魅力的な男性。
私の中で一番人をひきつけるのは、彼だった。
だから・・・・・・。
C&F
次々と一回目の演技が、目の前で繰り広げられる。皆、上手だ。
だが、どうしてもシゲの輝きの前にかすんで見えてしまう。
その容姿も、立ち振る舞いも、台詞も、飲まれてしまっていた。
冷静に観察する一方で、頭の中では自分はどうしたらいいか必死で考えていた。
大切な従妹、年下のボディガード・・・兄のような婚約者。
優しくて、頼りがいがあって、好かれる人物。
シゲの演じる青年に劣らないほどの、いい男。
なぜ彼は大切な従妹のそばにいなかった?
彼の優しさとは、どんな形?
青年は感情の篭らない口調のまま、敬語が主である。
ならこっちはやっぱり、違う方がいい。
色々と思案をめぐらす。ふ、と一つの人物像が浮かんだ。
「次、な」
「はい」
これでいこう。私の考える、最高の男を。
ゆっくりとまばたきをして、はシゲの隣に立った。
引き込まれる。
飲み込まれそうになる重圧。
つい先日、一緒に撮影をしたとは思えない。
全く、違う彼。
爪の先まで神経の通ったような動き方。
己のすべてを知っているような表情のつくり。
あのときは感じなかった、格。
でも今は飲み込まれている場合じゃない。
むしろ、シゲを喰うくらいじゃないと、上にはいけない。
・・・・・・は、食われるもんか。
演技、開始。
「・・・なんの用だ?」
「・・・・・・・・」
「大事なご主人様が勉学中だっていうのに、傍を離れていいのか」
「何か私に仰りたいことがあるのでしょう?」
娘の勉学中、あとをつけてきた青年。
それを知っていてわざと人気のない場所まで尾行させた男。
「あぁ・・・さっさとこの家を出て行け」
「できません。彼女と、約束しました」
「あいつの立場は危うい。わかってるだろ」
「・・・守ります」
「ハッ。どうやって?・・・お前にあるのは、命を奪う力だけだ」
「っ」
「まぁ、今のとこは無理矢理追い出したりはしねェよ。
・・・・・・あいつが悲しむからな」
彼の優しさは決して娘以外には向かない。
大切なものを守るためなら、自分はいくらでも傷付き、汚名を被ることも厭わない。
青年の生い立ちを知り、彼女の成長を見て、二人を引き離すべきであると
必ずしも思っているわけじゃない。
でも、身分の違いで傷付くのは目に見えている。
娘の大事なものを大切にしたい。だが、それによって娘が傷付くのはいやだ。
優しさ故に苦しんで、厳しい言葉を浴びせるしかない。
「ずっと守ってきた。・・・奪う覚悟はあるんだろう?
なら、証明してみろ。この俺以外にあいつを幸せにできるってことを」
拳をシゲの胸に強く押し当て、挑発的に笑う。
できるはずがない、認めるつもりもないと思いながら。
「・・・ほい、ごくろうさん」
吉田の声がかかり、演技が終わる。
今までどの演技をみても楽しげで、朗らかだったその声が少し
低かったのは、気のせいだろうか。
内心首を傾げつつ、は一礼して戻る。
あと2人の演技が終わり、一回目は全員終わった。
シゲは終始微笑んでいて、その心中が読めない。
一体どう感じたのだろうか。
そして、自分の演技は、彼らに認めてもらえるほどのものなのだろうか。
飲まれた感じはしない。
だが、手ごたえは・・・。
思っていた出来と違っていて、は首を傾げる。
平馬といるときのような、自分の全力を引き出した感じがしない。
何故だろう。
手を抜いたつもりなんてない。
なのに、なんでこんな違和感があるのだろう。
「じゃあ、5分休んで、また戻ってきてな」
「・・・全員、ですか」
「んー?まさか」
「「・・・・・・・・!」」
冷たい、吉田の声。
まさか、そんなことあるわけがない、と真意を雄弁に語る。
「さよならが、5人や」
残るのは、たったの3人。
次々と呼んでいく名前に感情は込められない。
これが現実。
これが、天才脚本家の選び方。
でも、その中にの名前はなかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
気づくと他の人は合否に関係なく外へと休憩に出かけていた。
部屋の中には、シゲと吉田と。
・・・居心地が悪くて、も建物内にあった自販機で何か買おうと立ち上がる。
「・・・君は、おまけや」
さっきまでの冷たい感じとは一転した明るい声で、吉田が声をかける。
明るいトーンだからこそ、恐い。
はゆっくりと振り返り、視線をあわせる。
「おま、け・・・?」
「あぁ。佐藤の隣で劣らんのはええ。・・・けど、ちゃうねん」
「・・・・・・?」
「いちいち芝居がかっとって、肩凝るわ、君の」
明るい口調に人懐っこい笑み。
その瞳は今、笑っていない。
「僕の台本の、何をみてたん?」
何、を・・・?
