ファインダー越しにみるモデルって、なんか物足りない。

   みんな着飾って、どれも本物なんてありゃしない。

   心まで丸裸にしたいほど、魅力在るやつもいないし。

   輝きの欠片も、偽りだって思っちゃうと褪せるだろ?

   
   でもそんなとき、俺の前に原石が降ってきた。

   ・・・・・・あの人とわざわざ取引した甲斐あるね、まったく。
 














   C&F    


















   会社のビルにある専用の一室で、平馬は以前撮った写真と雑誌の記事を

   見比べながらポテトチップスをかじる。

   そこに写っているのは、ツバサと・・・


  
   「うーん・・・」


  
   今までのお気に入りはツバサだった。
 
   一番撮りやすくて、その雰囲気も好きだった。


   誰からも愛されるモデル。

   常に自分の魅力を最大限にアピールして、何より自分自身をよく理解している。

   そんな頭の回転がいいところがカメラマンとしていいと思っていた。

   シャッターチャンスを知っているツバサは、どのように動けばよいか

   自分で考えて、研究している。
  
   服の魅せ方、ポーズのとり方、表情のアングル。すべて、完璧だった。


   しかし、一番魅力的といわれる柔らかい笑顔は、一種の防御線である。    
     
   写っている以上のものを魅せようとしない、いやそれ以上踏み込ませない

   という意思が伝わる。


   
   みる人がみれば、であるが。



   そんな計算尽くされた完璧さの仮面など、平馬にとっては

   あっけなく剥がれてしまう代物だ。

   そしてそれは、完璧であるが故に猜疑心を掻きたてる。

   ばかげた噂を現実的に描いてしまうのだ。


   
   

   「・・・それじゃあ、つまんないんだよねー」




  
   どうやら李潤慶はその仮面をあっさり引き剥がしたようだ。

   まぁ、あいつ自身も似たような笑みを浮かべているだけに、それは容易かっただろう。
 
   平馬はツバサの隣に写るに視線をやり、ふっと微笑む。

   


   「横山さーん、準備できたんでお願いしますー!」




   スタッフに呼び出され、平馬はスタジオへと向かった。

   
 





   *





 
 

   今まで通り、C&Fの撮影が始まった。

   は自分の着た服をまじまじと眺めながら、平馬に言った。





   「今回の服、面白いですね」


 
   

   今回のお題はChange&Fake。

   メンズでもレディースでもないデザイン。

   もしくは、メンズのようなレディース、レディースのようなメンズ。 
   
   そして、キュロットなど一見スカートに見えるのに実は違うなど

   見た目だけではわからないような遊び心がある。

  
  


   「うん、が女に見える」


   


   まっすぐをみつめ、そう返した平馬に対して、は動揺を

   顔に出さないように勤めた。

   フラッシュは途切れることなく続く。シャッターは絶えず押される。
 
   とツバサは各々の考えで魅せていく。




  
   「な、にいってるんですか。おれ、そんな女顔じゃ・・・ないですよね?」

   「・・・・・・自信ないのか」


   
 
    
   C&Fの撮影のとき、最近平馬がツバサに話しかけることはない。

   必要ないしね、と心の中で呟いて、平馬は口の端をあげる。

   
   とツバサは正反対、とまではいかないが違うタイプで面白い。
 
   にはシャッターチャンスがないのだ。





   「あ、そういえばマンゴー杏仁どうだった?」

   「やっばいうまずかったですよ!あれ今マイブーム来てます」




   パシャ。
 



   「だろー?」

   「そういえば、俺も横山さんにお土産持ってきたんですっ、お返しに」

   「おー、お前いい奴だなー」

   「アイスなんで、これ終わったら渡しますね」

   「ふぅん・・・何味?」

   「りんごのチーズケーキ!」


 

   会話の中でコロコロと変化していく表情と瞳の輝き。

   ファインダー越しに見る、シーンのようなチャンスはない。     

   一瞬一瞬で変化していく魅力。目を離すと逃してしまう。

   もっとみてみたい。どんな顔が、どんな輝きがあるのか引き出してみたい。   

   写っている以上の何かを期待させるのだ。


  
  

   「・・・やっぱお前、面白いわ」




  
   “本当”はほんの一瞬しか見せない。

   荒削りで、どれが本当の顔かわからないくらい変わっていく。

 

   その一瞬をフィルムに納めるかけひき。



   もっと、もっと魅せてくれよ。まだまだこんなもんじゃないだろ?

