驚いて、何もいえなかった。

   朝、学校にきたら、自転車置き場に修二と彰がいた。
   そのときの、真剣な表情の彰が放った言葉。



   『野ブタを、俺だけのものにしたい』




   (う、そ)

   ばか。うそつき。
   ずっと一緒だっちゃ。大切な宝物なぬーって自分でいったくせに。
   


  

   (彰なんか、・・・っ)





   その日から、彰とろくに口を利いていない。
   いや、それ以前に顔すらあわせていない日々が続いた。
   
   突然きたら、シカトかスルーして修二のところへ駆け寄る。
   彰が嫌っていってから、滅多につけない香水をつけて。
      
   帰りも修二か信子ちゃんか他の人と一緒に帰っていた。
   私が怒ってるって、いくら彰だって気付いてる。
   涙が出てきた。くそ。止まれ、止まれよもう。大嫌いだ、あいつなんて。
   



   「、ちゃん?っどう、したの・・・?」     
   



   そんな帰り道。信子と歩きながらも彰の事ばかり考えてて、
   私の眉間に寄った皺をみて、信子は困ったように顔を覗き込んできた。

   
   しまった、すごく困った顔させてる。


   もちろんこんないいこに、本当の事を話せるわけもない。
   修二が一番ちょうどいいくらいに楽なんだよなぁ。(性格も、立場も)




   「宝物って言ったものが、今はもうただのガラクタなんだって」


   

   うそつき。だから、怒ってるの。嫌い。


   (だって・・・そんなの、悲しすぎる)   

   

   すごく比喩的な表現だったから、信子には真意がわからないと思う。
   
   壊れるのかな、私の世界は。薄れていくのかな、この想いも。
   自嘲から、笑みが零れた。


   プス。

    
   え、と思って我に返ると、信子が私の頬に指を指していた。   
   意外だったので、目を丸くするしかなかった。
   こういうのって、どちらかっていうと、ほら。でも可愛い。



   「っそ、そんなはず、ないと思う。だから、そんな、顔・・・っ」


   
   信子は首を横にブンブン振っていた。
   微妙に怒った顔を、している。

   わかっちゃったのか、信子には。人の心がわかる子だもんね。

   

   「でも、ね(現実だったんだ、夢じゃなくて)」

   「たぶん、その人は・・・喜ばせようと、するんじゃ、ないかな」

  

   そんな人だよ、と信子はいった。
   指されたままの指の力が、少し強くなっていた。
   強い意志を感じさせる双眸が、真っ直ぐ見据えてくるのが疎ましかった。
   でも、それ以上にそう感じる自分が、厭だった。
 
   
   そんなわけない。 


   今、彰が笑顔にしたいのは、信子だから。
   宝箱は、いつかいっぱいになる。
   今はちょうどそのとき。宝物は入れ替わっていくんだ。
   取捨選択されて、きっと心から消えていく。

   あぁ、いっそ私の宝箱も全部捨てられたらいいのに。


     




   

   信子と別れた後、家の近くで彰のおいちゃんにあった。   

   と、思ったら、私は気を失っていた。

   

   「・・・ごめんなぁ、ちゃん」



   目を覚ましたとき、真っ先に目に入ったのは暗い空。
   もう夜だった。
   そして、耳が痛くなるような音の洪水の中だった。
   バババババ、と延々と続く雑音。
 
   隣には、満足そうな笑顔の彰。


    
   (嘘、でしょ・・・)


   
   どうやらここは、ヘリコプターの中。
   吃驚して、窓に張り付くと、すごく綺麗なネオンの街が見えた。

   疎ましいと感じていた雑踏が、キラキラと光って。
   暗い空間が、クリスマスツリーのように彩られて。
   とても、綺麗だった。
   
   
   隣に彰がいることも、攫われたって事実も忘れた。

   
   ただ、目の前に広がる綺麗な景色を必死に眺めていた。
   渇きを潤すように、穴を塞ぐように。



   『喜ばせようと、するんじゃ、ないかな』



   信子の言葉が甦った。
   はっと気付く。思わず、呆れた笑みが出た。
   何に怒ってるのかも、何に傷付いてるのかさえ、わからないくせに。
   ・・・ほんと、馬鹿じゃないの。
    
   そんな私を見て、彰は今まで躊躇って近くても触れられずにいた
   私の手をギュッと握った。
   



   「大丈夫なのよーん。・・・やっぱ一番の宝物は、ちゃんだから」

   
   

   (女の子としての好きは、ちゃんだけ)

   

   真剣な表情の彰が低い声で言ったその声は、ヘリの音で届かなかった。
   
    
   宝物を捨てることなんて、できない。
   一緒にいることが当たり前だったから。
   なくなったと思っただけで、呆然とした。
   居なくならないで、って心が叫んでいた。だから。

 
   「え?今、彰なんて言ったの?」
   
   「・・・なんでもないのよーん」


   気になって、聞き返しても、彰はいつもの調子で
   はぐらかすだけ。
    
   でも、表情が目に残って、顔は熱っていた。

   

   「・・・好きだよ、彰」


   
   私の気持ちは、ヘリの大きな音にかき消されて、
   きっとただの雑音と混ざり合うだろう。
   
   宝箱の中身をひっくり返して捨てられるほど、私は幼くなかった。
   本物をみつけたくて、必死に漁ってる。
   捨てたもののなかに、実は本物がある可能性はとても大きいから。
    
   それを教えてくれたのは、幼い彰だったから。



   お願い、私が彰の本物でありますように。