こんな雰囲気に憧れていたんだ。

   心から許しあえる、この三人みたいな関係を。

   あの中に入ることが出来たなら、胸を張ってもいいだろう。













     C&F














   撮影場所の学校に戻るまで、結人と英士の二人は

   ずっと言い合っていた。

   それでも険悪な雰囲気にならないのは、時々入る一馬の

   呆れた言葉があるからだろうか。



   「英士もいい加減、結人を苛めるのやめろよな」

   「苛めてなんかないよ。遊んでるの」

   「どっちでもいいけど・・・。とりあえず、やめろ」

   「一馬がそういうなら」



   とりあえずわかったことは、英士は一馬に甘いってこと。
   
   そして、結人の反応が素直だから、それが繰り返されるってこと。

   夫婦・・・と一人息子にみえる、かもしれない。


   でもまぁ、そんなことを続けているわけにはいかず、

   結人ももスタッフに呼ばれ、身だしなみを整えられる。

   
   一馬と英士は、なにやら日陰で話していた。

   先ほどまでの雲ははれ、空は始めの頃のような青空だった。

   時折流れる雲が、白くて綺麗だった。




   「はーい。お疲れかもしれないけど、これで終わりだからね」




   頑張っていこう!と監督さんが笑い、もそれに笑顔で頷いた。

   とても早く感じたが、時間はきちんと経っていて、もう時刻は

   夕方に近かった。

   春から夏に近い今の季節でなかったら、もう空は赤くなっているところだ。


   もう、ラストシーン。

   君がいなくなった主人公が抜け殻の状態でいつもの場所にいると

   あるはずのないシャボン玉が流れてくる。

   そこにいたのは、いるはずのない君。

   夢か現かわからないが、主人公に希望が差し込んで・・・・終わりだ。


   このシーンがは一番頭に入っていた。

   あの日と被らない、あのときなかった場面。

   喉から手が出るほど、心が欲したこと。

   台本など見ずとも、無意識に覚えた。


   

   「準備は良さそうだね?場所ついて」


   

   監督さんのその声に、はフェンスに寄りかかり、座る。

   そのの死角に結人が準備した。

   
   3、2、1、とカウントダウンの後、はい!と声が響く。

   撮影、開始。






   はなにをするでもなく、そこに座っていた。

   二人だけのいつもの場所にすら、君はいない。

   もう、会えない。

   失うことがこんなに恐ろしいとは。想像以上に、きつかった。

   自分の意識など、ここにはない。

   走馬灯のように君との日々ばかりが浮かぶ。

   心はここには無い。   

   君のもとに、ずっとあったんだ。


   
   どうして、お前がいないのに世界は回るんだ・・・?



   涙も涸れ、表情もなくなった。

   小さく漏れたその言葉は、いやに青い空に融けた。

 
   君がいた頃は、あんなに輝いていたこの場所も

   今はもう、ただの白黒の世界。

   二人だけの地は、霞に滲む。  


   ふ、と顔の前を何かがよぎる。
      
   何だろう、と顔を上げると、そこには無数のシャボン玉。

   自分以外は誰もいないはずのこの場所に、何故。

   思いつくのはただ一つ。

     
   
   何、呆けてるんだよ?



   ないはずの声が、響く。      
   
   弾ける様にその方向を見つめる。


   君が、居ないはずの結人が、そこに立っていた。
 
   シャボン玉の浮かぶ空間に、笑っていた。

   
   信じられなくて、首を振っても

   彼はいる。

   目をこすっても、頬をつねっても、変わらない。    


   感情があふれ出して、言葉にならなかった。

   涙が溢れ、零れる。

   嬉しさからか、悲しさからなのか。
 
   そんなもの、気にならない。       
  
  

   立ち上がり、倒れこむように、結人を抱きしめた。

   

   帰ってきた?

   それとも、自分の見た幻?