   進化してくれなくちゃ本気になれやしない。


   まだその実力の欠片しかみえていないけど、そこからでも充分伝わる
 
   魅力をすべて引き出してやりたい。

   誰にも気づかれなくて埋もれていたその輝きを、俺が映し出してやるから。   
 

   こいつには、雑草にまぎれる花の蕾のような、可能性がある。
  
     
   大衆に愛でられるツバサもそれは気づいているのだろう。

   どんな花が咲くかわからないけれど、何かを期待させるその姿に。

   平馬がだけと会話する中、ツバサは何も気づいていないかのように

   振舞っているのがわかる。
  

   あぁそうそう、と平馬は話題を変える。






   「色々言われただろうけど、今回のテーマは変えたり、偽りで表した魅力」


   


 
   スッと目を細めて、平馬は一瞬だけツバサに視線をやった。

   本物はそこに見えることのない魅力。まるで、ツバサのようだ。

 
   微かだが、視線に気づいたツバサの目元に動きがあった。

   平馬は完璧ゆえに疑問だったもの、いや最近影で浮かんでいる噂を
 
   ふと思い出す。

   カマ、かけてみるか。








   「・・・俺には、二人が何か変えてるように見えるんだよなぁ」



 
   
   


   平馬の言葉に、二人はバレないように息を呑む。

   鋭い。は背中に一筋の汗が流れるのを感じた。






   「でも、それっていくら良いものでも、本物には勝てないですよね」






   仮面なんてあっさり取れてしまうものだ。

   弱い心を守ろうと、人に好いてもらおうと、いくら笑顔で取り繕っても、

   心がそう思っていなければそれはただの飾りだ。

   残るのは、空虚。

   ・・・そう、それはあの頃の自分のように。


   の言葉にツバサが僅かに目を見開く。

   なるほど、と平馬はなんとなく察してしまった。

   証拠はないけど、確信は持ててしまった気がする。




     

   「そう。まぁ、俺はその偽りを剥がすか、あえて強調させて」




   

   一旦言葉を切る。

   カメラから顔を外して、平馬は二人の見据えた。





   「違う顔を見るのが、楽しんだけど」





   平馬の瞳に真剣な光が挿す。

   はひどく嫌な予感がした。ツバサに助けを求めたかったが

   そうすれば後ろめたいことがあると肯定するようなもので、何もできない。

 
   ねぇ、と平馬は二人の名前を呼ぶ。

   いつもの平坦な声音で。





   「どうして俺がツバサに話しかけないと思う?」





   わからない。言葉につまるの代わりにツバサが口を開いた。





   「私が、シャッターチャンスを知っているからでしょう?」

   「そう。ツバサの撮影は最小限のフィルムで事足りる」





   ぐ、と隣でツバサが拳を握り締めているのがみえた。

   力をいれすぎたそれは白くなり、小刻みに震えていた。





   「もういいや、って意味で俺は話しかけないわけ」


     
   

   まるで用意された人形のように、ツバサは撮影をこなしていく。

   確かにその笑顔は可愛らしいが、その完璧さからの違和感が拭えなくなった。

   芋虫が蝶に変わるようなChangeではなく、カマキリが花に擬態しているような。

   美しいからこそ、おかしいと思ってしまったのだ。

   
   平馬は再びファインダーを覗き込みながら、口の端を上げた。

   潤慶のように僅かな隙間に付け入るのではなく、淡々とまるで天気を問うかのように

   普段と変わらぬ口調で。切り込んできた。







   「さっさと、言っちゃえば?」




   


   何、隠しているわけ?


