっても仁王にはあげませーん」
えへへ、と笑うの頭を仁王が軽く小突く。
その雰囲気は、明らかに特別なものに見える。
「先パーイ、俺もうちょっと欲しいなぁ」
「え、やだよ、私の分なくなる!」
「俺腹へって死んじゃうッスよ・・・?」
「・・・・・・っ、わかったよ、ほら」
ブツブツ言いながらも、赤也に食べ物をあげているは
確実に赤也に弱いのだろう。
本当、得をする性分だ、奴は。
しかもわざわざ箸で口に持っていくところが、の律儀だが鈍いところだ。
赤也のあの幸せそうな顔を、食べ物のことだけと思っている。
・・・でも、一人だけ幸せにするわけにもいかんしな。
「、俺にはくれんのか?」
「さっきあげないって言ったばかりでしょうに」
「俺も腹減ったのぅ・・・」
「そのパンを食え!」
「いいんかのぅ、そんなこと言って」
にや、と笑う仁王に、は何だかぎくりとした表情を見せ
慌てて弁当を突き出す。
ははははいっ、どうぞ!と冷静に装えてないところを見ると
何だかわけがありそうだったが、赤也はあえて聞かないでおく。
二人だけの秘密が多くって、本当に厭になる。
チラリ、と仁王が向けた視線が勝ち誇っているもので
赤也は思わず睨んでしまった。
この人相手だと、自分が年下で、またいかに子供なのかを思い知らされる。
そして、が仁王に向ける眼差しと、自分に向けるものが違うことに
気付いてしまってからは、更にそれが癪だった。
昼休みが終わると、もうあとは放課後まで起きている意味などない。
毎休み時間ごとに遊びに行くときもあるが、さすがに教室移動があるので
毎日することはできなかった。
そして今日も、その日。先輩のクラスはちょうど体育、美術、と
実技教科ばかりが並び、今日は殆ど教室にいない。
つまんねーの・・・。先輩のところに行かないなら、起きていても仕方ない。
部活で扱かれるんだし、体力温存ってことで、遠慮なく寝る。
昼休みが終わって教室戻ってすぐそうして、チャイムの音を聞くことはない。
ダン!
どれくらい経っただろうか。大きな音で、赤也は目を覚ました。
殆ど起きていない頭で時計を見ると、どうやらもうチャイムは鳴ったようだ。
授業終了、イコール部活!
ばっと起き上がったその目の前には、大きな音の正体らしい
分厚い英和辞書と、何枚もあるプリントだった。
「幸せそうに眠るのは結構。でも、ツケは払ってもらうぞ?」
にっこり、と微笑んだ英語教師を前に、赤也は呆然とするしかなかった。
そして、今に至る。
「俺一人で終わるわけないじゃん」
大分人がいなくなった静かな校舎の中を、いつもの教室に向かって歩く。
ちょうどお目当ての人物の声がしたので、駆け足になろうとしたときだった。
「やぁ・・・ちょ、っと・・・・・・」
「俺は本気じゃぞ?」
「嘘・・・ホントに、やるの?」
「あぁ・・・もちろん」
怒りを通り越して、思考が停止しそうだった。
踏み出した足が、静かに止まる。
今の声は、明らかにと仁王のものだった。
小さく響くその二人の声。
どういう状況、だよ・・・。
「ちょ・・・っ、仁王・・・・!」
しかし冷静な頭とは裏腹に、体は正直で。
赤也はのその声に反応してしまい、思わずドアを開けてしまった。
目の前にあったのは、壁にを押し付けて被さっている仁王。
赤い顔でそれを押し返している。
でも、明らかに、キスをしていた。
仁王の手がの頬を押さえ、その長い指が顎を捉えていた。
そのせいで、赤也の位置からは唇が合わさっているのが見えなかったが
でも、その密着した状態と、仁王の唇の位置がそれを物語っていた。
「・・・なん、だよ」
「嘘・・・っ、あ、か・・・や・・・・っ!」
「何だ赤也。野暮じゃのぅ」
の目には涙が溜まっていて、でもそれは羞恥からの涙で。
赤い顔を隠そうと、何か言葉を紡ごうとするのがみてられなくて
視線を逸らした。
それをみて、仁王はから離れ、赤也の方に三歩ほど近づいた。
「お前、英語の居残りじゃて?に助け求めにきたんじゃろ」
いつもと変わらないその口調に、苛立ちばかりだ募る。
でも、が先ほどの行為を本気で拒んだようには見えなかった。
なんだよ、どういうことだよ・・・。
先輩、好きな人も気になる人もいないって・・・そう、言ったよな?