自分は何か間違えたのだろうか。あの設定を、あの話を。
視界が揺れる。
は思わず外へと駆け出した。・・・彼らの視線から、逃げた。
がしゃん、と大きな音を立てて出てきたペットボトルを
取り出しつつ、は大きく息を吐いた。
「・・・・・・どうして」
何が悪かったのだろう。
おまけでも通ったならいいじゃないか。
いや、ダメだ。
確実に次で落とされる。
シゲの実力に気圧されているやつらなんかに、負けたくない。
でも何が問題なのかなんて、わからない。
自分の演技力?・・・そんなことわかりきっていることじゃないと思う。
吉田の真意は、何だというのか。
「悪いんだけど、邪魔」
「あっ、すみません」
自販機の前で突っ立っている場合じゃない。
そう思っては謝ってから、近くのソファーに座った。
するとそこに声が掛かる。
「ミルクセーキかバニラプティングか梅昆布茶どれがいいと思う?」
「へ?」
「ほら、早く選んで」
全部買いたいけど今120円しか持ってないから一個しか買えないわけさー
とブツブツ続く言葉と、急かされる声には反射でこたえる。
「じゃ、じゃあミルクセーキで」
「ほい」
がこん、と缶ジュースが出てくる。
ほんとにミルクセーキ飲むんだ・・・とは視線をあげる。
「って、平馬さん!」
ぶんぶんと缶をふっているのは、よく知った顔。
なんで声で気がつかなかったのだろう。
吉田の言葉にそんなにも自分は追いつめられていたというのか?
「ようやく気づいたんだ。鈍すぎ」
「すみません・・・ちょっと、考え事してて」
「あー、今日オーディションしてるもんな」
プルをあけて平馬は中身を飲む。甘い香りが少しだけの元へも届いた。
「どーせなんかいわれて落ち込んでるんだろ?お前のことだから」
「!」
図星をさされて、は少し俯く。
平馬はつかつかと歩いてきて、隣に座った。
「で?」
「・・・・・・いちいち芝居がかってる、とか、台本のどこみてた?とか」
「・・・・・・・・・」
「俺は、俺の思う役をやったのに・・・」
「・・・お前は、演じすぎ」
ミルクセーキの甘い匂いがする。
「のイメージがどんなのかは知らないけど、演じすぎ。
を演じつつ更に他の役なんて、どんだけ自分みせたくないわけ」
ふう、と平馬は息を吐いた。
ミルクセーキは甘すぎたのか、一旦飲まずに手の中で玩ぶ。
「演じすぎ・・・?」
「そう。撮影のときにいつもいってるだろー?無理につくるとド下手くそだって」
「・・・・・・・!」
「それに、演じようとしてるお前は、じゃなくて、三上亮っぽくてヤダ」
三上、亮。
突然出てきた兄の名に、はびくりと肩を震わす。
平馬は知っていたのか。遠い私の姿を。
・・・私の抱いている亮兄への執着心も気づいていたのかもしれない。
あぁ、私はいつまで経っても亮兄を忘れていないのだ。
そして理想の男として、彼を描いたのか。
・・・とんだブラコンだ。もういらない、捨てたはず。
なのに、私は亮兄を演じていたのだ。
として時折それがでていたなんて。
なにが自分の足で立ちたい、だ・・・!
