気づかないフリをしていたのか

   それとも、そんなこと関係ないと思っていたのか。

   今考えるとほんと、どうしたんだ俺って感じだけど。
 
   あーびっくりしたー・・・。












   C&F












   

   は一人でC&Fの撮影に来ていた。

   スタジオ入りしても、控え室でも、ツバサの姿はなかった。


   今回のお題はCry&Find。

   撮影が始まった。    





   「ケースケいわく・・・あれ、スガだっけ」




 
   まぁいいや、と平馬は言葉を続ける。





   「こういってた。今回のテーマは・・・・・・」



     

   その先の台詞に、は恥ずかしくなった。 

   よく淡々といえるよ、横山さん!




   「・・・ずいぶんクサイんですね」

   「まぁケースケはともかく、スガはモテるからな。・・・・・・黒いけど」   
   



   黒いんだ。

   ぼそっと呟かれた一言に、西園寺社長を思い出すのは間違いだろうか。




   「君の涙を、僕が見つけてあげる・・・かぁ」




   こんなことをサラリと言っちゃうなんて、すごい。

   って、ほんとならこういうのはがいうような台詞なんだけど

   ・・・流石にむりだ。   


   撮影が始まってもツバサは来ない。
   
   つっこみ役もスタッフも居ないこのスタジオで、は平馬と二人きりだった。

   フラッシュとシャッター音、二人の声だけが響くスタジオ。

   いつものように固定されたカメラではなく、平馬はに近づいて

   手で一枚一枚撮っていく。

   まるで普通に生活しているように、自然に。

   


   「そういえば、今回はやけに早いんですね。この前撮ったばかりなのに」

   「あー・・・なんかスガがケースケ締めたみたい」

   「え、」

   「売り出し時だから、もっと作れってさ」
  
   

 
   まぁ確かに、ツバサが初めてパートナーを組んでやる撮影。
  
   それに平馬がぞんざいに扱う「ケースケ」こと山口圭介さんも

   「スガ」こと須釜寿樹さんも超大物らしい。





   「スガに追い込まれてスイッチ入ったみたいでさー・・・ペース速すぎてめんどくさい」



   

   平馬は心底嫌そうな顔をする。

   どうやらこのC&Fは大体の流れとして山口さんがデザインし、須釜さんが製作、

   横山さんが演出を考えるらしい。

   つまり、つくればつくるほどその分の演出を考えなければならない。

   他の仕事もある平馬は、深くため息をついた。

    
   いつも眠そうな平馬だが、その疲労の色が窺えて

   は何と声をかけていいか分からず、おずおずと苦笑した。
  



   「お、お疲れ様です・・・」




   しかし帰ってきたのは疲れなど感じさせない、いつも通り平淡な声。





   「そう思うならちゃんと仕事して。顔、固まってる」





   ぐ、とは息を呑む。
  
   柾輝のおかげで、気分は晴れていたのだが、ツバサが隣にいないと思うと

   なんだか妙に緊張してしまう。

   彼女が傍らに居なくとも、自分は輝けるのだろうか。

   自信がなかった。

   
   の不安を見透かすように、平馬は一旦息を吐いて

   すっと手を伸ばしてきた。

   そしてそのまま、の頬を摘んだ。




   「いてててて・・・っ、なにすゆ、んれすか!いひゃいれすっ」
 
   「もっと力抜け。お前、そのままのがいい」

    
 

   パシャ、と平馬は痛みに涙目になるの顔を撮っていく。

   心臓が一つ、大きく鳴った。





   「無理に作ろうとするな。笑顔じゃなくていいし」



 

   ぱっと摘んでいた指が離される。   





   「万人に好いてもらおうなんて思わなくていいから。お前が、惚れさせろよ」

 

  

   口調はいつものように抜けているけど、ファインダー越しの瞳は真剣だった。

   いつもより距離が近い分、その眼差しは強く感じた。




   『お前が、惚れさせろよ』




   そうだ。私はなんだ。

   もうこの心身を縛るものなんて、何もないんだ。


   ありたいようにあればいい。

   したいようにすればいい。

   思うことを、望むことを、諦める必要なんてない。

   自分の望みを真っ直ぐ見据えて、背筋伸ばしてしゃんとしていれば

   それだけで人は輝いてみえるものだ。

   媚びる必要も、好意を欲する必要もない。
 
   自分の心に正直でいることが、なによりも大事だ。  
   
   隠す練習ばかりしていると、本音がいえなくなってしまうから。

   
  

