教室へ帰ってきた私を迎えたのは、女子の視線だった。
そういえば、彼らはこの学校の有名人。
いくら不良で近づかないほど怖いとはいえ、容姿は抜群。
午前の授業が終わり、昼休み開始の鐘と共に
の周りには女子の囲いができた。
・・・・・・ちょっと、誰か助けてください。
C&F
現実逃避からか、自分のおかれた状況を客観的に見てしまう。
大人しく、地味とまではいかないけれど、普通に生きてるには
こんな風に女子に囲まれることなど想像もしなかった。
「・・・・ねっ、何でこんな状況になってんの?モテ期がきた?」
「馬鹿言ってんじゃないよッ。が黒川と一緒にいたからだって!」
おにぎりを持ったまま前にいる友人とコソコソと話す。
二人とも、おにぎりとサンドイッチを口に入れたままなので
小声で話すには少し聞きづらい。
そんな二人を囲む女子の中心なのだろうか、
明らかにミーハーそうな女が二人の声に反応し、睨んでくる。
「さん!」
「は、はいっ」
睨んでくると同時に大きな声で名前を呼ばれ、は反射的に
返事をする。赤い縁の伊達眼鏡が揺れる。
わぁー、怖いよーぉ、女の嫉妬って怖いなぁ・・・。
「あんた今朝、黒川と一緒に教室出て行ったよね?」
「えー、あー・・・まぁ」
友人の言った通りの問いに、はうわーと内心視線を逸らしながら
曖昧な返事を返した。
ほらみろ、と言わんばかりの友人には苦笑を返す。
なんでこんなことに・・・・!柾輝ってそんなに人気あったの?
「何をしてたのよ!?」
「翼くんと話したッ?」
「どういう関係ッ?」
「誰からの呼び出しだったのッ?」
「もしかして翼君ッ?」
一気に捲くし立てられて、は唖然とするばかりだ。
誰か助けて。というか皆さん翼さんファンですか・・・・!
「説明しなさいよッ!!」
最後に大声で怒鳴るように言われた声は
たぶん全員の声が重なっていただろう。耳が痛かった。
なんて、のんびり悠長に考えているのは頭の中だけで
実際はとても混乱していた。
どうしよう。
どうしよう。
兄のファンに囲まれたときの方が威圧感はあったけれど
当人がいたからどうにかなったし。
仕事の事務所が一緒なんです。
何の仕事だ、と聞かれたらどう応えて良いか悩む。
ファミレスのバイト?
・・・・・・適当に出したその店には、此処にいる人達が流れ込むだろう。
ましてや、
みんなの言う、椎名翼さんは女モデルのツバサさんなんです。
なんていったらの命は無いと思ったほうが良い。
というか無いだろう。
あー、もう、どうすれば・・・・・・!
「、迎えに来たぜ」
悩んでいるところに鶴の一声。
そう、柾輝のご登場。
はありがとう!と言わんばかりに顔を輝かせて
バックを掴み取り、教室の入り口にダッシュした。
周りを囲んでいた女子は柾輝の登場に驚いたのか、呆然と突っ立っていた。
「翼からの伝言だ」
柾輝はを教室の外に出すと、自分の顔だけ教室の中に向ける。
少し真剣な、そんな表情だったようにには見えた。
「こいつは俺たちの仲間だから、手ぇ出したら許さないよ、だと」
異様に静かな教室に、柾輝の声はよく響いた。
柾輝につれてこられたのは、今朝と同じ階段のところ。
ちょうど昼ごはんの最中のようで、翼は焼きそばパンを銜えていた。
す、凄いね、綺麗な人は何をしてても綺麗に見える・・・!
「・・・連れてきたぜ」
「ご苦労様。ほら残りのパンあげる」
「ども」
目の前でされる会話に、は先ほどのことが甦る。
『こいつは俺たちの仲間だから、手ぇ出したら許さないよ、だと』
一体どういう意味なのだろう?
考え始めたの思考を遮るように翼の声が入る。
「ほら、何ボケッとしてるわけ?行くよ」
「えっ、あっ、まだ昼・・・!」
「何、食べてないわけ?時間会っただろ。行く途中で食え」
本当に集合だけらしく、翼は自分のバックを持って立ち上がると
の腕を掴んでスタスタと歩き始めた。
昼がまだ、というの声にその顔は呆れていた。
「・・・そう言うなよ、翼。女子の大群に囲まれてたからな」
「予想の範疇だね。まったく、迷惑な・・・」
階段が離れていく中、二人の会話が続けられた。
ナイス助け舟!