   愉しげな瞳の奥に、こちらの心を見透かすような鋭い光が見えた。

   ツバサはぎり、と奥歯を噛み締めた。





   平馬は、気づいているのだ。

   ツバサの、最大の欠点を。

   



   「李潤慶にいわれても、まだ気づかないなら・・・」


  
 
 
   言葉を続け、もう平馬はツバサに視線すらやらなかった。

   突き放すように、トドメをさした。







   「お前、もう要らないよ」







   モデルとして、ツバサは失格ということ。


   今まで散々、平馬に切られていく人を見てきた。
 
   本物を見極められるこの瞳で、もう可能性がないと判断されて

   二度と撮ってもらえないモデルたち。

   どんなに売れていようと、どんなに有名であろうと

   平馬の下したその評価は、後に正しいと判明する。

   気に入られれば大成、切られれば二度と以前の輝きを発することはない。

   横山平馬という天才カメラマン以上に、モデルの魅力を引き出すものはいないのだから。    





   「っ、もう一度撮ってから言ってください」





   叫ぶように言っていた。

   男である俺が、完璧な女としての魅力を出せるはずがないと、

   偽りが本物に敵うはずがないと、認めるわけにはいかなかった。

   もっと上にいってやる。

   誰もが認めるトップモデルになると誓って、今ここにいるのだ。

   まだ坂道を這い上がっている途中。

   こんなところで、こけるわけにはいかねぇんだよ!


  


   「お前はデビューから何一つ変わってない。何度撮っても変わらない」

   「、んな・・・っ」
 
   「もっと面白いと思ってたのに、残念だよ」

   「・・・・・・っ」

   「がいるから、しょうがなく撮ってあげるけ、ど・・・・・、っ!」
   






   バチン!   






   乾いた音がその場に響いた。
   
   驚いて、二人とも固まっていた。

   の低い声が、吐き出すように漏れる。





   「さっきから黙って聞いてりゃぁ・・・・・・っ」





   が、平馬の左頬を思いっきり引っ叩いたのだ。

   頬を押さえることもせず、ただ呆然とする平馬には涙をぼたぼたと

   流しながら叫んだ。





   「っツバサをバカにするのも、いい加減にしてください!」      

   



   

   どちらともつかない姿で、真っ直ぐに平馬を見据え、拳を握り締めていた。   
 





   「あの人がどれだけ努力してるか、知らないわけないでしょ!?」





   毎日殆ど睡眠もとらずに働いて、服の研究をしたり

   資料集めて参考にしたりして。

   誰にも弱音吐かずに今日まで駆けてきた、その影の努力を。

   白鳥のように、涼しげな顔の下で血反吐吐くほどの苦労をしているのだ。

   




   「あの無敵の笑顔に、可愛らしさに、どこが魅力がないってんだよ!」

   



   
   は怒りに顔を赤くし、威嚇する動物のように全身を震わせていた。

   今にも掴みかからんばがりの勢いで、平馬を睨みつける。

   その瞳に光る輝きは、今まで見た中で一番だった。







   「俺のパートナー侮辱すんじゃねえ!!」

  

    
 


   涙が溢れ、とても格好がつかない。
  
   だが、その表情はとても美しかった。


   大切なものを守ろうと、踏みにじられた心を助けようと。

   ただ己の心に正直に行動したその姿は、今まで見た中で一番魅力的だった。

  
 




   「・・・・・・わかった、わかった」




 

   くっ、と平馬は思わず吹き出した。

   本当、こいつは面白い。


   
  

   「こんなに思われちゃって、女冥利に尽きるね、ツバサ」

   「・・・・・・情熱的でしょう?」





   お互い込み上げる笑いを堪えることなく、笑った。

   
   あぁごめんなさい!とか我にかえって必死に謝りながら、自分で

   引っ叩いた平馬の頬を冷やすから、二人の視線が逸れることはなかった。
 
 
      
   本当、どこまで成長するのだろう、こいつは。




  


   「何も隠してはいられませんよ、こんなパートナーがいちゃあね」







   それもそうだな、と平馬は含みのある笑顔で答えた。
 
   

   ・・・さぁ、ここからだ。