「もっと輝いてよ!」
潤慶との撮影でツバサが倒れたとき、彼に言った台詞。
ツバサはもっと胸を張って、その笑顔で輝いて欲しいって思って。
それが私が憧れた“モデル”の姿だったから。
可憐な笑顔の奥に爛々と輝くのは、誇り。
ただ可愛いだけの女の子じゃない、って直感でわかった。
華やかさ、可愛らしさと共に在る情熱が、決して屈しない利己心が、
彼女を輝かせているのだと感じた。
だから、その輝きを諦めてしまおうとする瞳が許せなかった。
・・・・・・今思い出すと恥ずかしくて顔が熱るけど。
でも、彼は逃げ出すことをしなかったから。
男としてのプライドなんてちっぽけなものより、“モデル”としての
プライドをとった君だから。
私と、違って。
C&F
昼休み、柾輝がいつものように呼びに着た。
教室の中はいつものように騒ぎが起こり、はそれが他人事のように思えた。
そして、そのまま自分を引っ張る柾輝の無骨な手に大人しく従った。
意識が戻ったのは、溜まり場になっている階段についてから。
「お前、今日仕事は?」
「ないよー。暇人なの」
「そうか。・・・まぁ、休める時に休んどけ」
柾輝はパンをかじりながら笑った。
今日はエビカツサンドパン。
あれレアなんだよね、と思いつつ一番上をみるけど、そこには空席だった。
翼はいない。
最近柾輝と二人で食べることが多くなった気がする。
中心であるはずの翼は、ほとんど学校にきていない。
あの殺人スケジュールを今日もまたこなしているのだろう。
潤慶と平馬との撮影のあと、ツバサの仕事は一層忙しくなった。
積極的にオーディションにも参加するし、今までモデル中心で
あまりでなかったCMや対談にもよく出演している。
それに比べて、まだまだ契約の少ない自分。
オーディションに行っても、最終選考で落ちてしまう。
男にしては低い身長、細い体躯、経験の浅さ。
の魅力はまだ“モデル”にまでたどり着いていない。
そんな気がする。
平馬と撮影しているときは自分に素直になれるのに、オーディションでは
同じように振舞えている気がしない。
逃げ出す前と変わらないになった気さえする。
じろじろと見られ、陰口を叩かれ、妬みと羨望が入り混じった感情を
向けられるのはもう慣れていると思っていたのに。
誰かがいなくちゃ笑えないなんて、もう嫌なのに。
オーディションに行って毎回言われる
「あぁ、ツバサちゃんのパートナー!」という言葉が心を重くする。
また『○○の』が付く、私の価値。
私自身に付いた力など、僅かでしかなくて。
魅力なんて、ないんじゃないか。
柾輝だって、翼が言うから一緒に居るだけで。
翼だって、玲社長が言うから仕方なく組んでくれてるだけで。
横山さんだって、ただ目新しさに引かれているだけで。
本当は・・・・・・っ。
「・・・ほら、余計な事考えてねぇで早く喰え」
ぼす、と柾輝がの頭に手を載せた。
「昼休み、もう終わんぞ?」
「う、うん」
柾輝の心遣いが嬉しくて、泣きそうになる。
ぐるぐる渦巻く後ろ向きな考えを、引っ込めさせてくれた。
食べかけのパンと一緒に、涙も飲み込む。
そんなの様子を横目でみていた柾輝は、時計を確認して言った。
「なぁ、暇なら放課後遊ぶか?」
「えっ、い、いいの?」
「・・・っていっても俺とじゃつまんないかもしれねぇけど」
「ううん、そんなことない、嬉しい!」
さっきまで泣きそうだったくせに、もう笑ってやがる。
最近のは変わった。
大人しくて、自分の意見もいえないのかと思ってた。
すぐどもって、自信なくて、表情も薄っぺらくて。
