が、彼女?
いやいやいやいや、ありえないだろ。
そう自分に言い聞かせながらも、平馬はとりあえず
明日だなーとぼんやりと考えていた。
C&F
昨日あの後、平馬の傷の手当てもあって、撮影は中止となった。
でも、確実にバレただろう。
助けてもらった感謝の気持ちと、大量の血に動転していて忘れていたが
抱き締められる形となってしまったのは、不運としか言いようがない。
さすがに、バレるよね・・・。は頭を抱えた。
社長には言えるわけもなく、ツバサも昨日は深夜まで仕事だった。
それにどっちに言っても地獄が待っている。
仕事がなくて本当によかった。明日のCM撮影のためか、今日は丸一日
オフだった。しかし、遊ぶ気分にも到底なれやしない。
は、台本を読み込んで意識を逸らすしかなかった。
どどどどうしよう・・・。
社長に殺されるよー・・・っ!
クラスメートが変な目で見つめるのも気づかず、どうやら久しぶりに
学校に来ているらしい翼に会わないよう、こそこそと逃げ隠れして過ごした。
今日はもう早く帰って寝よう。うん、そうしよう。
終礼と共にはさっさと教室を飛び出した。
柾輝が迎えにきたら絶対泣きつく自信があるし、翼の顔見たら絶対吐かされる。
もう逃げるしかない。
靴を履き替えて校舎を出ると、何だか校門前が煩い気がする。
・・・気のせいだろうか。
でも、翼くぅーんっ!と聞こえないので大丈夫だ、と足を進める。
翼じゃないならね、うん、大丈夫。
きっと誰かの彼氏でもきてるんだよね、隣のクラスの佐野さんの彼氏すっごい
かっこいいって噂だしね、うん。
「あ、やっときた」
聞き覚えのある声に、は硬直した。
ギギギ、と古い玩具のようにぎこちなく首を横に向ける。
「っ!」
翼より性質の悪い御方でした。
よりによって!
詰襟の学生服を着て、棒付のキャンディーを舐めて、
校門に寄りかかって立っていた平馬は、をじっとみた。
「今日はオレンジなんだな」
「へっ」
「眼鏡」
とんとん、と長い指がの伊達眼鏡を軽く突付く。
一気に頬が熱くなるのがわかる。
な、慣れてないんだもの、しょうがないでしょっ。
「な、何でこんなところに・・・?」
「だっていったじゃん、俺」
平馬の瞳が、を捉える。
「そのうち、迎えに行くって」
だからって昨日の今日でこなくてもいいじゃないですか・・・!
多分まだ平馬は、がだとは気づいていないとしても
さすがに気まずい。
それに、平馬といえば若くて実力のあるカメラマンとして
雑誌にも顔がでているし、それに加えて容姿端麗なのことも相まって
超がつくほどの有名人だ。
がきたことで平馬とお近づきになろうとしていた女子は離れたが、
それでも下校のこの時間、生徒たちは遠巻きから二人を見ている。
大注目の的である。
そんな中、立っていたらせっかく彼に見つかる前に
帰ってしまおうという試みと今日一日の努力が水の泡に・・・!
と、すると案の定。
校舎からこっちに駆けてきたのは椎名翼。
「おい、!何、一日人を避けまくって・・・っ!」
「あっえっ、翼っ、ダメ!」
は声に慌てて振り返り、手をばたばたとするが時既に遅し。
し、しまったー・・・!
しか見ていなかったのであろう翼は、その隣に立つ
平馬をみて、固まった。
沈黙が、流れた。
痛い。その沈黙が痛すぎる。
どうしろっつんだよおい、と翼は心の中で呟く。
せっかくこの間はぐらかしたというのに、これでは自ら暴露したようなものだ。
は居た堪れなさに逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
もっとも、そんなことが出来るほど勇者でもない。
「・・・へぇ」
平馬はキャンディーを口から出して、翼をマジマジと見つめた。
「学ラン似合うなぁ、あんた」
「どちら様?」
堂々とした態度で、翼は平馬の視線を受け止める。
・・・まぁ、世間的にもよく考えたらあの超絶可愛い悩殺スマイルのツバサと
ぐうの音も出ぬほどのマシンガントークで相手を叩きのめすこの黒い笑みの翼が
同一人物だなんて誰も思わないだろう。
「照れなくてもいいって、せっかく彼氏がきてやったのに」
「だ、れ、が、だ、れ、の、だ!!」
「ジョーダン、ジョーダン」
あぁ、もうこれは平馬さんばっちりわかってる感じですね・・・。
この隙に逃げれないかとは一歩踏み出そうとする。
・・・が、もちろんそんなに世の中は甘くなかった。
「もちろんツバサにも会いたかったけど。今日はこの子に用事」
「えっあっ」
ぐい、と腕を掴まれてはその場に留めさせられた。
翼の片眉がぴくりと動く。
「そう警戒しなくても、バラすつもりはないからさ。ツバサ?」
「・・・椎名、翼だ」
「椎名」
翼の名前を呼びながら、平馬はふとへと視線をやる。
「俺、今こいつにしか興味ないし」
あ、そうだ。と平馬は翼の耳元へと顔をやる。
「俺がを、飛ばせてみせる。お前になんか、させないから」
翼の顔が一気に険しくなる。
二人の会話が聞こえず、それでも腕はつかまれたままなので逃げれず
は首をかしげてそれを見守る。
「お前じゃ、無理だよ。ツバサ」
低く、囁く声。
するりと心の隙間に入ってきて、一番痛いところを突き刺す。
こいつは知っているんだ、ツバサの寿命があとわずかなことを。
キッと平馬を睨みつける。
おーこわ、と全く表情を変えずに平馬は顔を離した。
そのまま、口の端だけを上げて笑う。
「バレる前にC&F降りたら?あいつの足、引っ張るなよ」
お前が堕ちていくのを、が高みで見れるように。
俺があいつを本物の“モデル”にしてやるからさ。
そういうと平馬は、くるりとに向き直る。
「昨日の話、本気だからな」
「へっあっ」
写真集のモデル。
「俺、お前しか撮る気ないから」
心臓が、痛い。
求められているのは、私自身。
そう、本来の私。
平馬はきっと勘付いているんだ。私との関係を。
・・・恐い。
でもそれ以上に心の中には、平馬となら飛べるという
確信めいた気持ちがあった。
「お前がいい」
強い引力が、私を引っ張る。
「俺はずっと、お前を撮りたかった」
魅惑的な響きを持って、へ届く声。
彼以外で、私だけを求めた人は初めてだった。
幼いがと現在のに分かれてしまったかのように
平馬は捉えているのだろうか。
昨日の撮影でも思ったのは、平馬との呼吸が合うこと。
そしてそれは、としてでもとしてでも
平馬はそれを一人の“モデル”として受け入れていること。
「ってことだから」
じゃあな、と平馬は手を離し、背を向けていつものように
のんびりとした足取りで去って行った。
わたしの心に、確かな種を植えつけて。