   「そういえば、横山さんと山口さんって仲良いんですね」

   「あー・・・まぁ、付き合い長いからな。暑苦しいし早く別れたい・・・」




   クスクス、とは笑う。

   まさか今朝平馬を引きずりながらも、散々虐められていた人物だとは知らない。


 
   不思議だ。



   平馬と話していると、今自分はなのか、なのか、どちらで

   振舞っているのかわからなくなる。




   「一度お会いしてみたいな」

   「やめとけ、マジでウザイから」   

   「そんな・・・。このビルにいるんですよね?」

   「そう。最上階にいるよ」




   死んでるだろうけど、と付け足す。

   止めているんだかよくわからないその対応が可笑しくて、はまた笑う。




   「てか、いい加減その横山さんっていうの、やめない?」

   「え、」

   「俺、同い年なんだし、平馬でいいよ」

   「えっ、じゃ、じゃあ・・・・平馬、さん・・・?」

   「・・・・・・・・・・・今はそれで許してやるか」

   「なっ何ですか今の間!」

     


   なんだろう、いつもより撮影が楽しい。

   この距離で、平馬と話しながらの撮影が、他と比べ物にならないほど

   好きだと感じた。

   素になれる。

   ファインダー越しの視線は真剣だけど、完璧を求めていない。

   むしろ未完成な部分を引き出すように話しかけてくるので、

   取り繕うことも、表情をつくることもさせてくれない。

   なのに、もっともっとお前を見せてみろといわれているように

   引き込まれる。

   欠けた部分を愛しむように、平馬はそれをフィルムに収めていく。

      
   ゆっくり、さりげなく、時に強引にリードする。

   巧みな支えが、普段よりも自由に魅力を引き出してくれる。


   翼のようにケツを叩かれるのも効くけど、こういう風に

   引きずり込まれるのもいい。

   私がどうなりたいか、問わずとも平馬には見えているようだ。


   平馬は、を幼い頃のと重ねているのではないかと、少し思った。

      



   「ツバサは、まだ入らないんですか?」





   そういえば、とが聞くと、平馬の雰囲気が変わった。





   「・・・・・・・今回は、だけ」 
   
 



   そして、低い声で、鋭い視線で、再びを捕らえた。

   





   「なぁ、なんでまだツバサを見上げてるわけ?」







   静かに怒っているような重圧。

   その鋭い瞳の奥に燃え滾っているのは、苛立ち・・・?


   は言葉に詰まった。





   「ねぇ、。気づいてないわけ、自分で」





   ELAN、keyのPV、calvadosなどのCM、広告など様々な仕事をこなした

   大きな契約は少ないけど、その名は爆発的に売れた。

   カメラマンだって、モデルだって、気づいている奴は気づいている。

   ツバサより“本物”はこっちだ、と。

   もう若者で、このモデルを知らない者はほとんどいない。







   「もうとっくに追いついてるんだよ、お前」


   
 


   この短期間で、ここまで至ることがどれほどの才か、みようとしていない。





   「みようとしないだけで、さ」

   「っ、そんな・・・・っ」 
   




   そんなことない。

   そういうつもりだった。けど、本当に?


   教室や街中の評価にいちいち喜んでいたのは、自分自身。
  
   モデルとしての服の魅せ方とか、体格とかは劣るとしても

   女の子たちが、を見て笑顔にならなかったところを、みたことがあるか?