その場に立ち竦む赤也に、仁王はただその目元を細めるだけ。
その雰囲気に耐えられなくなったのか、は赤い顔のまま
仁王に何か小さく言付ける。
それが視界に入っていても、赤也には処理できるほどの余裕などなく。
ただ、現実じゃないと言い続けていた。
ただの、戯れか。ゲームか何かなのか。
「・・・え、英語のプリント?しょうがないなぁ、行こう」
上ずった声で紡がれる言葉も、いつもだったら凄く嬉しいはずの
手に絡みついた細く柔らかい腕も、微かな柑橘系の香りも
何もかも、現実味がなかった。
その腕に引っ張られ、赤也とは二年の教室へ歩いていった。
の顔が赤いままの理由など、赤也に分かるはずもなかった。
しかし、赤也の頭の許容範囲なんてたかが知れていて。
放課後、二人っきりの居残りという絶好のシチュエーションに
そして、目の前に積まれたプリントによって
感傷に浸る暇など無かった。
「赤也、そこ間違えてる」
「えー・・・またっスか?」
「辞書引かないからこうなるんだよ」
「だって、アルファベットの順番すらわかんないし」
重症だわ、とは溜め息をついた。
先程までの赤い顔はいつも通りに戻っている。
「・・・もう一回、一年生やり直した方がいいよ」
「先輩が先生ならやりますって」
「はいはい。だからまた間違い、何で受動態がやった方になるの」
「ジュドウタイ?」
「・・・・・・。された、とか受身のこと」
「はぁ・・・」
「わかんないかなぁ。受けなわけ!攻めちゃいけないの」
よかった、いつもの調子だ。
心のどこかで安心している自分がいて、赤也は
無意識にそれを振り払う。
の教え方は有名な曲の歌詞で説明してくれたり、冗談混じりの
実用的で日常で使うような例文なので、とても面白かった。
お堅い英語教師より、ずっとわかりやすいし、
「これ、こうっスか?」
「お!大正解、すごいね切原!」
正解すると、とびっきりの笑顔で褒めてくれる。
不正解だと眉間に皺を寄せてどうするか悩むので
笑顔だと更に嬉しくて。それはそれで可愛いのだけど。
正解!というとびっきりの笑顔見たさに、惚れた弱味と自覚しつつも
頑張ってしまうのだ。
「あ、でも次間違ってる」
「・・・・・・マジ?」
「みてらんないわ・・・二年って言ってもまだ簡単でしょうに」
「そうでもないっスよ」
「しかもこれ一年の範囲も入ってるのに・・・この点数はありえないでしょ」
ちなみに、50点以上の英語のテストを見たことがありません。
要領がいいから1とかにはなってないらしいが。
溜め息をつくに、赤也はシャーペンをくるくる廻しながら
にや、と笑った。
「そんなこといって、先輩もこの間の国語の小テスト20点だったくせに」
「な・・・っ」
「先輩たちから聞きましたよー。先輩国語得意なのに。ダメなんでしたら教えますけど?」
「あっれは・・・ちょっと、仁王が・・・・・っ」
仁王。
出てきたその言葉に、思わずかちんときてしまった。
動揺してあたふたと手を振りながら言い訳をするの手首を、思わず掴む。
まっすぐ先輩の目をみて、問う。
「仁王先輩とどういう関係なんスか」
「えっ、どういうもただの友だち・・・痛っ、」
ぎりぎりと、掴む力を強める。細くて折れそうな手首。
は痛みに顔をしかめる。
「じゃあ、さっきのキスは?」
「・・・っ」
「なんで何もなかったみたいに振舞ってるんスか?」
そんな軽い女じゃないってわかってる。
恋愛関係はすげー鈍いのも知ってる。
だから、先輩にとってキスする相手って、一つだろ?
「赤也。違うの、あのね・・・っ」
「好きだ」
え、とが目で問う。
「他の男とキスするなんて耐えられない」
もう、嫌なんだ。
俺はもうずっとアンタのこと、先輩だなんて思ってない。
俺にとって先輩はもっと欲しくてたまらない存在。
「俺だってずっと、したいって思ってるのに」
ぐい、と手首をひっぱって、赤也は唇を重ねた。
噛むような口付け。
欲しくて、欲しくて、気が狂いそうなくらいアンタが好きなんだ。
「・・・・・・俺と付き合ってください、先輩」
唇を離して、告げる。
は顔を真っ赤にして、小さく頷いた。
「え、」
あまりにも意外すぎて、自分の目を疑う。
望んでいた答えなのに思わず赤也は固まって、をみた。
「・・・こちらこそ」
俯いたままそう呟いたは、耳まで真っ赤だ。
赤也は掴んでいた手首を離して、混乱する頭で
聞き返す。
「ちょっ、俺ですよ?仁王先輩じゃなくて、俺とでいいんスか?」
「じ、自分でいっといて聞き返さないでよ・・・」
「だって!じゃあさっきのはなんだったんスか!」
「仁王に嵌められただけ!」
「はぁっ?」
すっかりいつもの調子になってしまい、は耳だけはまだ赤いが
普段通り赤也をにらみつけた。
・・・いや、普段の方がまだ優しい。
「してないもん、・・・キスなんて」
「ほんとスか?」
「赤也が来るってわかってて、あいつがいきなりフリしただけなの」
何でそんなこと、と赤也が問う前に、半ば自棄になったように
は言葉を続ける。
睨み付ける視線も、苛立ったような態度も、全部照れ隠しだ。
「わ、私の気持ち知ってるから、策を興じただけっ」
「・・・・なんだ」
なんだ、じゃあ。
俺に見られて動揺したのも。
俺に毎日弁当くれるのも。
いいようにとっていい、ってことか。
そう思ったら、もう赤也の心は幸せで満ちていた。
自然と笑顔になる。
「あ、なんか、その幸せそうな顔がちょっとむかつくっ」
「へへっ。自分の耳の赤さ、どうにかしてから言ってくださーい」
「っ」
あ、そうだ。
大事なことをきいていない。
「ねぇ、先輩」
「なに?」
「俺、先輩の気持ちまだきいてないっス」
ニヤ、と赤也は笑う。
ずっと待ってたんだし、いままでの努力も報われたいじゃんか、やっぱ。
「先輩の気持ち、言葉で聞かせて?」
悪戯な瞳は、いつになく輝いていた。