本当に、柾輝には感謝だ。大感謝祭。
喜んで昼を食べ始めるに翼は少し考えた後、
口を開いたが何も言わず、閉じた。
翼についていく先にあったのは、大きなビル。
廊下にはあまり人がいないようだった。
そこの入り口を抜け、エレベーターに乗って気付いた。
こ、ここは・・・・・!
そう、このバカでかい本社。
翼さんの言っていた“あいつ”の正体。
実物は見たことが無いけれど、どれだけ凄いものか今わかった。
「つ、翼さん・・・・!?」
「何?もうここではツバサなんだから気をつけろ」
「こ、こ、こ、こ、ここって・・・!」
慌ててパニック状態になっても、動揺していても
足は動いているもので。気付けば、もう目の前にあったのは
『Bスタジオ』と書いてある入り口だった。
すっと目を閉じたかと思えば、再び開いた翼の表情は
紛れも無く女の“ツバサ”だった。
「こんにちはぁv」
「こんにち、は・・・・」
中に入るとまだ誰もいなくて、二人はその奥にある
控え室に入っていった。
の心臓は、いつもより強く鳴っていた。
中に入ると同時に何故か安堵感があった。
そういえば、これから自分は男にならなきゃいけないんだ・・・。
心のどこかで思っていたらしく肩の力を抜く。
「ねぇ、翼さん。スタッフって翼さんのこと知ってるの?」
「知ってるわけ無いだろ。知ってるのは玲とお前と柾輝だけ」
「え、じゃあ・・・・」
「男の制服のままじゃマズイから、早めにきて着替えるわけ」
「・・・私も?」
「当たり前だろ」
そう言って、翼はバックの中から服を取り出す。
意外に中身の入るバックにびっくりした。
「ほら、も着替えろ。女物だとマズイだろ」
「き、着替え、ですか・・・?」
「・・・・とりあえずお前は俺の服着てろ」
ぽいッと言った感じで渡された服は、勿論男物で
翼が帰りに着るものなのだろう。
意外に大きくて、ちょっと驚いた。
・・・・それより、一体どれだけ入るんだろう、あのバック。
そんなことを考えていると、
ほらさっさとする!と翼に急かされ、は右奥にある仕切りの奥へ入った。
制服を脱いで、渡された服を着る。
小さなあの体なのに見た目以上に服は大きくて、
“ツバサ”は男なんだなぁ、と感じた。
服からは香水の匂いではなく、洗剤の爽やかな香りがした。
翼に対するドキドキは無かったけれど、男物の服を着ている自分が
これから男を演じなければならないということに心臓がどくんと鳴った。
駆り立てるのは、不安。
「・・・・・・着替え、終わった?」
「あ、はいっ」
「服さ、サイズ平気だった?」
「だ、大丈夫です」
七分丈のパンツだったので足の長さは関係ないようだ。
よかった。女物だったら足の太さとか丸わかりだから、
きっとショックを受けていただろう。
翼さん本当に細いから・・・・!
本物のよりも翼の方が可愛い。自分で言っててへこむ。
服を確認すると、バックに自分の制服をつめる。
同時に翼が仕切りを開いて覗き込んできた。
「よし、終わったね。もう皆来たから行くよ」
「は、はい。服ありがとうございます」
「いいよ、気にしないで。それより敬語止めろよ」
「へ?」
「歳は同じ。それにいったろ、『仲間』だって」
「・・・・・・・・・・・・・」
「とりあえず、一回やりきってみろ。楽しくなるかもよ」
「・・・・・・・・・うん」
嬉しかった。初対面に等しい翼に、気遣ってもらえて。
立場的に言ったら、翼のほうが断然売れているのに。
実力が有る人間にとって、売れないし何のとりえもない
はちっぽけだ。
誰からも人気が有る翼は、天の上とまではいかないが、遠い存在だった。
なのに。なのに。
『仲間』って、言ってもらえた。
歓喜に顔が綻んだ。頬が熱く紅潮する。
期待されているのがとても嬉しく感じた。
「こんにちはぁvお待たせしました?」
「あっ、ツバサちゃん!大丈夫、今来たところだよ」
「よかったぁ〜。あ、そうだ」
控え室から出ると、翼は笑顔でメイクさんや
スタイリストさんに笑顔で話しかける。
さん付けだとなんだか幼く感じるが、はその呼び方が好きだった。
そんな翼を眺めていると、翼は笑顔での腕を引っ張る。
為すがままにスタッフの前に引っ張り出されたは
もちろん固まった。
「この人です、もう一人のイメージモデル」
「あぁっ、あの!」
「うちの社長期待の新人なんですよぉ。ね?」
ね?という可愛らしい語尾の後に、
「ほら挨拶しろ!」と他の人には聞こえない大きさの地声で言われて
は内心汗をかきながら声を作った。
「は、はじめまして・・・・」
「へーぇ。可愛い男の子ね。名前は?」
な、名前!?
