あ、の、ですね、私の脳ミソは
そんなに突飛なことが連続して起きて処理できるほど
有能ではないんですよ。
いくらそれが人生三度目だとしても。
C&F
英士の言葉に、四人の間に沈黙が起きた。
一馬は驚いて目を見開き、結人はちょっと呆気にとられてからにしし、と笑い、
は・・・・ただ、呆然としていた。
「・・・・・・郭、さん?何言って・・・?」
「だから、面白そうって言ったの。の女装版」
そういう意味ではなかったのに、さらりと返されて
は更に悩む。
これ以上同じようなことを聞くと、耳がついてないの?と
言われそうなのでやめておく。
それより、どうするかだ。
社長に連絡したいくらいだけど、生憎ながらは携帯を持っていない。
いや、以前持っていたが手放した。
連絡の仕様がないし、社長もきっとわかっててこの仕事にいかせたのだろう。
だったら、道は唯一つ。
とはわかっているものの、女の自分が男装して更に女装だなんて無理がある。
ツバサが男装するのと同じようなものだ。
「もちろん引き受けてくれるよな、?」
「というか、もう引き受けてるんだって」
「あ、そうなのか。まぁ、落ち込むなって!光栄だと思ってやればいい・・・ブッ」
「笑ったら失礼だぞ、結人」
「だっていい年した男が・・・女装・・・ププ」
一人上機嫌で吹き出している結人を、一馬がやめろよ、と小突く。
その目は、を同情するような目だった。
何、真田さん・・・経験者?だったら可哀相過ぎるので聞かないでおこう。
「でも、これは遊びじゃなくてビジネス」
「・・・はい」
「仕事だから、別に大丈夫でしょ?話を進めようか」
英士の言葉は先ほどのように優しくは無かった。
試しているのだろうか。真意はわからないけど、認められてはないだろう。
彼らは、真剣なんだ。自分はそれに応えなくてはいけない。
迷いがないかと聞かれたら、あると答えるだろう。
しかし、投げ出すかと聞かれたら、ふざけるなと答える自信がある。
せっかく手に入れたチャンス、
一度手にした喜び。
あの高みにいきたい。その為にやることは、一つだ。
「・・・大丈夫だよ、仕事はちゃんとこなしてみせる」
は緑の縁の眼鏡をはずす。
表情が、一変した。
「まだまだ新人だけど、俺にできることならすべてやってやるよ」
まっすぐ目を見据えてそういった言葉に、眼差しに、
三人は面白いものをみつけたように微かに口の端をあげた。
一通り、どういうストーリーかを説明された。
英士の作った歌詞に、は悲しくなった。
どうしてこの人は、いつも悲しい詩ばかりなのだろう。
綺麗で、繊細で、とても美しい歌詞なのだが、とても悲しい。
「これ、曲はもうできてる?」
「少し前にね。何で?」
「いや・・・誰が作ったのかなぁ、と思って」
興味がわく。
どうしてこんなにこの人たちが気になるのだろう。
「あぁ・・・作曲は毎回、一馬がやってるんだぜ」
「一人でッ?」
「・・・ま、まぁな」
「すごいな・・・」
アルバムは全部聞いた。
英士と結人の作る繊細な歌詞を、丁寧に、切なく・・・情景のまま
生かした曲だった。
それを、この・・・どうみても無愛想な人が・・・。
「一馬は作詞苦手なんだもんなぁ」
「うっせ」
そういえば真田さんが作詞した曲は一つもない。
「一応、MDあるから聴くか?」
「あ、うん!」
一馬がバッグの中から一枚の青いMDを出して、
それをに差し出す。
よかった、MD持ってて・・・。
新曲を先取りというわけだ。
ファンとしては叫びたいほどだが、これは仕事。
落ち着いて、一度深呼吸をすると
はMDの再生を押した。
呼吸すら、忘れる。
流れてくる音。オルゴールのような音。
“声が嗄れるほど 叫んでも
涙が涸れるほど 祈っても
“今”の君は見つからない・・・”
一曲目は英士の曲だった。
悲しい、愛する君を失った物語。
全てを失っても、君だけは失いたくなかった。
英士の静かな声と、綺麗なメロディー。
いつものように英士の曲はバラードだったけど、凄く悲しかった。
世界に絶望する。
無意識に涙が流れた。
なんて悲しいのだろう。なんて切ないのだろう。
曲に聞き入った。この曲の世界に飲み込まれた。
外の世界なんて気にならなかった。
「・・・おい、?」
「・・・・・・え?」
「涙、出てるよ」
曲が終わったと同時に、結人と英士の声が聞こえた。
はっと現実に戻ってきた。
大丈夫か?と一馬は言葉に出さなかったが心配そうな視線を送っていた。
「・・・・・・この曲なら、女装でも何でもやれる気がするよ」
ぼそりと呟いたの言葉を、英士は無表情のままきいていた。
英士の曲に対する評価はそれぞれだときく。
悲しすぎる、と暗い曲だと微妙な非難をする者と、
悲しいけどいい、と悲恋を喜び者。
でも、は違うことを考えた。
そんな簡単な評価でいいのだろうか。そう、思った。
「何だよ、英士の曲だけで決めるなよな。俺のも聞け!」
結人は何だか少し嬉しそうな声色でのMDプレーヤーを再び再生した。
前奏が流れてきたので、周りも静かになる。
「ちなみに、俺のはちゃんと恋の歌だからな」
だったら、英士の曲は恋愛じゃないのだろうか。
疑問に思ったが、聞き流す。
英士のとは少し違った、珍しいバラード。
結人らしい、青春ものと取れた。
設定は幼馴染だろうか。
手を延す勇気に地団駄踏んでいたら、君の思いに気付けなかった。
そして、君は・・・。
“聞こえる声 ないはずのもの
溢れていく想いを押し込めることができなくて
世界に 色がついた
光が差した
笑顔に誘われ 君を抱きしめる”
希望が見える悲恋だった。
悲恋ではないのかもしれない。もう一度差した光。
嘘でも良いから、それを掴んだ。
なんだか、本当にあった話みたいだ。
結人の体験談なのだろうか。
自分の境遇に近かった。
結人の曲は、共感できる。
「・・・どうして二人して悲恋なんだよ・・・・」
「あれ、感動しちゃったわけ?」
「こんな悩みがなさそうに見えるのに・・・何で」
何でこんなに、心が締め付けられるのだろう。
英士の曲とは違う、辛さ。
極限よりも、人は些細なことの方が辛いのかもしれない。
「じゃあ、今日はこれを持ち帰って宿題な!」
「持って帰って・・・?」
「そう!じゃあ、また明日・・・10時でいいな」
どうやら明日も学校にはいけそうにありません。
ツバサ、元気かなぁ・・・・。
明日また会う約束をして、今日は別れた。
明日が、とても楽しみだった。
男装のことなんて、頭にはなかった。
ただ自分が、その曲の世界にいけると思うと純粋に嬉しかった。