俺が求めるのはただ、一人の少女。
初恋、なのだろうか。
この心から、彼女の姿が消えることはない。
C&F
玲社長との電話を切って、平馬は自室のソファーに横になる。
自室といっても、会社のビルの平馬専用の部屋だ。
最近忙しくてろくに自宅に戻ることもできず、ここに寝泊りしている。
圭介の部屋からとってきたこのソファーは、革でできていて
これでもかってくらいふかふかしている。イタリア製の高価なやつ。
実に寝心地がよく、この感触が好きで圭介の部屋に入り浸って寝ていたので
そんな俺に業を煮やしたのかついに圭介が、仕事も進まないし
邪魔だからって「もう持ってっていいから出てけ!」と叫んだので
ありがたく貰った。いぇい。
「やっぱ、そうかぁー・・・」
実際に裸を見たわけでもないので、本当かわからないが。
それでも、あの“ツバサ”はあいつの真の姿ではない、ということだけは確かだ。
あーあ、と息を吐いて平馬は目を閉じる。
俺は、俺の求めるモデルを撮ることが叶うのだろうか。
一生逢えない気さえ、してきた。
俺が撮りたいと渇望するのは、幼い日に出会った、一人の少女。
つい昨日のように鮮明に覚えている。俺の時間はあの刹那に止まっているかのようだ。
小学校の頃の話だ。ジュニアチームの全国大会で、一際輝いていた黒髪のFW。
男子だらけの中でも抜きん出ていたプレイ。ドリブルもボール捌きも華麗だった。
こいつはもっと面白いことをしでかしてくれるんじゃないか、と期待させる姿。
揺れる長い黒髪、輝く瞳。そしてなにより、その笑顔。
心底サッカーを愛しているのがわかる明るさ。絶妙なパスをだす10番とのコンビは
彼女を一層輝かせた。
しかし、俺が何より彼女に惹かれたのは、試合で負けて泣いた顔。
ただまっすぐ青空を見上げ、立ち尽くす姿。つつ、と静かに流れる涙の筋。
太陽の光でキラリ、とそれは輝いて。
少女はそれを拭うこともせず、下唇を噛み締めて、空を見据えて・・・微笑った。
「・・・・・・っ」
その、瞬間。俺の中で何かが奔った。
目を奪われ、逸らすこともできない。心臓が鷲掴みされたかのように苦しい。
あのときの感情を表現することは、今でも難しい。
美しい、じゃ足りない。もっと何か、俺を駆り立てた。
それ以来全く逢うことはなかったが、俺は彼女を忘れることはない。
あぁ、俺はあいつを撮りたいんだ。あいつだけを。
あの気高さを、美しさを、表情を欲するのだ。
そのために俺はカメラを持ち、ファインダーを覗き、腕を磨き続けている。
彼女の最高の姿を撮るために。
「・・・・・・ま、平馬!!」
「・・・・・・・・・ん」
煩い声で目をさますと、圭介が居た。・・・最悪。
寝ぼけた頭で、心底嫌そうに平馬は問う。
「・・・・・・・なんでここにいんの、お前」
「こっちの台詞だっての!」
「は?」
「お前、昨日も帰ってないだろ!」
いちいち声がデカいんだよケースケは・・・。
平馬は右耳を塞ぎながら、外を見る。もう朝だった。あー、寝たのか、俺。
圭介が、お前の親御さんが忙しくて家にいないのも知ってるけどな
親に心配かけるのは・・・云々説教を続けているが気にしない。
うちの親よりお前の方がよっぽど過保護だよ。口煩いし。
ぐうぅぅぅ、と自分の腹から強烈な説得にあって、平馬は起き上がる。
「・・・・・・腹、減った」
朝飯食いたい。よく考えたら昨日夕飯喰いッぱぐれたし。
そう思うと同時に平馬は財布を持ってスタスタと部屋を出て行こうとする。
「って、聞いてんのか平馬!」
「全然」
「おい・・・!どこ行くんだよっ」
「朝飯」
「・・・・・・・・・。あーもう、スガには言っとくからな」
盛大なため息と共に圭介は投げやりに言い放って、頭を抱えた。
それを横目でみながら平馬は部屋を後にした。
とりあえずシャワー浴びないとスガに怒られる。
服は自室にあるからそれ着ればいいだろー。
シャワー室もケースケのとこについてるし、問題ないな。
