人は誰しも、自身の心の中にある
悲しみを
虚しさを
喜びを
なんともいえないけれど、共有したいと思うのだろう。
C&F
いつもの学校に向かう時間と、同じ時刻には家を出た。
いつもと違うのは、服装が制服ではなく私服だということ。
待ち合わせは10時なので、昨日のファミレスの近くにある公園か
コンビニで時間を潰す気だった。
公園は、いくらなんでも寂しかったのではとりあえず、と
コンビニに入った。
いらっしゃいませーという店員の声を聞き流し
はパックの紅茶を一つとり、更に奥にあるデザートを見る。
そういえば昨日の紅茶の味はやばかったなぁ、と思い出し
再びあの味が戻ってきそうなので振り払う。
その視線の先に、美味しそうなゼリーが見えた。
すりりんごとまるごとりんごが両方入ったゼリー。お値段も優しかった。
喜んで手に取るが、その隣に新商品らしいマンゴー杏仁があって
両方を見つめながら悩む。
うーむ・・・と悩みこみ、睨めっこしていると、
人にぶつかった。
というより、ぶつかられた。
ドサドサドサドサ。
結構派手な音をたてて、物が落ちると音がした。
同時に、あーあ・・・という聞き覚えがある声。
ははっと現実に返った。
「うわっ、すみません!」
振り返ってみてみると、ワックスのかかったコンビニの
白い床にたくさんのカップ麺が。
どっこいしょ、としゃがむその人より前に
は素早くそれらを集めだす。
「あ、じゃん。久しぶり」
「って、横山さん!」
どこかで聞いた事のある声だと思えば・・・。
拾い集めたカップ麺を、近くの籠に入れて平馬に手渡す。
よくみれば、緑のたぬきだった。やっぱ好きなんだ、たぬき。
「どうしたわけ、こんなところで?」
「時間つぶしですよ」
「あれ、学校は?サボりかぁ、羨ましいな」
「横山さんが言える台詞じゃないと思いますよ・・・」
半ば呆れ気味には呟くと、手元にあるゼリーが
温くなっていたのに気付き慌てて元の場所に戻す。
「何か悩んでたみたいじゃん?どしたの」
「りんごと杏仁どちらにしようかと・・・」
「やっぱ食べ物かー。俺的におすすめはりんごだな。杏仁はやばいぞ」
「やばい?見た目おいしそうですけど」
「マンゴーとの組み合わせがやばいマズくてハマるからやめとけ」
「・・・・・・それって勧めてますよね」
どっちなんだ、一体。
そう思っていると、平馬はいつの間にか会計を済ませていた。
おつりを貰いビニール袋を手にぶら下げて、のほうを向いた。
「悩んだってしょうがねぇから、とりあえず食えば?」
それだけいうと、平馬はコンビニを出てってしまった。
外で「あ、C&Fの感想きくの忘れた」と呟いたのはきこえるはずも無く。
小さく息を吐くと、温くなってないものを両方一つずつとって
はレジに向かった。
選べないのなら、両方選べばいい。
マンゴー杏仁は平馬の言う通り、マズさ具合がなんともいえなくて
密かにハマってしまった。
このマズさを、昨日素晴らしい味を教えてくれた人に
お近づきの印としてお返ししようと思う。
昨日と同じファミレスで同じような話をした。
三人は制服だった。
昨日は私服だったので、少し驚いた。
他愛のない話を少しした後、本題に入った。
「ストーリーとしては、そこに書いてある通りなんだ」
「あの、郭さん。若菜さんのしか書いてないんだけど・・・?」
「俺のほうはプロモにしないことにしたの」
「え!何でですか!」
英士の曲はとても素敵で、プロモの映像まで想像してしまったほどなのに。
「昨日ね、西園寺さんから電話が来て」
「・・・社長から?」
「それで、俺のほうを作るならツバサを貸すからって言われてね」
