すべて、全てうまくいっていた。

   狂い始めたといえば、の人気が出た頃だ。

   焦り?ふざけんな。俺は、期限付きのモデルなんだ。

   こんなところで、もたもたしている余裕なんか無い。














     C&F













   昨日、社長に一週間分のスケジュールを教えてもらい

   今日は本当に久しぶりのオフだった。


   学校でずっと来ない翼の話をしつつ、柾輝とおにぎりの具について

   直樹をあしらいつつ色々話していたときだった。   
 


   鳴り始めた、悪魔のささやき。


 
   もういっそ電源切ろうかな、と思いつつ

   そんな度胸には無いのでおとなしく携帯を開く。

   非通知着信。



   「はい」

   「『あ、?俺だけど』」

   

   聞こえてきたのは、ありえないほど意外な人物。

   慌てすぎて言葉が出てこない。


  
   「え、えっえ、えい、・・・!」

   「『そう、わかったらすぐきて』」
  
   「え、ちょっと、」



   どうしてこの携帯にかけてくる人たちはみんな

   言いたいことだけ言って切っちゃうんですか・・・!
  

   今回も例のファミレスの近くにあるビルの名前と場所を伝えられると   
  
   返事を聞く間もなくブッツリ切られた。

   口をパクパクさせるに、柾輝が呆れ顔で訊ねる。



   「何だって?」

   「え、あっ、えい、すぐこいって、」

   「落ち着けって・・・。オフじゃなかったのかよ?」

   「しゃっ、社長はそういってたから、仕事じゃないのかも」

   「・・・で、誰からだ?」
 
         
  
   溜め息をつきつついった柾輝に返事をしようとした

   と同時、

   再び悪魔のささやき(もうこう呼ぶことにした)が

   鳴り響き、の言葉を遮った。

 

   「社長!」

   「『あら、そのぶんじゃ、もう話は聞いてるようね?』」

   「あら、じゃないですよ!」

   「『言い忘れてたのよ、ごめんなさいね』」

   「え、じゃあ仕事なん、」



   ブツッ。



   だーかーらー!

   なんでみんな人の話を最後まで聞かずにぶちぎるの・・・!?



   それでも逆らうことなど到底無理な相手なので
   
   携帯をバッグにつっこんで、愛しい学校をあとにした。

   さよなら私の普通の学園生活・・・!


















   ついたのは普通のビル。

   C&Fのような大きなところじゃなくて、逆に安心する。

   一体こんなところに呼び出して、どんな仕事なのだろうか。



   「あ、きた」

   「・・・・・・・・・・!」



   そこにいたのは、なんとも懐かしい顔といいますか

   久しぶりに逢うツバサの姿。

   どうやらあまり相性のよくない相手らしく、居た堪れないかのように

   いつもよりちょこっとだけ機嫌が悪く感じた。


  
   「遅い」

   「すみません、英士さん・・・」

   「まぁ、急だったしいいけど。それと、さん付けとって」
   
   「えっ!あ、はいっ」
  

   
   ツバサと少し離れた場所で立っていた英士は

   が近づくと、小さく息を吐いた。

   

      
   「一応、揃ったことだし。・・・潤慶!」




   奥の部屋に繋がると思われるドアに向かって、英士は大きく呼んだ。

   ゆんぎょん、とは誰だろう。




   「そんな大きな声で呼ばなくてもきこえるってばー、ヨンサ」

   「じゃあ、俺は帰るからね」

   「えー、みてけばいいのに。まぁいいや、アリガトネー」


 

   一体誰でしょう、この整った顔の方は。

   というか、英士とそっくりのちょっと悪戯な顔の理由を

   教えてくれませんか、誰か。


   呆気に取られるに対し、潤慶は二人に向き直ると

   にっこりと笑った。

   英士だったら絶対みれない笑み。のそっくりなもの。




   「というわけで、僕はカメラマンの李潤慶。英士の従兄弟なんだ」




   血縁関係・・・!素晴らしきアジアンビューティー。


      
   至極明るく自己紹介したあと、潤慶は

   すぐに説明に入った。


   



   「今回のテーマは『手』。マニキュアの宣伝だよ」





     
   会社名を出され、すぐに理解できた。

   男女兼用のマニキュアの宣伝、ポスター。

   つまり、写真ということだ。

       