何でこんなのがツバサと組むのか謎だった。
中性的なミディアムウルフの黒髪、タレ目の黒瞳。
162センチの身長はモデルにしては小さい。
まぁ小顔で手足が長いので、見た目は悪くない。
それでも、なんか妙な感じがしていた。
たまにはっとするほど綺麗な表情をしていたり、明るく笑ったかと思えば
またどもって自分抑えていたり。
は、必死に取り繕っていて、それがあまりに似合わなくて
柾輝はずっと引っかかっていた。
でも、今は違う。
はきっとが本性なのだろう、との表情は近づいていた。
本当、表情がコロコロ変わって飽きねぇなこいつ。
そう柾輝が思うほど。
無意識に振舞う素のは、魅力的だった。
「じゃあ、放課後迎えに行く」
瞳を輝かすに、柾輝は微笑った。
うん!と上機嫌に頷いたは、とても可愛らしかった。
「あ、そうだ」
言い忘れていた。
「ツバサも最近、のパートナーっていわれるみたいだぜ」
え、と呆然とするに背を向けて手を振りながら
柾輝はじゃあな、と屋上へ行ってしまった。
*
放課後、友人に英士・結人・一馬の三人組こと「key」の特集が載った
音楽雑誌を見せてもらっていたら、迎えが来て。
あたし絶対明日あたり殺されるんじゃってくらいの視線を受けながら、
柾輝と帰った。
先生たちまでおろおろしてて、三度見された。えー・・・。
ゲーセン寄って、格闘の対戦したりキーホルダー取って貰ったり。
その隣のアイス屋でダブルのアイスを買って、りんごチーズケーキを勧めて
柾輝に微妙な顔されたり。
柾輝は色んな店を知っていて、楽しかった。
「まぁ、サボリまくってるからな」
なるほど、とはくすくす笑う。
キューピーが呆然とあたしたちを見送っていただけある。
先生たちの巡回なんて関係ないほど、この街を知っているのだ。
見つからないように、様々なところで遊べるのも当然。
「不良の黒川くん、だもんね」
「まぁな。も有名なんだぜ?」
「え?」
「翼を誘惑した魔性の女、だってよ」
いいながら柾輝はくっく、と笑った。
「・・・・・・日本中の男を誘惑する翼に、勝てるわけないでしょ」
「だよな」
の歩調に合わせて、ゆっくりと歩きながら二人は笑った。
まさか、こんな風に男の子と笑い会える日が来るなんて思ってなかった。
こんな風に、素で振舞ってそばにいてくれる人がいるなんて。
屈託なく笑えるなんて、想像もしてなかった。
「あ」
柾輝がふいに足を止めた。
そこは、フットサル場だった。
「柾輝ー!」
柾輝の視線の先を追うと、手をブンブンと振って
こちらへ駆け寄ってくる金髪。直樹だった。
の姿をみて、にやっと笑う。
「なんや、デートかいな」
「そんなんじゃねーよ」
「あ、そ。今日はやってかんの?」
「あー・・・」
ちら、とを見る。
大人しそうながサッカーに興味があるようには思えず、断ろうと
口を開いたとき、
「やってきなよ!」
がその言葉をかき消すように、明るく言った。
その瞳は、いつになく輝いていた。
柾輝は意外な言葉に吃驚して目を見開いたが、すぐに笑った。
「じゃあ、も参加な」
有無を言わさず、柾輝は腕を引っ張って、フットサル場へと入った。
直樹が他の人から短パンとか必要なものを借りてきたので、はすぐ着替えて
コートに入った。
「人数揃ったし、ゲームすっか」
「ええな。しよ、しよ」
すんませーん、と直樹が声をかけると、すぐに相手が決まり
が反応する前にゲームが始まろうとしていた。
「え、あたし、どこやればいい?」
「どこならやれる?」
「うーん・・・FW」
「じゃあ、そこな」
そういえばってスポーツできたのか?