いつの間に・・・。
そういえば、社長に連絡するの忘れてた。
「でも、ツバサのほうがいいんじゃないかな・・・?」
社長がおすすめするほどだ。
ツバサなら、完璧な女として演じられる。
・・・セーラー服を?本来男であるツバサが哀れだ。
控えめに返すに、英士はふぅと溜め息をついた。
「・・・俺、アイツ好きじゃないから」
きっぱりといわれたその言葉に、は耳を疑った。
しかしそれは紛れもない現実で。
結人も一馬も同意していた。
「可愛いっちゃあ可愛いんだけどなー」
「・・・苦手」
「というわけで、ツバサが出るくらいならやめるってこと」
贅沢な。
その言葉がまず、浮かんだ。
しかしこれは彼らの作品なのだ。彼らが選ぶ権利があるのは当然。
逆に、選ばれた自分は凄く運がよいのではないだろうか。
「それで一致したから、表題曲が英士のになったわけ」
「表題曲・・・?」
「はい、バカ決定な。ジャケットだけ英士のってことだよ」
少し残念だったが、はそれで頷いた。
セーラー服をきたら一発でだとバレるだろう。
飛葉中の制服はセーラーだ。
話が纏まったというか、説明が終わったので
すぐに撮影に入るらしい。
三人に促され、は近くの公園に連れて行かれた。
昨日、結人に引っ張られていった場所だ。
その大きなところから少し奥に行ったところに
ひっそりとある緑に囲まれた場所があった。
そこには何台かの車があり、周りにはスタッフと思われる人が多くいた。
ドラマのロケのようで、は緊張した。
「だね?じゃあ君はあっちの車で準備して」
一番偉いと思われる人にそういわれ、は指差された車の中に入った。
中にあった衣装は学生服。
学ランではなくブレザーだった。知っている制服に似てたので、どきりとした。
うわ、男子の制服だよ・・・。
人が出て行ったのを見てから、着替え始める。
初めての体験だったので、ネクタイを結ぶのに手間取った。
衣装さんにみられてなかったことがせめてもの救い。
その後ほんの少しだけメイクをして、髪をセットして。
車から降りるときに、眼鏡をはずした。
準備、完了。
先刻の場所に戻ると、一冊の台本を渡された。
内容は、三人に見せられた書類と同じ。
簡単に言うと
『幼馴染と春夏秋冬ぜんぶ、ずっと一緒にいた日々。
二人で一緒にいた指定席の場所はとても温かかった。
高校も同じだと笑いあったのに、そいつは何も言わず
姿を消してしまった。悲しみが襲う。
いつもの場所で涙すら涸れて自嘲すると、シャボン玉が流れてくる。
みると、いるはずない君がそこにいて、駆け出して抱きしめる』
といった感じだろうか。結人の走り書きがそのままあった。
簡単なストーリーの影にあるのは、祝福されない恋。
幼馴染は、男で。主人公も男だ。
複雑な話だ、としかいえなかった。
それを自分が演じるのだ。
一番の難しいところは・・・そう、演技。
プロモーションビデオは、台詞が一つも無かった。
表情で全てを語るのはとても難しいことだ。
怯む?怖気づいた?
・・・何、喧嘩売ってるわけ?
緊張のドキドキは確かにある。でもそれを上回るくらいあるのは喜びだ。
「若菜君は大丈夫だよね?」
「はい、バッチシ」
そのやりとりに、え?とは目を見開く。
そうだよ、プロもには相手が必要だ。
「つーことで、よろしくな!」
満面の笑みで言われた言葉に、こちらこそ以外何が返せたのだろう。
結人の服装も、と同じ制服だった。
どうやら、後の二人はでないらしく、日陰でのんびりしていた。
英士の表情がどのようだったかは逆光で見えなかった。
「じゃあ、始めるよ」
今日は色々なとこに行くから覚悟しててね!