   「これから塗ってもらうから、それから続きをいおうかな」




   そういうと、とツバサは別々の部屋に通され

   いつもよりラメの多いメイクと、今回の目的である

   マニキュアを塗られた。


   は爪の手入れは形を整えるくらいしかやっていなかったが

   逆によかったらしく、あまり女らしくないと悩みだった爪は

   メイクさんに怪しまれることなく塗られていった。

   
   メイク前のツバサの視線が、は少し気になっていた。











   マニキュアが乾くのに少し時間がかかる分、いつもより

   メイクの時間が長かった。
 
   その間に準備は出来ていたらしい。



   「テーマが『手』だから、それで行う動作を撮りたいんだ」

   「「動作?」」

   「そう。触る、撫でる、からませる、繋ぐ、遊ぶ・・・って感じ」

       

   じゃあいくよ、といわれて通されたのは

   薄桃色の花が幾つか落ちている、スタジオ。


   綺麗な雰囲気を重視するような、そんな感じなのだろう。

   言葉では表せないがなんとなく理解できた。

   一つ目の動作は、撫でる。



   「、だっけ。やったね、ツバサのこと撫で放題だよ」

   「いや・・・」
 
     

   久しぶりだったはずなのに、なんだか当たり前のように

   ツバサとの撮影を始められた。


   自分が男だったら、と考えて、恋人にするような

   愛しいものを愛でるような動作。

   指の先まで丁寧に動かす。魅せるんだ。   

 


   髪を梳き、


   頭、指、そして頬を撫でる。




   ツバサの髪も頬も、とても柔らかかった。
 
   連続して撮られるカメラのフラッシュで、肌に塗ったラメが光る。

   微かな香水の甘い香りがした。

   前はしなかった香水に珍しいなと思う。      

   撫でられるたびに目を細め微笑うツバサは、綺麗だった。   

   なんとなく違和感を感じたがさほど気にしなかった。

   

   二つ目は遊ぶ。じゃんけんをしたり、あっちむいてほいをした。

   綺麗というよりは、明るく、楽しく。

   ツバサはじゃんけんが強く、はほとんど負けていた。



   動作のたびにマニキュアを塗り替えるので

   とても時間がかかった。






   「・・・・・・・?」






   そこで、気付いてしまったのだ。


   ツバサの、異変に。



   
   下に色々な純白のレースが幾重に敷かれたスタジオに移動した

   たちは、三つ目の動作に入ろうとしていた。

  

   三つ目は、絡ませる。



   俗にいう恋人つなぎというやつで、はツバサの

   細い指に自分のそれを絡ませる。

   俯きつつ、上目遣いでそれを微笑んでみるツバサ。







   (おかしい、)






    
   ツバサの笑みは、こんなものじゃない。



   笑顔にも、動作にも、いつもの輝きが無い。

   雰囲気が違う。
 
   華やかさがない。こんなの、ツバサじゃない。
  

   魅せるはずのツバサの姿が、そこにはなかったから。


   
   心配するに気付いてか、ツバサは目をあわせようとしない。

   よく考えたら、今日一度も口をきいていない。

    挨拶をしたかどうかもわからない。前だったら、小声で会話をするのに。

   止まることなく、撮影は続く。





   「は・・・もっと、上にいけるね」

   
  
      
       
   腹に一物。

   それぞれが思いを秘めたまま続く中、潤慶が口を開いた。

   
  
 
   「・・・さすが、ヨンサが気に入るだけある」

   「ありがとうござい、ます」
   
   


   それから、潤慶は途切れることなくへ向かって

   言葉を紡ぎ続けた。

   他愛ない世間話を続け、たまにカメラマンとしての指示を出す。  
    


   向ける笑顔が、なんだかには嘘のように見えた。


   
   レンズ越しに睨むようにみると、潤慶は一回言葉を止めた。

   しかし、また変わらず話し出す。



   
   「PVみたよ。綺麗だったね、。ヨンサが人褒めるの初めてだ」
  
   「褒めるって、英士が、俺を?」 

   「そう。珍しいよね」




   隣のツバサが気になりつつの撮影は、自分もきちんと

   役割を果たせているのだろうか、とても不安だった。

   でもそれ以上に、ツバサの輝きが無いのがとても、厭だった。



   と、そのとき。






   「ツバサ!?」

 




   ツバサは、静かにぶっ倒れた。