   ・・・・・・・・・いや、ない。


   は背筋がぞくっとした。





 
   「よく見てみろ。お前は、ツバサをただの女にできるんだよ」


   

  

   バサッと平馬がばら撒いたのは、前回のC&Fのポラ。

   自分が写ったものはあまり見たくなくて、翼とか柾輝に見せられない限り

   みないでいたけど。

   は床に散らばるポラを見下ろした。

   雑誌に載らなかったものもたくさんあるようだ。


   傍にある写真を何枚か拾い上げて、みた。




   「・・・・・・・!」




   そこには、ツバサをバックにしたがいるもの。

   二人で居るはずのもの。

   離れたところから二人とも視線をやっているもの。

   ツバサだけが視線を向け、は彼方をみているもの。

   
   どくん、と心臓が高鳴った。

   早鐘を打ちすぎて、痛い。

   血が逆流しているんじゃないかってくらい、熱い。




   そう、この写真のどれをみても感じることはただ一つ。




   すべて、に目が行くのだ。
  
 
   
  
   吸い込まれるように、瞳がそちらへ引き寄せられる。
 
   ツバサは変わらずとても美しく、可憐に写っているのに。

   なぜだか、から目が離せない。
  
   ここに写っているのは、自分じゃない誰かのように思えた。
 
  

   平馬はふっと笑った。







   「なぁ、。ツバサなんて喰ってやれよ」



 



   その声音は、ひどく魅惑的だった。


   はそれでも、なぜ平馬がそこまで自分に執着するのか謎だった。

   なぜ気に入られたのか。

   なぜ彼だけ自分をこんな風に撮れるのか。

   ・・・それはまだ平馬自身もよくわかっていなかったが。





   




   ガタン!!









   頭上から、大きな音がした。

   何かが外れる音。

   


   「?」




   ハッと見上げると、上の大きなライトがぶら下がっていた。

   先刻の音は、ライトをささえるワイヤーが切れて、柵にぶつかった音。

   そして、今かろうじてライトを支えるワイヤーも、切れる寸前だった。




   「早く、こっちこい」

   


   平馬がを呼ぶ。

   しかし、の身体は動かない。・・・動けない。 
 

   ブチッ!と大きな音がした。


   



   「・・・ッ!」





   
   ぶつかる、とは身をすくめ、目を硬く閉じた。

   


   ガッシャーン!!!という重い衝撃と激しい音が響いた。

   ガラスと、金属が割れる音。   

   
   

   ・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




   あれ?




   しかし、覚悟していた痛みはなく、代わりに何かに包まれ転がる感触がした。
  
   恐る恐る、は目を開ける。





   「おー、間一髪ー・・・。生きてるかー、ー?」

   「・・・・・・っ」





   至近距離に平馬の顔があって、はぎょっとする。

   平馬はを抱き締めるような形で身をかばい、転がって何を逃れたようだ。

   さっきまでのいた、ここから数メートル先の場所にはライトの破片が無残に散っていた。

   
   恐怖と、平馬の腕の温かさへの安心とで、息が詰まった。


  

   「へ、いま・・・さっ」




   よく見ると、平馬の額からは血が出ていた。

   どうやらガラスの欠片で切ったようで、そこから血が流れる。

   平馬はその血を拭って、あーあと呟いた。
   



   「・・・いてー」

   「ちっ、血、が・・・・・・・っ」

   「別にそんな大したもんじゃないって」

  


   は気が動転して、平馬の血を拭い続ける。

   音を駆けつけたスタッフが慌ててタオルと救急箱を取りに行くのを、平馬は

   ぼーっとみていた。




   

   「疲れた・・・・・・今ので力尽きた、マジで」



   


   ぽす、との方口に顔を埋め、平馬は助け出した形・・・

   つまり、を抱き締めたままつっぷした。




  

   ・・・・・・・・!






   そこで、気づいてしまった。

   手に残る、柔らかい感触。

   男ならありえない柔らかさ。

   細い肩。華奢なんかじゃなくて、思っていたよりずっと細い腰。

   大きく見開いた、丸く、潤んだ瞳。長い睫毛。

   小刻みに震え、自分の名前を呼ぶ小さな口。 

   そして何より・・・似ている。 
   



   なぜ、気づかなかったのだろう。



  
   ツバサには、その疑惑を向けていたというのに。
 
   の魅力に気をとられ、掴まっていたというのか俺が。

   その不完全さの最大の理由を見落としていたなんて。

   
   
   平馬は、呆然と呟いた。   



  





   「・・・・・・・・・・・お前、まさか」 








   須釜の言葉が蘇る。


   彼女が、だったら。