あーやばい、腹減ってフラついてきた・・・。
ふらりとコンビニに入る。いきつけだ。
カップ麺の気分。・・・カレーにしよう。あ、フィッシュサンド美味そう。
二つとも買ってコンビニを出た。
会社とコンビニの間に小さな公園があるので、そこで食べようと
平馬の足はそこへ向かう。
トン、トン、とボールを蹴る音が聞こえた。規則的なリズム。
ふと目をやった瞬間、平馬は固まった。
「・・・・・・・・!」
ボールを蹴っていたのは、赤縁の眼鏡をかけた少女。
蹴るたびにセーラー服のスカートが揺れる。
彼女は平馬に気づくこともなく、ボールを蹴り続ける。
ボールはまるで彼女と戯れるように、その細い足で踊る。
確実なボールコントロールが見て取れるリフティングだ。
楽しげな表情。揺れる肩口までの黒髪。
記憶の中の少女と、重なって見えた。
眼鏡と揺れる髪が短くなった以外、すべてそっくりだ。
そう思うと同時、平馬は無意識に声をかけていた。
「うまいね、あんた」
「えっ、あっ、はいっ」
その声にはっと平馬をみて、動揺した少女はあたふたとして、ボールを蹴りそこなう。
糸が切れたように、地面にボールがついて転がる。
「その制服・・・・・・飛葉中?」
会社の近くにある公立中学。
ふーん、とまじまじ見つめる平馬に少女は顔を赤くしてひどく落ち着かない。
それもそのはず。見つめられた少女ことは、平馬の登場に冷や汗ダラダラだ。
だとは気づかれては居ないようだが、平馬の視線は常人に向けるそれとは違っていた。
熱い視線。は体温が上がるのを感じた。に向けるものとも違う熱。
いつものように何考えているかわからないものでもなくて、強い引力。
「あっあの、私、学校あるので失礼しますっ」
完全に掴まる前に、逃げるが勝ちだ、とは逃げ出そうと踵を返した。
「待って」
しかし、平馬がの腕を掴んで逃亡は叶わなかった。
視線を逸らすことなく、平馬はいった。
「あんた、俺の被写体になってくれない?」
強く、ずっと待ち望んでいたかのような声音。
どくん、と鼓動が高鳴った。
「はい・・・?」
「俺、カメラマンなんだよね。プロの」
存じていますとも、と冷静に心の中でつっこみつつも
顔は熱り、心臓は煩くて、しかも相手は平馬で。
その事実がを混乱させていく。
「俺の写真集の、モデルになって」
と、突然何言い出すんですかこの人っ!
「えっ、いやっ、あの!私、素人ですし美人でもないですしっ」
掴まれたところが熱い。平馬が、を望むなんて。
首を振って断ろうとするの口は、途中で止まる。
まっすぐな、平馬の瞳を見て。
初めて見た、平馬の中の熱。
求めて、焦がれて、たまらない・・・そんな思いを熱く秘めた瞳。
自分の心臓の音が更に煩くなる。目が逸らせない。
大して力も入っていないのに、逃れない腕。
ど、どうしよう・・・!
「平馬!!」
そんな緊張を破ったのは、平馬を呼ぶ大きな声。
「お前こんなとこにいたのか・・・っ」
息をあげて、その人は二人に駆け寄ってきた。
「今日C&Fの撮影だろ?スガに殺されるぞ」
猫を掴むように襟を持って、圭介は平馬を引きずる。
心底嫌そうな瞳で睨みつけながら、平馬は息を吐いた。
「・・・ケースケ。邪魔すんなよなー」
「ナンパしてる暇あったら仕事しろ仕事!」
平馬が女に興味持って、しかも連れて行こうとする労力をさいたことが奇跡だけど。
「自分がフラれまくってるからってさーサイテー」
「俺はまだフラれてないっての!」
「まだ?・・・じゃあもうすぐだから覚悟しとけよご愁傷様」
ぎゃーぎゃー騒ぐ圭介に南無、と平馬が両手を合わせたとこで
圭介はを振り返って苦笑した。
「ごめんな、君」
そういってズルズル平馬を引きずっていく。
平馬ももう観念したのか身を任せて、に向かって言った。
「さっきの話、考えとけよー」
ヒラヒラと手を振って、平馬は口の端を上げた。
「そのうち、迎えに行く」
その場にぽつんと残されたは、久しぶりにボールで遊んだことを後悔した。