薄れない過去は、言葉にされると薄れていく。

   消えない思いも、吐き出せば無くなるのだろうか。

   それとも、上から多くの事を入れれば薄れるのだろうか。

  









     C&F












   の苦笑に、何か引っかかったような表情を見せたが

   あえて一馬は何も言わなかった。

   ありがたかった。


   
   「あれ、英士は?」

   「え?さっきまでここに、」

   「・・・俺、探してくるよ」

   

   おい、と二人がかけた声を流して、は外に出た。

   心配だったわけじゃない。

   ちょっと、居た堪れなかっただけだ。

    
   色々な機材を跨ぎ歩いて、は英士を探す。

   いったいどこにいるんだろうか。

   暑いのは苦手そうだったので、もしかしたら

   先に戻ったのかもしれない。


   家の周りに生えた植物は、所々枯れていた。

   紅い花が咲いていたり、黄色い花が萎れかけていたり。

   公園とまではいかないが、自然に生きていてとても綺麗だった。

   花屋に売っているような、手入れされたものとは違う

   独特の美しさだ。


   いないだろうな、とは思いつつ、裏の方を見てみる。

   ・・・意外にも、いるものだ。

   黒髪を太陽の光に輝かせ、英士はしゃがみこんでいた。

   下を向いたまま、ピクリとも動かない。




   「郭、さん」

   
   

   控えめに声をかける。

   しかし、英士からの返事は無かった。

   というよりも反応すらなかった。


   疑問に思い、は英士の傍に近寄る。

   具合や気分が悪いのだろうか。

   それとも、そんなに興味を引かれるものがあるのだろうか。



   足音を立てないように一歩踏み出し、は屈みこんだ。

   そして、英士の顔を覗き込むような形で、下を向いた。



   言葉が、でなかった。




   いや、何を言っていいのかわからなった。

   だって。

   その視線の先にいたもの、って・・・。





   「・・・あ、アリ・・・・・・?」





   開いた口がふさがらない。

   意外、というか・・・いや、意外ではない。

   なんだろう、度肝を抜かれたというか。

   不意打ち過ぎて、何もいえなかった。




   「あ、行っちゃった」
   



   呆然としているの足元にある小さな穴に、三匹のアリは

   チョコチョコと入っていってしまった。

   英士は、出てくる気配すらないその穴を、しばしの間見つめていた。

   
   それから、に気付いたようで

   一瞬怪訝そうに眉をひそめ、首をかしげた。




   「、何してるの、こんなところで」

   「えっ、あの、」



   
   どちらかといえば、それはこっちの台詞だった。


   郭さん、こんなところで何してるんですか。

   いや、その質問はもう回答済みだ。

   アリを、見てたんですか?が正しいの、かな。


  
   「結人・・・さん、たちが、郭さんがいないって」

   「あ、そう」

   「あ、あと、もうここのシーン終わったんで戻ると思うし」

   

   何を言いたいのだろう、自分は。

   この人の前だとうまく言葉が言えなくなっている。
   
   たぶんそれは、失敗したくない人だからだと思う。

   この人には嫌われたくないからだと。   



   「あ、発見!」
  
   「しかもそんなとこ」

   

   その声に振り返ると、にこにこと笑っている結人と

   溜め息をついている一馬がいた。

   二人は小走りで近づいてきて、呆れたような目で英士を見た。



   「今度は、何があったんだ?」 

   「あ!ちょっと待て一馬、俺が当てる」

   「・・・・・・」

   「この間はテントウムシにチョウチョだろー。だから今度は・・・アリ?」   



   一回手を打って、自信満々にいった結人に

   思わずは拍手してしまった。



   「正解!」

   「ほーらな、俺天才だから」
  
   「凄い、凄い!何で?」

   「、あんまり結人を褒めんな。つけあがるから」

   「えー、これはもう愛のなせる業ってやつ?」

   「ばかじゃないの」
   


   最期に手厳しい英士のツッコミが入り、

   んだよ!と結人が返していた。

   そこから二人の痴話げんかが始まる。

   あぁ、この人たちは三人だからいいんだ。
 


   それから監督さんに呼ばれて、四人で並んで歩き、

   最期のシーンを撮るために学校に戻った。





   



   




   

   もう一度学校に戻って、自分の鞄が目に入り

   はっと気付く。


   忘れてた。      


   機材のセットがもう少し掛かるから、と先程言われていたので

   は慌てて鞄からそれを取り出す。

   よかった、保冷剤入れてくれていたんだ。

   店員のサービスに、拝むくらい感謝だ。



   「結人、さん。一馬、郭さんも」

   「何だよその順番は」

   「別に意味はないけど」

   「ないのかよ。ってか一馬だけ呼び捨てとはどういうことだコラ」
 
   「えっ」

   「ほら、一馬見てみろ、顔赤いだろ」

   「うっせぇ!」  
   


   呼んだら三人とも素直にきてくれて、は満面の笑みを浮かべた。

   特に、結人に向かって。

   


   「これ、差し入れなんだけど」


   
  
   すっと手渡したのは、今朝平馬に勧められてハマった

   そう、マンゴー杏仁。


   
   「なにこれ、新商品?」

   「まぁね。お近づきの印、かな」

   「サンキュー!」



   予想通り、結人が一番初めに食いついた。
 
   一馬も小さく礼を言って、スプーンのビニルを破っていた。

   あぁ、どうかな。

   英士は食べないように見えたので、ちょっと内心ドキドキしていた。

   しかし予想と反して、意外にも英士はそれを食べようとしていた。

   やった。



   にこにこと笑うの前で、結人が多きな一口を、入れた。
 
  
 
   「・・・・・・・!」

   「どう?」

   「・・・っ、い、」

   「マズイだろ!」



   の目が輝く。

   この前の結人と似ているな、と一馬が呟いた。

  
  
   「でもそのマズさが美味いんだな、これが!」
 
   「やった!結人さん、ゲット?」  

   「ゲットゲット!捕まれた!」
  
   「癖になるマズさにハマる!」



   二人は興奮して騒ぎ続ける。

   英士も一馬も、一口入れて、あぁ・・・とだけ呟いた。



   「なぁ、英士」

   「何」

   「何でこの味であんなに盛り上がってるんだよ、あいつら」

   「俺が知るわけ無いでしょ」

   
 
   普通にうまい。

   それが冷静な二人の感想だった。     

   
      

   「お近づきの印としては、上々だろ?」

   


   にっこり笑ったに、結人は満面の笑みを浮かべ

   おう!と返した。




   「一馬と郭さんは、どう?」

   「「普通」」

   

   毒にも薬にもならないし、普通にうまいよ。

   そう英士が付け足した。

   
   するとその英士の手の中から、まだ残っているマンゴー杏仁を

   結人がするりととった。

   そのまま口へ。胃袋へ。

   

   その場の空気が固まった。


   
   英士が、静かに怒っていた。

   意外にも、かなり怒っているご様子。


  
   「・・・・・・・・・・・・」

   「か、一馬。・・・郭さん、怒ってる、よな」 

   「・・・あぁ、かなり、な」

   

   どうしていいかわからず、は一馬の腕を揺する。

   一馬は、いたって冷静だった。

   あぁ、慣れてるんだな。


   こうなったら関わらない方がいいぞ、と

   一馬はに小さく告げた。
   
   は曖昧に頷いて、笑った。