そんなことを思いつつ、柾輝はポジションに着いた。
視線をやると、邪魔な伊達眼鏡を外しては、ニッと笑った。
初めて見る、輝かしい笑顔だった。
がプレスをかけ、直樹がインターセプト、一旦柾輝に回して、
開いたスペースにパスを出す。
「!」
絶妙な飛び出し。
「はぁい♪」
ボールはキーパーの反応もさせずにネットを揺らす。ゴール。
一点目ー!とはハイタッチを交わす。
コートの中を軽やかに走り回るはとても楽しそうだった。
足の裏を使ったキープに、足に吸い付いているようなドリブル。
華麗なボール捌きに、軽快なダッシュ。
先ほどの絶妙な飛び出しも含めて、明らかに経験者の動き。
柾輝たちのチームにいても目立つほど、上手かった。
「ナイッシューや、!」
「いぇい!」
いつの間にかギャラリーが増え、誰もがのプレーに魅了されていた。
そのテクニックもそうだが、なにより楽しげな姿と笑顔に
引き寄せられていた。
雑誌でみるよりも、汗を掻きながら笑うその表情は輝いていた。
そのプレースタイルが誰かとダブってみえるのは気のせいだろうか。
その表情が誰かにそっくりなのは気のせいだろうか。
そんな、柾輝の中にふと浮かんだ疑問をかき消すように
どんどん試合を申し込まれ、柾輝たちは日が暮れるまでゲームをし続けた。
アシストも上手いは大活躍だった。
辺りはもう暗くなり、相手が居なくなったところで解散した。
「お待たせー。帰ろ!」
「おう」
楽しかったねー、とにこにこ笑いながらは歩き出した。
いつになく上機嫌で、本当に好きなんだとわかる。
先ほどまでのゲームの話をしていると、十字路にさしかかった。
の家はここを右に曲がったところだ。
「送ってく」
柾輝の提案をは拒まなかった。
ありがと、と微笑んだ。
「こんな時間になっちまったけど、大丈夫か?」
「え、あ、うん」
「へぇ。親とか、うるさくねぇの。ならいいけど」
「あ・・・あたし、一人暮らしだから」
はぁ!?と翼なら怒鳴っていただろう。
中学生の女が、一人で暮らすなんて、普通ならありえない。
でも柾輝はあえて問わなかった。
の表情から、言いにくいことだとすぐに察した。
の住むアパートにつき、鍵を開ける。
扉をあける寸前、その表情が曇った。
困ったような顔で笑いながら、が振り返る。
暗い部屋。人気のない空間。
静か過ぎる闇。
の瞳がかげるのを、柾輝は見逃さなかった。
ぐしゃ、との頭を撫でる。
「今度、みんなで遊びに行く」
ただいま、と言っても返って来ない声。
広い家は虚しさも孤独も淋しさもなにもかも増大させるばかりで
このアパートに越した。
あの人たちから、あの校舎から、あの空間から
・・・・・・そして、彼から。
何もかもから逃げ出したくて。
「来週の水曜、翼も珍しく時間あるらしいし」
あたたかい手のひら。
やさしい眼差し。
低い声が、心地よく響く。
「またフットサルして、ここで打ち上げするか」
ははっと顔をあげる。目をこすって、頷いた。
それを見て、柾輝はひらひらと手を振って、夜の闇に消えていった。
出会えてよかった。
逃げ出した場所に、本物が居て、本当によかった。
ありがとう。
の頬を流れる雫が、月の明かりに光った。
プルルルル。
玲はかかってきた着信の相手を確認して、微笑む。
でると、いつも変わらぬ気の抜けた声が返ってくる。
「あー、もしもし」
「珍しいわね、横山君。何かしら?」
わかっているくせに、と平馬は心の中で呟く。
「・・・アイツ、個人的に借りたいんですけど」
玲はふふ、と笑った。
やはり、見込んだとおりだ。
「えぇ、いいわよ。ご自由に」
「アイツは俺が本物にさせます」
「あら、ずいぶんと気に入ってもらえたみたいね」
玲の楽しげな声に、平馬は声を低くした。
「でもツバサは大分メッキが剥がれてきてますよ?」
その言葉に、玲はただ笑みを深くするだけだった。
夜の闇は、月の明かりが増すほど濃くなっていく。
平馬は、確信を持って問うた。
「ツバサは、男ですね?」
そう考えれば、あの完璧さに潜む、拭いきれない
違和感にも納得がいく。
さすがね、と玲は呟いて、デスクの上にある
一つの書類を見下ろした。
「さぁ、どうしましょうか・・・」
そろそろ、目を覚まさせてあげるべきかしら。