どうしよう。忘れてたよ・・・!名前なきゃダメじゃん!
えーと、えーと、えーと・・・・・っ
「え、えっと、です」
「君かぁ!私はアシスタントなの。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあ、準備しようか。奥に入って」
そう言われて、さっきの控え室の隣の部屋に連れて行かれた。
中には衣装がたくさんあって、男物と女物の両方があった。
自分が男物を渡されるのに、違和感を覚えた。
は奥の仕切りの中で着替えを始める。
翼は胸にはパットを詰めているらしい。秋や冬と違って
薄物になっていくこの時期はパットがとても大切といっていた。
もどうしようかと悩んだ後、腰を痛めていたときの
さらしを発見し、それを胸にきつく締めあげた。
そして着替えを完了させ、は久しぶりに伊達眼鏡をはずした。
「終わったー?」
「あ、はい。終わりました」
着替えが終わると、次はメイク。
男なので女ほどしないが、やはりメイクは重要。
隣で翼もやっていて、元から長い睫毛が更に濃く長くなっていた。
の憧れた、可愛い女が完成されつつあった。
「君、メイク初めて?」
「あー、あまりないですね」
「男の子ってあまりメイクしないから、初めは違和感あるかもね」
男の子、男の子。私は男。
そう心の中で呟きながら、はメイクさんと会話を続けた。
声は普段とあまり変わらないけれど、気持ち低めで
話し方も男にした。
「うわー・・・・君、肌キレイ過ぎ」
「そうですか?特にそれほど気にしてないですけど」
「女の子みたい。睫毛も結構長いし」
「女、ですか・・・・ちょっとへこむな」
「あら、ごめんっ。肌の話よ。タレ目とかイイ感じ」
「気にしないで下さい」
そりゃあ、一応女ですから。
へこむな、なんて男みたいな台詞がさらりと出てきたのに
自分でも驚いた。
意外と、イケるかもしれない・・・?
顔、肌のメイクの後はヘア。
の茶色く光る黒髪は中性的だ。ウルフカットの襟足を伸ばした感じ。
少しワックスであげられただけであまり弄られなかった。
ふぅ、という声と共に完成したらしく
は今度はスタジオへ引っ張り出された。
そこにはもうツバサがいた。
には自分がどんな感じになっているのかわからない。
周りはかっこいい、かわいい、など様々な意見を
言ってくるが、一番信用できるツバサが何も言ってこない。
「くん、完璧じゃない。似合ってる」
「ありがとうございます」
「ちょっと待っててね、あの人捜索してるから」
捜索?
疑問に思うが、あえて聞き返さず、翼に問うた。
「ツバサ、あの人って・・・?」
「お前も知ってるだろ。自由奔放っていうか・・・」
「マイペースなんですか?」
「実力が有るからタチが悪い。マイペースが可愛く聞こえるよ」
小声で話される二人の会話をよそに、スタッフは大声を張り上げて捜している。
はツバサに話しかけながら、ふと目に入った暗幕が
明らかに動いていた。
不審者・・・?そう思って、よく見てみるとその影に、
「ねぇ、ツバサ」
「何?」
「もしかして、あの人こと天才カメラマンってカップ麺好き?」
「・・・・あぁ、好きだね。よく食ってる」
「緑のたぬき派?」
「・・・・・・・・そうだけど、何なの」
「ストライクな人が、目の前の暗幕の影で緑のたぬきを豪快に啜ってます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
翼が言葉を失ったかのように暗幕に視線をやる。
二人の間に微妙な沈黙の間があった。
ズズズズズ・・・・。
そばを啜る音が二人にはやけに大きく聞こえた。
復活した翼は静かにあの人を睨みつけ、
はぁと息を吐いた。
逃がさねぇ・・・という声が聞こえたのは気のせいだろうか。
30秒後、あの人はスタッフに捕まった。