揺ぎ無い自信。

   絶やすこと無い笑顔。

   その姿の眩しさに、ずっと憧れていたから。

   堕ちる姿なんて想像したくも無い。














 

     C&F














   先ほどまで笑顔だったツバサは、の肩に力なく  

   倒れこんだ。

   フラッシュがやむ。は翼を抱え起こす。
 

   聞こえる浅く荒い呼吸。
 
   眉間にきつく皺が寄せられ、苦痛に耐えている。

   それでもなお起き上がろうと微かに動く手を

   はしっかりとにぎりしめた。

   額にはうっすら汗がういていた。




   「ツバサ?っちょっと、・・・!」

   「・・・・・・・・っるせ、・・・・」




   小さく悪態をついて、つばさはそのまま意識を手放した。
   
   は慌てることしか出来ない自分が、疎ましかった。

   潤慶の方を見上げると、すでに彼は数歩先まで近づいていて

   仮面の笑みで、通る声を発した。   




   「あーあ。ダウンしちゃったね。奥に仮眠室あるよ」




   表面上の心配の言葉を何言か紡ぐ潤慶に、背筋が寒くなった。

   あぁ、この人は翼の体なんてどうでもいいんだ。

   求められているのは、被写体としてのツバサ。

   この世界の本質に触れた気がした。


   失礼します、とは翼を抱えて、仮眠室に向かった。


   軽い。女としては腹が立つくらいの軽さしかなかった。

   細身だがしっかりした骨格にドキ、とする余裕など無い。

   男の姿だけど、女に抱えられたなどと知ったらあとで

   恐いんだろうな、とくだらない日常を思うことも出来なかった。

   狼狽。ただ、心配しか出来なかった。

  
   横たわった翼の浅い呼吸が、楽になりますように。
 
   持っていたハンドタオルを濡らし、翼の額に乗せて

   願った。それしかできない自分が腹立たしい。


   握った熱い手を、強く握り締めた。

   繋がった手から、不安も何も、とりのぞけるといい。       



   その様子を少し遠くから、潤慶が何食わぬ顔で見ていた。





   「そういう、こと・・・」





   潤慶の口の端が満足そうにあがったのを、二人は知らない。


 
   




   



 
     

 
   一時間以上経った頃。

   翼は、額に乗る生ぬるい感触で目が覚めた。


   鈍い感覚の頭を押さえながら起き上がると、額に乗っていたものの

   正体がわかる。濡れた、タオル。

   おそらく自分の体温で温くなったのだろう。




   「・・・っなに、してんだ俺・・・」




   ずっとなにかに苛々として、いつもの自分じゃなかった。

   それに更に苛立つという悪循環。

   疲れ?そんなの言ってる暇はない。

   疲労感は拭えなかったが、その状態でも今までこなしてきている。

   だから、抜かったのか。


   今日のとの撮影だって、大丈夫なはずだった。

   なのに、笑おうとしても“ツバサ”としての笑顔が出ない。

   気のせいだと思っていた。思いたかった。




   そしたら、こんな状態かよ。




   と撮影していて、指を絡ませたところまでは覚えている。

   そのときにの酷く心配したような視線が、雰囲気が伝わってきて。

   潤慶がツバサに挑戦的な目を向けながら、捲くし立てるように

   に何かいっているのが遠く聞こえた。


   ・・・きっと、そのあと自分は倒れたのだろう。


   
   壁に掛かった時計を見ると、かなりの時間が経っていた。

   くそ、なにしてんだ俺。マニキュア塗る撮影なんて、それでなくとも
   
   時間がかかるというのに。




   「・・・、よく寝た」




   久しぶりの熟睡だった。

   後悔なんて一番嫌いなのに。俺のリズムが狂ってる。

  
   寝させられただろう固い仮眠用ベッドから降りようと

   動いたとき、「うごっ」と鈍い声がした。


   そこでようやく、が付き添っていることに気付いた。

   今は呑気な顔で寝ているが、小さく寝言が聞こえた。

   つばさ、元気に・・・、と。

   
   中途半端な寝言に呆れる。

   すると、自分の手がにしっかり握られているのに今更気付いた。

   鈍くなっている自分にかける言葉も無い。

   冷たい感触のその手は自分の熱い手から体温を吸い取るように

   とても楽に感じた。
 
   のメイクをしているが、手の感触は女の柔らかいそれだった。
 

   そう思った自分に慌てて、握られた手を離そうとした。

   した、である。

   そのとき、




   「っバラタゴス!」
   
   