   どちらでもよかった。 

   
   君が今、ここにいる。

   自分が今、君を抱きしめている。

   それだけで、充分だった。




   結人が、今までと変わらない表情で、笑った。


   

   “もう少し、このまま夢を見させて”


 








   「カーット!」




   ふぅ、という声が、その場に同時に響いた。


   終わった、んだ。



   そのままの状態でいた結人が、の頭をポンポン、と叩いた。

   顔を上げると、満面の笑みだった。

   はっとして、は結人から離れる。
    
  

   「お疲れ」

   「お、お疲れ様でした」



   はその場にへたり込んだ。

   力が抜けた。

   自分が、仕事をやり遂げたんだ。

   その事実だけで、いっぱいいっぱいだった。


   
   「何、腰抜けた?」

   「・・・・・・ちょっと、力が」

   「まっ、そのままでもいいけど」

   

   え?とが聞き返す間もなく、屋上の更に上、給水タンクに近い部分

   そこに色々な機材が置かれているのに気付く。

   そして、そこには一馬と英士が。


   もしかして。




   「その、もしかして」




   結人がふっと着替え用の布の陰に行くと、即行で出ててくる。

   忍者もびっくり早着替え。


   挑発するような笑みを浮かべ、の頭を軽く叩いて

   結人は英士たちのところに上った。





    
   「今度は、俺たちの本領発揮だ」




  
      
   いっちょやるぜ!という結人の声と共に、カメラが回り

   その場に音が満ちた。



   目の前の光景が信じられなかった。



   生、演奏・・・!
   
   きっかり歌が終わると同時に、はその場にぶっ倒れた。





















   誰かが頬を叩く感触で、は目が覚めた。

   ここはどこだろう。

   車の、中だ。着替える時に使った、ワゴン車の中。

   
 
   「あ、目ぇ覚ました」

   

   視界に飛び込んできたのは、一馬のどアップ。

   声にならない叫びを漏らし、は飛び起きた。

   な、な、な・・・!


   一馬は眉間に皺を寄せていた。

   は状況判断がつかず、慌てるだけだ。

   そんな反応を見て、一馬は溜め息をついた。



   「お前、ぶっ倒れたんだよ」

   「・・・・・・っ」   

   「気分とか、悪くないか?今、英士たち呼んで来るから」

   
   
   車から降りていこうとする一馬の手を、がしっと掴んだ。

   すっごく、迷惑かけたんだ、私。



   「・・・ごめん・・・・・・・・」

   「・・・・・別に、怒ってねぇから」



   それだけ言うと、一馬はの手をやんわり解いて

   走っていった。

   途端に聞こえる大声。



   「あー、びびった!急にぶっ倒れんなよな」

   「熱とか、そういうわけじゃないみたいだけどね」

   「・・・・・・すみませんでした」



   こんな方々を目の前に、ぶっ倒れるだなんて・・・。

   いや、歌を聴いて悩殺されたんですけど。


   の様子を確認すると、英士はどこかに行ってしまった。

   迷惑かけただけ、か。

  
   その反応を見て、落ち込むとは裏腹に

   結人はニヤニヤと笑っていた。


   
   「おい、

   「はいっ」

   「ここだけの話、な」



 
   悪戯を思いついたような、新しい玩具を手に入れたような。

   そんな、笑み。





   「英士の奴が、一番心配したんだぜ?」



   

   へ、とマヌケな声が漏れる。

 


   「今もきっと、飲み物貰いに行ったし」

   「ここまで運ぶよう指示したのも、英士」



   さぁって俺は、わかり辛い奥様を迎えに行くかな!

   結人はそう笑って、英士の元に走っていった。
  

   残された一馬は、少し言い辛そうに切り出す。



   「・・・英士のこと、誤解すんなよ」

   「どういう・・・?」 

   「一旦撮影を止めて、お前にキツイこといったのも

    あのときお前が、凄い顔してて・・・心配だったから、だ」 
    

   
   一馬は呆れたような顔だったが、それは

   英士のわかり辛い態度に向けてだったのだろう。


  

   「あのとき全員がどうしようって思って、俺が言おうとする前に

    英士が、言ったんだ。あんなこと、滅多にしないのに」
   



   だから、と一馬はバツの悪そうに視線を逸らした。

   あぁ、誤解してたのか。

   それをずっと解きたかったのか。





   「・・・うん、わかった」





   どうやら、郭さんに認めてもらうことは、できたようだ。

   あとは、名前だけ、かな。


   なんともいえない気持ちがこみ上げて、は思いっきり笑った。