ずっとずっと、わかっていた。

   になってから、余計わかった。

   亮兄から逃げたって、私は何一つ変われはしないってこと。












     C&F













   何年ぶりだろうか。こうして一緒に歩くのは。

   隣を歩く亮は頭一つ分くらい大きい。

   歩幅は私に合わせてくれているらしく、そんなに変わらない。
 

   飛葉中から少し歩いて、こじんまりとした公園についた。

   ベンチに座って、は自分の心臓が痛いほど鳴っていることにようやく気付いた。



   「ほら」

   「・・・あり、がと」


 
   思っていたよりすんなり言葉が出てきた。
 
   渡されたココアの缶はの好きなものだった。


   亮は少し悩んだそぶりをみせたが、一つため息をつくと

   の隣に座った。端と端に座る二人の距離は、離れていた月日と比例していた。




   「・・・本当に、悪かった」

   「・・・・・・っ、何、いまさら」

   「ちゃんと話せばよかったんだ。だから、」

 


   聞きたくない。なにも。言い訳なんていらない。 


   でも、それじゃ意味がないって、柾輝が教えてくれた。
  
   きっとこのままだと私はどこかで亮兄を追い続けてしまう。

   だから、向き合わなきゃ。ずっと逃げ続けていた真実から。







   「・・・・・・ちゃんと、聞くよ」
 






   絞り出すように紡いだ言葉に、亮が息を飲むのがわかった。
 
   あぁ、彼も変わらない。私たちの時間は止まっていたのだ。
 
   だから、聞かなきゃ。



   「なんでお前は、サッカーを辞めたんだ」
 
   「・・・武蔵森が男子サッカーしかないからだよ」

   「嘘はつくな。・・・お願いだから」

   「・・・・・・亮兄とできないから。監督の目指すものに私は必要なかった」
   


   私が女だから。言葉にしなくてもわかってもらえただろう。
  
   ねぇ、亮兄。本音だけを口にして?
  
   じゃないと、また繰り返す。じゃないと、また私は逃げたくなってしまう。



   「俺はお前と離れるつもりはなかった。一緒にいたいとお前が願うから
    
    誰に何を言われようとも、お前をそばに置きたかった」

  
   「・・・・・・うん」

   「お前なら平気だと思ってたんだ」
   

   
   先ほど渡された缶を手で弄りながら、は視線を落とす。
 
   平気?どうして。

   聞き返したいけど、今は亮の吐きだしたい言葉を聞くことだけにしよう。

   それが正しい気がした。



   「お前に俺とだけじゃなくて、もっとほかにも目を向けてほしかった。
 
    エゴだってわかってたけど、お前のためでもあるから。
  
    ・・・それでお前が荒れてたのも、どんどん暗くなっていったのも辛かった」


   
   目に入れても痛くないほど大好きな妹。
  
   ずっと一緒にいたいに決まっている。でもそれじゃいつまでもとして
   
   生きることができない。少し、大人になってもらおうとした。
  
   日々表情が暗く、薄くなっていくを見ているのが忍びなかった。
 
   でももうとサッカーをすることはできない。
  
   俺は武蔵森を選んだんだ。俺のサッカーをするために。

   が要らなくなったわけじゃない、ただ俺は自分を磨きたかった。

   間違いなく天才であるが憧れてくれるように。



   「俺が武蔵森を決めたのは、お前がいたからだ」

   「・・・・・・・・・」

   「お前が笑ってくれるから、俺は続けた」



   亮のサッカーが大好き。試合に出られなくても、サッカー部に
   
   入らなくても、自分の分までサッカーを楽しんできてって笑う
  
   いたから。試合中と同じで、心底サッカーを愛しているがいたから。

   だから、俺はサッカーを続けてきたんだ。

   勝てば俺以上に喜び、負ければボロボロ泣く。
 
   練習中に目を輝かせているのも、無意識にボールを目で追っているのも
  
   どんな姿も愛しいと思った。

   