   
   変な言葉を叫んだとともに、が凄い勢いで起き上がった。

   思わずびくっと身体を揺らして驚く。




   「っなに今の!じゃなくて、つっ翼!大丈夫!?」

   「・・・こっちがききたいよ」




   だいたい、バラタゴスって何だよ。    

   そんな皮肉さえでてこない。何に焦っているんだ、俺は。


   は心底心配した表情で、翼の顔を覗き込む。

   呼吸が落ち着いていたのをみて、安堵の息を漏らしていた。




   「柾輝が、無理してるって言ってて、心配してて。
   
    さっき社長に聞いたら、殺人スケジュールだったから、」




   休む余裕など無い、ぎっしり組まれたスケジュール。

   何日も続くそれを何食わぬ笑顔でこなしていたのだろう。

   一体、いつ寝ていたのか。

   柾輝の言った無理の意味を、今更痛感する。   

  


   そして、今も浮かべている自嘲じみた笑み。



 
   こんなの、ツバサじゃないよ。

   ツバサはいつも笑顔で、余裕に満ちてて、翼のときも

   ズバズバ物言ってちょっと恐いくらいだけどそれも憎めなくて。  
   

   何よりも、その姿には目を奪われる輝きがあるんだ。




   「もういいって。お前には迷惑かけたな」

   「っ、翼!」
  


   
   切羽詰った声に、翼はをみる。

   と同時に、額に平手が命中した。







   「もっと輝いてよ!」






   
   叫ぶような声だった。

   翼は驚いて、目を見開いた。






   「輝いて。君は天下のツバサなんだよ?」






   まっすぐ自分を見据えるの目は、強い意志に満ちていた。

   普段のとは違い、堂々としていた。

   
      
   『俺は、ツバサやってて気をつけるのは笑顔。

    あれがなくなったら、ツバサはツバサじゃなくなるんだ』

   

   凄く、可愛らしく微笑む。

   幸せを喜びを振り撒くように。




   自分を見失った、を演じられなかったに対して

   そういったのは他でもない自分ではないか。

   
   と自分の違うところは、自信を持っていること。

   そうだ、自信。

   男のプライドなんて下らないもの捨てて、一人の人間の“翼”として

   この仕事を続けているんだ。
   
   



   「余裕持って笑ってよ!気合入れて、潤慶さん見返してよ!」





   もっともっと輝ける。      

   俺はまだ、頂点に立ったわけじゃない。

   見下されることもある。見放されることもある。

   それらを全部、ツバサの笑顔で跳ね除けて嘲笑ってきた。




   それが、俺の歯車。




   真剣な眼差しを逸らすことなく射続けるをみて

   ふっとなにかが抜けた。

   肩の力。圧し掛かる重圧。もう、なんだっていい。   
   
   

   仕返しに額に思いっきりデコピンをして、

   翼は立ち上がった。

   間抜けな顔のが、なんだかすごく面白かった。





   「・・・ばーか。お前に口出されるほど、ヤワじゃないよ」





   口に思わず笑みが浮かぶ。

   余裕。そんなの、当たり前の言葉。


   気合入れてけ、って新人のにいわれるなんて。

   があがってくるなら迎え撃つだけだ。

   スタートラインにたったには、これからまだまだ壁がある。

   それを跳ね除けて隣に立つだろうを、楽しみに待つだけだ。

   ただし、俺もどんどん上に行くけどね。



   
   状況理解の遅いを置いて、翼はスタジオに戻った。

   意味深な笑みを浮かべる潤慶を、思いっきり睨みつけて。
   




   「ご心配おかけしました」





   言葉に棘をつけることは、もちろん抜からずに。
  
   

   
   デコピンした指が、握られていた手が

   何故か熱を持っていたのを気付かないふりをした。