どうしたら、もっと上へいけるのだろう。

   もっと、もっと上にいきたい。

   誰もが認める私の価値がほしい。













     C&F













   ようやく頭が落ち着いてきた。

   突然の再会から一週間。あれから彼がの元を訪れることはない。

   しかし話し合いの機会はそう遠くないのだろう。

   しっかり、しなきゃ。


   落ち込んでいる暇も、悩みに浸る余裕もない。

   契約している仕事はいくつかあり、そちらを疎かにしては意味がないのだ。

   は携帯電話のメールを確認して、社長の指示通りの場所へとついた。

  
   先日きたメールでまた新たなオーディションを受けろとのこと。
 
   今回はドラマの少年役。


   ・・・あれ、モデルじゃなかったのか、私。

   
   目の前にそびえたつ大きなビルに少し怯みながらも、は眼鏡を外して
   
   として、その中へと入った。

   の存在を、の価値をもっともっと大きくしたい。

   胸を張って、誇りを持って、私は私だといえるように。

   


  
   
   「すご・・・・・・」




   

   オーディションに来ている人数は相当な数であった。

   現在放送中の佐藤成樹主演のドラマ、その続編が次クールで

   放送決定したため、新たに出現する敵役を決めるものだ。

   シゲがでているとのことで話題性もあり、脚本もよいのでドラマとしての

   完成度は高い。そしてその脚本家は若手ながら多くの人気作品を手がけている。
   
   もちろんもその脚本家のドラマや映画をみたことがある。

  



   広い部屋に集められた応募者たち。
   
   その正面を何人かのスタッフが応募用紙の束をもって移動している。
 
   

   がやがやと空気が落ち着かない中、がちゃり、とドアが開く。
  




   「もうええで」

   「はい、わかりました」   





   ドアから顔だけをのぞかせた、口元にほくろのある男。

   雑音で気づかないものもいる。はドアの音ではっと顔を上げて
   
   彼を正面でとらえる。目が合う。



   にこり、と微笑まれた。



   

   「え?」





   ・・・・気のせいだろうか。   

   いや、今のは確実に目をあわせて、自分に向かって笑っていたと思う。

   初めてみる脚本家はきれいな顔立ちをしている。

  
 
 


   「ほな僕は向こうで待っとるから」
  




   そうスタッフへいった笑顔は、花が咲くように明るい。
   
   吉田光徳。彼が選ぶ役者は本物だといわれる。

   横山に選ばれたモデルと同じく、本当に輝けるものしか好まない。

   そして同様に、彼もまたその役と役者が最も引き立つような脚本を書くのだ。

   最大の魅力を引き出して、最高のものを作り出す天賦の才。
   
   







   「では、呼ばれた方は別室に移動をお願いします」







    
   スタッフの指示でオーディションの形式が伝わる。


   名前を呼ばれた者は隣の部屋へと移動し、そこで台本を渡される。
  
   本編中の1シーンで、台詞はたった一言。     

   ただし、その人物の性格や容姿は何一つ設定されていない。

   直前までの話の流れをきいて、人物と表情をつくり、言葉を返すのだ。
    
   それを二回ほど行う。一回目と二回目の間に、休憩が少しあるという。
  
     
   すぐに名前を読み上げ始める。
 




   「・・・、、・・・・、・・・・・・」

  



   名前が呼ばれ、は立ち上がって移動する。

   これだけ大勢の応募者がいるにも関わらず、別室はさほど広くない。

   首をかしげつつ、台本を受け取る。中身はまだみてはならないようだ。


   正面には、にこにこと笑う吉田とその隣に座るシゲ。

   シゲと目が合うと、ウインクされた。

   ・・・どう反応していいかわからず、とりえあず笑っておく。

  

   スタッフが入り口から吉田へと声をかける。   
 



   「以上です」

   「ごくろうさん。あとは任せてくれん?」


   

   はい、と返事をするとそのスタッフは退出し、部屋には呼ばれた応募者と
   
   吉田、シゲだけとなった。









   ・・・って、ちょっと待って!










   「・・・たったの、8人?」










   一応書類審査は事前に済んでいる。

   それにも関わらず、通されたのは自分を含めた8人しかいないのだ。  
   
   

  




   「そうや。可能性のあるのはこれだけ」


   




   吉田が笑みを深める。

   思わず声に出てしまった感想は彼に届いていた。





   「早速台本開いて、演技に入ってもらうで」





   人らしい感情をもたずに育った青年が大富豪の箱入り娘のボディガード
     
   として雇われ、五歳上とは思えない娘の無邪気な笑顔と愛情で

   人間らしさを取り戻していく。  

   そして次第に二人の間には特別な感情が生まれ、身分や歳の違いを
   
   抱えつつも愛し合うようになる。

   現クールのクライマックスでは青年の生い立ちから、青年は解雇され

   娘と引き離されてしまうが、最後は青年を愛していると成長した娘が

   彼を迎えにいき、もう一度ボディガードとして一緒に暮らす、となる。


   ・・・年下からのアタックにドキドキしてしまう、シゲの魅力を見せ付けられる

   人物像と、女性層を狙いつつも薄っぺらい内容にならない吉田の実力がわかるドラマだった。

  


   そして今回はその続編。




   敵役は娘の従兄で、親が決めた婚約者として現れる。
 
   幼い頃母をなくした娘を癒し、支えてくれた大切な人物であり

   娘を好いている。その感情は兄のような愛から次第に一人の男性としての

   ものへとかわっていく。

   一回目はこの場面から、1シーンが試される。




  
   「可愛い従妹についた虫・・・つまり佐藤に対しての宣戦布告や」
   
  

     

   宣戦、布告。

   従妹ではなく、一人の女性として愛していると自覚した際

   その幸せのためになんといって牽制するか。

   
  


  

   「ほな、始めるで。左端の君からな」







   まだ5分程度しか経っていない。
 
   指名された人は表情を少し強張らせる。
 
    



   「佐藤、君もやで」
 
   「はいはい」

  


 
   ざわ、と空気が動く。

   佐藤の隣で演じるなんて。その雰囲気に飲まれそうになる。





 


   「あれの隣に立つ勇気、しっかり持ってな」   
 



 



   人懐っこい笑みでさらりといった言葉に、部屋の空気が堅くなる。

   
   吉田のシゲへの評価は最高値だ。互いの魅力を引き出せる

   最高のパートナー。その中に入っていくのだ。

   試されるのは、実力だけではない。   


   は背中にゆっくりと汗が流れるのを感じた。

   同時に湧き上がるのは、ボールに触れているときと似た、高揚感。