とんだ笑い種じゃないか。自分に自信がないのがありありと見える。
はだと自覚したばかりだと言うのに。
「同じ顔だからって、男は亮で女はって考えるの、なんで?」
「・・・・・・」
そうだ。平馬が求めたのは、。
男としてを現したのが、。女としてが、。
それはどちらも同じだ。
つまり、平馬が求めたものは、平馬が引き出してくれる実力は・・・。
「俺は、誰を、撮りたいっていった?」
それって、まさか。
「わ、私・・・?」
すとん、と何かつかえていたものが落ちた感じがした。
先ほど演じたときにあった違和感。
あれは、自分じゃなくて亮兄を意識していたからだ。
としての魅力を、出していなかった。
を隠していた。
なりたい自分、理想ばかりを追いかけて、今の自分を否定していた。
そんなのはでもでもない、薄っぺらい人物になるというのに。
とはなのだ。
何にも縛られず、本心のままに自身を解放した。
そう、本当のの姿なのだ。
の内心を読み取ったように、平馬はふと口元だけで笑う。
「だから、お前は演じなくていいんだって」
「はい!」
だいたいそんな演技力なんてあるわけないだろ、と平馬は続ける。
その瞳は、とても期待しているのがわかる。
私を評価してくれている人の、気持ち。本当にだけを欲してくれている。
「ありがとうございます」
「・・・差し入れ、楽しみにしてるからな」
ひらひらと手を振る平馬に礼をして、は小走りで部屋へと戻っていった。
その足取りは、とても軽い。
「あ、戻ってきたんや」
にこにこと出迎えてくれた脚本家の瞳は、いやに挑戦的にみえた。
シゲも面白がっているのがわかる。
「・・・ほな続きするで、ノリック」
「せやね。今度はこっち」
二回目も同じ形式だ。
おいてある一枚の紙にあるのは、シチュエーションだけ書かれた台本の一部。
どうやら話は大分進んだようだ。
娘が誘拐され、助けにきた婚約者が撃たれそうになり、それをかばって
娘が重傷を負う。目覚めたときに青年に関する一切の記憶をなくしていて、
代わりに婚約者を愛していると思うようになる。
青年に関わるときになる酷い頭痛と、何か大切なものを忘れているような喪失感に
苦しむ娘をみて、酷い罪悪感に苛まれるが、それが本来あるべき幸せの形なのだと
自身を納得させようとする。
そんな中、自分の無くしたものが青年であることをしった娘が夜な夜な泣いているのに
気づく。泣きつかれて眠りに入った娘の枕元に立ち、婚約者は想いを語る。
「からやってもらおうか」
「!・・・はい」
「終わった人から退室してええから」
どくん、どくん。
心臓が大きく鼓動するのがわかる。
思い出せ、平馬との撮影を。
演技なんて、演出なんてまだ駆け出しの自分にできるはずがないんだ。
だったら、自分だったらどうするか。それだけを考えればいいんだ。
吉田の挑戦的な瞳を睨みつける。
やってやろうじゃないか。
演技開始、だ。
枕元に立って、娘の髪をそっと梳く。
泪に荒れた頬が痛ましく、表情は歪む。
そんなにも、青年が愛しいのか。
記憶がなくなってもなお、お前の心はあいつにだけ向いているのか。
ただ、悲しい。
「お前を一番愛しているのは俺だ。幸せにできるのも、俺だよ。
なのに、何故泣くんだ?・・・苦しむお前をみたくない!誰よりも幸せになって欲しいんだ」
ずっと大切に守ってきた。小さく可憐な少女が魔の手に落ちないよう
