もうすぐ春だ、なんて天気予報のお姉さんは言うけれど
   吹き付ける風は冷たいままだ。
   寒さで目がかすむ。
   吐き出す息は白く、手を擦り合わせてもあんまり効果は見られない。
   
   ジャリ、と砂を踏みしめた音にはマフラーに
   埋めていた顔を上げた。
   待ち人はようやく来た。


   「彰、遅いよ」
   
   「ごめんなぬー」



   なんの悪ぶれもなさそうに笑顔の彰に
   は溜め息をついた。あぁ、私はこんなに寒い思いしたのにさ。

   頬も耳も紅いし、手だって悴んで動かない。
   手袋買うべきだなぁ。修二がくれたっけ。



   「ちゃん、寒い?・・・ちょっと待ってて、」



   自分で聞いたくせに、私が答える前に再び姿を消した彰。
   わけがわからず、私はただ首をかしげた。
   おいていかれた私は呆然と立ち尽くすことしかできない。   

   寂しいよ。なんなのさ、彰は。

   気分が落ち込んでくる。一人は寂しいんだ。


   すると、数分もしないうちに、彰は軽やかな足音をたてて
   走ってきた。白い息を撒いて、にっこりと笑顔で立ち止まる。


   と、思ったとき。



   「ふがっ」

   「ひゃははっ、ちゃん変な顔だっちゃ!」



   口に何かを突っ込まれ、手に息を吹きかけていた私は
   その物体を口に入れてしまったようだ。
   まぬけな声を出してしまって、ちょっと恥ずかしかった。
 
   どうやらつっこまれたのはタイヤキのようだ。

   

   (なんで、タイヤキなの)     

   
  
   普通、温かいココアとかじゃないんですか。
   彰らしくて、笑ってしまう。

   温かいあんこの甘味が口いっぱいに広がって、落ち込みつつあった
   気分も上昇してきた。

   単純だな、と思いつつも、目の前で笑う彰の心遣いと
   温かいたいやきがとても嬉しかった。
  
   
   「おいしい・・・」
 
   「んっかんっか」

   「甘いね」


   幸せになっていた私の腕の裾を、ちょんちょんと彰は引っ張った。
   見上げると、彰が口を大きく開いていた。
   にっこりと笑う。笑顔を絶やさないところが彰のいいところだけど、
   そんなこと思っている場合じゃない。

   え、ちょっと、それって・・・!



   「あーん」



   いやいや口に出さなくても伝わってるけどさ!  
         
   要求してくる意味は分かっても、それを行動に移せるかは別問題だ。
   ひと気は少ないとはいえ、住宅街だから奥さまがたの目もちょこっとあるというか・・・。
   顔が紅潮していく。

   わくわくした子供のような表情に、さらに熱は上がる。




   (あぁ、そんな期待した目で見ないで!)




   悩んだ挙句、私は甘く温かいそれを、待っている彼の口に突っ込んだ。


   満足した顔で幸せそうに笑う彼の顔なんて、みれなかった。
   俯いた顔からは熱。
   手も顔も真っ赤で暖かくなったけど、さ。  



   「・・・もう二度とやんないからね」



   こんな恥ずかしいこと。

   でもきっと彼のあの笑顔でお願いされたら、大概のことはしちゃうだろう。
   そんな自分に呆れながら、彰の口の周りについたあんこを
   指で拭った。

  




 その笑顔に流されて






   (ううん、ちゃんが一番甘いのよーん)


        
   手首をつかまれ、小さく呟かれた一言と同時に、反応する間もなく
   私の唇は彼の冷たいそれで塞がれていた。  

   あまいあんこの味が消えるまで、それは続いた。