もう、かさぶたなんだ。
そうわかっているのに、どうしてこうも
足が竦んでしまうのだろう。
C&F
小さな声で、溜め込んでいたものを一気に吐き出すようには話し続けていた。
柾輝はその間、黙ってきいていた。
オーディションの時間はもう、過ぎていた。
「それから私はすぐ武蔵森を辞めて、飛葉中にきたの」
一番大事な人に裏切られて、もうどうでもよくって。
本当のこというのも恐くて、大人しくしてた。
自分の価値がわからなかった。
中学に入ってから、亮の妹としてしか価値がないと吹き込まれ続けたのだ。
その亮から拒絶された私。
過去の価値に縋りつく気もしない。サッカーは変わらず大好きで
みているのもよかったけれど、身体はいつもうずうずしていた。
でも、サッカーをすると、亮を思い出す。
失ったものをつきつけられるのが恐ろしくて、できなかった。
サッカーしか私の価値がないとしても。脚は竦み、身体は凍りついた。
「お母さんに全部話した。必死に頼んだら、許してくれてね」
どうせどこに住んでいようが独りなことに変わりはない。
亮と同じ学校が苦しいなら誰も「三上」を知らないところに行けばいいと。
携帯を解約し、引っ越した。連絡先は誰にも教えず、は三上を捨てた。
そして、亮とはもう二度とあわないと決めた。
武蔵森での行方を知る者はいない。当然、亮もだ。
「まさか、こんなに違うなんて思わなかった」
飛葉中では本当に誰もを知らなくて、居心地もよかったし平凡な生活が送れた。
武蔵森にいたときはいやでも人の視線を集めてしまっていたけれど
飛葉にきてからは人の目を気にせずいられた。
亮の存在しない世界で、少しずつ生きる楽しさを思い出した。
そのうちすべてを忘れて、もう一度好きなことを思いっきりできると信じたかった。
「その代わりにお母さんが保護者として頼んだのが、西園寺社長」
だから社長は何でも知っている。
そして、社長は少しでも私に自信を持たせてくれようとしたのか、自分の
事務所のモデルとして起用してくれた。
「・・・これで、全部かな?」
「・・・・・・・・。そう、か」
子供じみた感情だと、一蹴してしまうものもいるだろう。
下らないと切り捨ててしまうこともあるだろう。
でも柾輝は、の気持ちをそんな風には扱えなかった。
それは誰でもが持つ心で、寂しさを紛らわす方法も知らず
何が正解かも示してくれる者もいない。
独りでずっとそれを乗り越えようとしていたからこそ、は苦しんだ。
大事な人を手離すときに、支えてくれるはずの友人は己の嫉妬心から
彼女のもとを離れ、かといって兄の友人に頼る勇気を持ち合わせなかった。
どんどん自分だけを追い込んで、心を偽るうちに本来の自分を失った。
・・・それががおどおどしていた理由、か。
「きいてくれてありがとうね、柾輝」
「話させたのは俺だからな」
「・・・でももう、大丈夫だよ」
は柾輝の目をみて、ふと微笑んだ。
「は、大丈夫」
は母方の祖母の旧姓なのだという。
「をやっててね、ちょっとずつ、戻ってきた」
「?」
「私自身に価値があるって、みんなが教えてくれた」
として活動して、気づいたのはなくなったはずの自分の価値。
「亮はもう戻ってこないけど、私にはこの仕事がある」
亮中心で回っていた私の人生は、やっと自身のために動き出したのだ。
柾輝たちとフットサルをやれたのも、平馬に昔の自分を知られても
大丈夫だったのも、全部そのおかげ。
「もう立ち止まってなんていられないしね」
はは、と笑うはどこか淋しげで、ふっきれてはいたが
やはり三上亮と話し合ったほうがいいと、柾輝は感じた。
「・・・過去は切り捨てられないのも、わかっているだろ?」
「わかってるよ」
ぎり、とは下唇を噛んだ。
「でも!」
もうちょっと、時間がほしいの。
やっと私の時間が始まって、私の価値を実感でき始めたところだから。
もう誰にも奪われないと自分を信じられるようになれるまで。
まっすぐ見つめてそういうと、柾輝はふうと息を吐いて微笑った。
は胸を撫で下ろして、空をみた。
なんてちっぽけなことを考えていたのだろう。
こんなにも可能性あるのに、私は手足を縮こまらせていた。
誰にも征服されてはいけない。私を従えるのは私だけでいい。
傷はもう、痛まない。
「あ、もうオーディション終わってるな」
「うっそ!社長にあとで電話しなきゃ・・・もう、次の仕事行こうか」
「そうだな」
日はもう、少し傾いていた。
ぽーん、とのみ終わった缶をゴミ箱へと投げ入れて、二人は立ち上がって
歩き出した。次の撮影場所はこの近くだ。
「!」
呼ばれた声に、の肩が震えた。
前に立つのは亮。
「話をしにきた」
「・・・何の」
「西園寺社長から全部きいた」
「そう。それで?」
「帰るぞ、」
「・・・・・・・・っ」
どこに帰るというのだ。
「私がどこで何をしようが関係ないでしょ」
「ないわけないだろ!」
「近寄るなっていったのそっちじゃん!」
叫ぶように言った言葉に、亮は驚いたように目を開く。
一歩引いて会話をきいていた柾輝はふと疑問を抱いた。
二人の中に、ズレがあるのではないか。
そしてそれはもしかしたらあまりにも単純なことであると
わかってしまった。
「っ無理矢理にでも、武蔵森に引きずり戻してやる」
「編入試験で0点とってあげる」
「中学いってから出来ねぇフリばっかしやがって・・・っ」
「それに私これから用事あるから、もう行く」
くるりと柾輝を振り返って、は三上がいる前方へと歩き出す。
三上が叫ぶが、は息を一つ吐くだけだ。
柾輝を二人の間に隔てることで、三上はの腕を掴むことすら叶わない。
すれ違いざま、は眼鏡を外した。
「俺、これから仕事なんだ」
笑った顔も、その声音も、のもの。
そしてそこにある自信と明るさは、中学へと上がる前の、のものだった。
三上はその表情を見て、動きを止めた。
「・・・また今度、逢いに行く」
そう小さく呟いた三上の声を、は心の中でしっかりと受け止めた。
もう逃げる必要はない。
次に逢うときに私は彼に向かって笑えると信じよう。