細心の注意を払って、その目を摘んできた。
ずっとそばにいたかったけれど、少女を一生守るのに必要な実力を得る為に
一旦離れた。異国でただただ従妹の幸せのために力をつけた。
もう二度と泣かせはしない、そう誓って。
「愛している。愛している。だから俺の手をとって。お願いだから、俺を選んで」
月明かりで照らされた娘の寝顔は、とても美しい。
自分以外に渡すつもりなどなかった。だけれど、それが娘の幸せではなくなったのは
一体いつからだろう。
青年が憎い?・・・いや、ただ切ないだけだ。
娘が寝言で青年の名を呼ぶ。記憶をなくす前のように、愛しそうに。
娘の頬をそっと撫でる。
あぁ、君はなんて残酷なんだろうね。
こんなにそばにいるのに、こんなに長く居たのに、君は幸せよりも青年を選ぶんだ。
身分も違う。家の存続だって危うくなる。家名を汚すと蔑まれるかもしれない。
誰も二人の恋を祝福しないというのに。
「・・・それでもあいつと共に生きるの?」
自嘲が漏れる。あぁ、鍵をかけて、しまっておけばよかった。
ただ自分の後ろをちょこちょことついてきていた少女はいない。
「いつの間にか、こんなにも大人になっていたんだな」
つ、と涙が筋となって落ちた。
悲しい。淋しい。でも、それ以上に彼女が愛しい。
「愛してる。一生・・・お前の幸せだけを、ただ祈っているよ」
演技を終えて、立ち上がる。
はっと我にかえったように、皆が動き始める。
もう一度、は吉田をみた。
彼の口元は大きく弧を描いていた。
やれるだけの答えだ。
幸せは、その人自身が決めるもの。
愛しているからこそ、それを祝福するしかない。
例え苦しもうとも、嘆こうとも、一生幸せだと笑ってくれることだけを願うしかない。
共に歩けないのならば、そうするしかないのだから。
・・・あぁ、あのときこの答えが選ぶことができたら、変わっていたのだろうか。
頭の片隅で、少しだけ過去の自分を悔やんだ。
ありがとうございました、とは礼をして部屋を出て行った。
もう、結果はどうでもよかった。
ただ、心には平馬との撮影後のような、達成感があった。
それだけで、よかった。
残り2人の演技が終わり、二人きりとなった部屋で
シゲが満足気に笑っていた。
「どうや、あいつ。おもろいやろ?」
「なんで佐藤がそんな自信満々やねん」
確かに、おもしろいと思った。
彼の前には誰もいないにも関わらず、彼の視線の先にいる
娘やその髪の一房まで見えた。・・・幻だとわかっていても、見惚れた。
まるで本物がそこにいるかのように思えた。
あの場にいた全員がそれをみていた。
だからこそ、シゲはこんなにも満足気に、愉しそうに笑っているのだ。
「二回目、明らかに良うなってた。あれが、ほんまの姿や」
「ふーん・・・」
吉田はスタッフへ提出するオーディション結果に採用者を
書き込みながら、でもな、と笑った。
「ペケや」
シゲが意外そうに目を開いた。
「なんで落とすんや?」
「んー。ええんやけどね。僕の台本とちゃうし」
演技も上々。表情もきれいで、モデルだけあって、魅せられる。
そして何より役に、人に、真摯だ。
シゲが気に入った理由も、なんとなくわかった。
もっとムラがなくなったら恐ろしく化けるだろう。
「どうせなら、もっとデッカイの演らせな・・・なぁ?」
ウインクして笑った吉田に、シゲはなるほど、と
口の端をあげた。
・・・・・・さぁ、早く上がって来い。