かん!という音と共に、カメラが回った。
もう、逃げはできない。
芝の綺麗な公園。
春も終わり頃で、もうすぐ夏。芝生は青々としていた。
人気のないひっそりとしたその場所で、は目を輝かせてくるくると回る。
『変わってないね・・・』
言葉ではなく、視線でそれを物語る。
自分が昔言っていた公園と被り、本当に懐かしくなった。
目を細めて笑うと、結人もつられて笑った。
ブランコ、すべり台。
小さな子供のように、ケラケラと笑って
無邪気に、無心で、遊ぶ。
「はい、オッケー!」
本当にあっという間だった。
そうだ、よく考えればこれは冒頭部分に近い。
たった1シーンなのだ。
一発でオッケーだったのが嬉しくて、は微笑んだ。
うまくできている自信はあまりなかったが、自分の精一杯やろう。
次のシーンの撮影のために、全員車に乗り移動した。
着いたのは、学校。
初めてくるところだった。ずかずかと遠慮なしに入り
屋上まで上がって気付いたのは、この学校が
桜上水という名前だということだけだった。
「くん、プロモは初めてだろう?だから順通りにやるね」
という心遣いから、今日は移動が多いらしい。
台本を見てみると屋上のシーンが一番多い。
衣装も全てそのままなので、カメラや照明だけが準備していた。
何の変哲のない学校の屋上が、緊張感のある場所となる。
本来なら、一番の開放的な場所だ。
入り口のドアのちょうど死角となる場所に、結人と並んで座る。
はい、と渡されたのは、プラスチックの容器。
匂いを嗅いで見ると、洗剤の香り。シャボン液だ。
思わずふーっと吹いてしまう。
液に浸して、息を吹きかけて。でてきたシャボン玉は小さくて可愛かった。
ふと隣を見ると結人も同じようにシャボン玉を作っていた。
のとは違う大きなシャボン玉。
晴れた今日の天気にそれらはとても輝いて見えて、は目を細めた。
結人は本当に楽しそうにシャボン玉をやっていた。
時々、鼻にくっついてバチンと割れたのをいぶがしげに見ていた。
その様子に、つられて笑ってしまった。
「やばい、この歳なのにシャボン玉が楽しいぞ」
「ホント!マジ楽しすぎる」
ふわふわと青空に上っていくシャボン玉は、どこまででも
飛んでいきそうだった。
二人の周りがシャボン玉でいっぱいになる。
「・・・でも、シャボン玉ってすぐ割れるな」
が誰に言うでもなく呟いて、人差し指を伸ばし
シャボン玉を割った。
結人や自分の顔が映っているそれは、いとも容易く割れる。
なんだか、とても切なかった。
人間の関係もこれくらい脆い。綺麗だからこそ、脆い。
どこまででもいけるはずだったのに、いけなくなった。
鼻がつんとして、目の奥が熱かった。
結人がその様子に気付いたらしく、覗き込んできた。
そこで涙が出そうになっているのに気付き、
は誤魔化すように笑顔を作った。
返ってきたのは言葉でも表情でもなく、デコピン。
結構痛かった。涙目になりながら結人を睨んだ。
「・・・・いっ、てぇな」
「何バカなこと考えてるんだよ」
ばか、と口パクで更に付け加えされた。
涙はもうどこかへ飛んでいた。
は不思議と笑顔になっていた。
「はい、いいねー!」
その声にはっとなり、二人は動きを止めた。
カメラは準備中だったはず・・・。
というか、撮影前なのに本気で遊んでしまっていた。
にこにこと笑顔で近寄られ、二人は顔を見合わせた。
プッと笑みがこぼれる。
「今のいいよ、本当に!自然で楽しそうでイメージ通り。ね?」
「・・・いいんじゃない」
「英士くんの了解を得るなんて素晴らしいって!ちょっと休憩ね」
はふぅと息を吐き、力を抜いた。
あんなのでいいの?ただ遊んでいただけなのだが。
確認するように台本を見ると、そのまんま。
楽しかった日々の思い出を作っては意味がないのだ。
次は・・・と軽く目を通すと、その台本がふっと奪われる。
「別にこんなのいらないだろ?ストーリーだけ頭に入れとけって」
「若菜、さん」
「げ!お前さっきあんなに遊んだのにまだ敬語かよ!」
「・・・・・・じゃあどうすれば」
「結人!それ以外は許さないからな、返事しない」
ぞ、という言葉と共にの頬を両手で思いっきり引っ張る。
「いはい、いはははは、やめへっ」
「返事が言えない子には無理かなー」
「わはった!」
涙目でそれだけ言うと、結人の手がパッと離れた。
口が裂けるかと思った・・・・・・。
「ここだけの話なぁ、英士の奴まだお前の事認めてねぇぜ?」
「・・・・・・へ?」
いつもの口調の中に真面目な声色が混ざっていて。
は結人をみる。声は二人にしか聞こえないくらい小さかった。
「英士はなんていうか・・・気に入らない奴にはホントに厳しいからな」
「・・・・・・・・・・」
「・・・まっ、お前なら平気だと思うけどよ!」
ポンポン、と肩を叩かれる。
英士は、ということは結人はどうなのだろう。
聞き返したかったが、それより英士に認めてもらう方が大切な気がして。
はおっし!と心の中で叫んだ。
この撮影が終わる頃には、英士に名前で呼んでもらおう。