熱い視線。

   私自体を欲してくれた、平馬さん。

   何年ぶりだろう、こんなに求められたのは。   

















     C&F

















   圭介に引きずられながら、平馬が残した一言。



   「そのうち、迎えに行く」



   頭から離れない。

   何度も何度も頭の中で響いて、は心配した友人からの電話が

   掛かってくるまでその場に立ち尽くしていた。

   
   

   「・・・てぃっ」

   「うわっ、・・・ぶっ!」




   頬杖していた腕を小さな掛け声と共に横にチョップされ

   は顔面を机にダイブさせた。

   い、痛すぎる・・・!

   涙目になりながら加害者を睨むと、友人が呆れた顔で

   お弁当をつついていた。おー豪快にいったねーとかそんな悠長な。




   「どうしたの、?」

   「えっあっ何でもないよっ?」   

   「嘘。・・・ちなみに今、何時でしょう?」

   「え、さっきまで数学やってたから・・・三限?」

   「どあほい!もうとっくに昼休み」

   


   からあげを口に入れながら盛大にため息をついた友人は

   もう聞かないから早く食べな、とそれ以上追求しなかった。ありがたい。

   
   学校とか、授業とか、それどころじゃないのだ。

   平馬の視線が、言葉が、離れない。

 
   を気に入ってくれていた平馬は、それ以上にを欲している。

   何でだろう?

   でも、確かに彼は私を知っていたように思えた。

   見つけて、その後すごく探して、ずっと追い求めていたように。

   
   

   「ぼーっとしてるわりに、嬉しそうね」

   「・・・・・・・・・」

   「・・・初めて見た、そんな顔」 

   


   友人は独り言のようにへと言葉を投げかける。

   
   いつもどもって、自分の意見とかあんま言わなくて。

   でも最近黒川とか椎名翼とかとつるむようになってから、ちょっとずつ変わってきた。

   気づいてる?あんた、最近明るくなったの。

   手放して、諦めて、もういいってくらい我慢ばっかしてたくせに。

   何かいいことでもあったの?・・・数学は赤点だったみたいだけど。

  
   の転入以前のことは、社長以外誰も知らない。この友人もそうだった。
 
   なのに。



   あぁ、そうか。


        
   平馬は、サッカーをしているを見た。

   いや、知っていたのだ。


   だからきっと、平馬はあんなことを言ったのだ。





   「・・・ボールがなくちゃダメなのに」





   輝いていた日々。グラウンドの熱。呼吸がぴったり合ったプレイ。

   彼は私を、私は彼を、何よりも必要としていた。

   いつでも。いつまでも。

   が輝けるのは、彼が居るからなのだと信じていた。    

   



   「ー!今、西園寺さんから連絡があったぞー」





   担任の声にははっとなって、荷物を掴んで教室を飛び出した。

   そうだ!今日はC&Fの撮影だった・・・!

   
   


   「はっははははいっ、ありがとうございましたー!」




  
   途中の公園のトイレで着替えを済ませて、は走り出す。
     
   走りながらも、意識はもやもやしたままだ。

   この二年の歳月をもってしても、の根底にあるものは変わらなかった。


   淋しい。

   どうしてもう一緒じゃないの?

   私はもう、要らないの?

     
   悩んでるとき尻を蹴っ飛ばしてくれることも

   落ち込んでいるとき頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれることも

   なんだかんだ文句言いながらもご飯全部食べてくれることも 
     
   めんどくせぇ、なんて眉間にシワ寄せながらもわがままきいてくれることも

   何一つ叶わない。

   

   の世界は、二人で回っていた。

   孤独から救うのも、楽しさを共有するのも、最終的には彼だけだったから。



   その手が離れたとき、


   もう私を欲してくれる人なんていないんだ。

   そう、思ってたのに。

   
    
   

   「・・・横山さん、」
    

   

     
   一時の気の迷いかもしれない。

   でも、確かに平馬は私を欲した。 
   
   




   「・・・もう昔の私じゃないんです」






   だってもう、あの頃の私が持っていたものはほとんどないの。

   横山さんがみた私は、ボールを持ったときにしかでない私の過去の姿。

   今の私を知ったら、きっと幻滅すると思うんです。





   だって私は、こんなにも人に嫌われるのが恐い。

  

 

   私にはサッカーしかとりえがないの。

   私がサッカーをしていたのは彼がいたから。

   でも彼はあっさり私より自分のサッカーを選んだの。

   だからね、私には何もない。


   伊達眼鏡をかけているのも、自分を隠したいから。

   少しでも視界を狭くして、傷付くのを避ける為。      

   すぐどもっちゃうのも、自分の意見が言い辛いから。

   相手に受け入れられなくて、絶望したくない。

   上手く表情に出せないのも、はっと気づくから。

   私なんかがこの人と感情を共有していいのかと。

   
   ・・・昔はそんなこと、考えもしなかったのに。


   逃亡者はいつだって肩身が狭い。

   だって、だってね、耐えられなかったんだもの。         

   私は、私だけじゃなんの価値もないってことに。


   
   
   「あっ、だ!」

   「ほんとだ!きゃー!こっち向いてっ!」
    
   「お仕事頑張ってくださーいっ」

   「・・・ありがとうっ」




   通りがかりにに気づいた女の子たちに笑顔でお礼をいって

   手を振ると、その顔は真っ赤になって、喜び溢れる。嬉しい。




   そこで、はっと気づく。




   私にはなにもない。

   でも、今はがある。   

  
   サッカーの代わりにするつもりはないけれど、同じような役割を

   果たせるんじゃないだろうか。

   うまくいかないが嫌だから、は明るく自信満々にした。

   はいつでも自分の言動に自信を持ってて、揺るがない。

   それは、がしたかったこと。

   彼の手を離したとき、・・・いや、離されたときに出来たもう一つの可能性。

   “If”の存在。




   「なんだ、そっか・・・」



 
   つまり、自身ではないか。  

   平馬はそれに気が付いたのだろうか。

   だからを気に入ってくれたのだと思うと、それはつまり・・・。


   

   口の端が自然に上がる。

   そのままは、C&Fのビルへと足を踏み入れた。