   「どうせなら一番になりたいと思った」



   選手権で優勝。そして、武蔵森の10番を手に入れるために。
  
   そうすれば、もっとの喜ぶ顔が見れると思った。



   「一緒にいれる時間が短くなった分、他の奴らでもいいから

    お前を笑顔にしてほしかった。だからサッカー部の連中に頼んだ」



   監視する意味じゃなくて、ただお前も仲間になってくれたら。

   俺が渋沢に聞きに行かせる前にマネージャーを断ったことをきいて

   謎だったが、それでも俺のサッカーにが居ることを感じてほしかった。

 
   それでお前が苦しんだのは俺も苦しかった。
 
   テキトーな男つかまえて遊ぶのが許せなくて、サッカー部に見張らせた。
  
   そしたら奴らこぞってお前のこと気に入って離れなくて。
 
   もう止められるレベルじゃなかったし、大丈夫かと思って放っておいた。

   でもカレシってのは腹が立って邪魔した。


   もうどうしていいかわからなかった。

   が何をしたいのかも、何を考えているかも、わからなくて。



   「どうしてクラブチームにも入らなかったんだ?」

   「・・・・・・亮兄がいないから。亮兄から以外のパスを受け取っても楽しくなかったから」
 
   「・・・俺は、それが歯痒かった」

   「でもそれが私のサッカーだったの」

   「あんなに輝いていたお前が、なんで捨てる必要があったんだよ」

   「わからないよ。でも、私にとってサッカーは亮兄とするものだったの!」 
    

   
   叫ぶように吐き出してから、はっとなりは口をつぐむ。
 
   すると亮がブラコン、と呟く。うるさいシスコン、としか返せない自分が

   おかしかった。



   「どうして転校した」

   「もう耐えきれなかったから。私は私の価値を取り戻したかった。
  
    三上亮の妹、っていう価値しかない武蔵森は嫌だったの」

   「・・・・・・」

   「亮兄もみてたでしょ?転校する直前に、私が亮兄のファンに囲まれてるところ。
  
    しらばっくれたら怒るよ。目、合ったよね」


 
   なのに、亮はこなかった。



   「ちょっと待て」

   「もう亮兄は私を見捨てたんだって、」

   「違う!聞け!」

   

   必死な声に、びくりと震えた。




   「あのとき、俺は助けに向かったんだ。でももう遅くて・・・」
 
   「・・・遅くて?」

   「あぁ・・・・・・俺は笠井と監督に足止めをくらって、ついた頃には渋沢がお前を助けた後」

   「うん」

   「んで、女子は笠井と藤代に散々脅されて渋沢が追い払った」




   ・・・・・・は?


   

   「家に帰っていいっていうから飛び出そうとしたら親からくんなっていわれるし 
 
    監督にも止められるしで結局行けねぇし」

   「あの手紙は?」

   「は?手紙?」

   「部屋に『もう俺に近寄るな』って・・・・・・」

   「そんなの書いてねぇ」

   「う、うそっ!じゃあ荷物が何もなかったのは?」

   「あれは寮に全部送られてきたんだよ。お前じゃねぇの?」

   「そんなことするわけないじゃん!」




   ・・・・・・・。

   ・・・・・・・・・・・・・。

 
   
   「・・・・・・んで転校したお前を俺は探し回った。でもみつからなかった」

   「こんなに近いのに?」

   「おかしいだろ。そしたら母親と監督にも『探すな』と『忘れろ』の
  
    一点張りされて・・・・・・時間だけが過ぎた」





   「どうして転校なんて許したんだよ!」

   「あの子は自分で出てったのよ。泣きながら」
 
   「でもそれはっ、」

   「何か外からショックなことがあったとしても、あの子が望んだことなのよ?」

   「っ」
  
   「あの子があえるようになるまで、昔のように笑えるようになるまで近づかないで、亮」

   「どうしてだよ!」

   「あの子はもう、三上じゃないの。そして先に手を放したのは、アンタなのよ。
    
    二人で大人になるための時間だと思って。大丈夫、は疲れただけ。
   
    すぐに元気で明るくておバカな子に戻るわ。だから、待っててあげて」 






   あの母親がそんな風に思ってたなんて。
 
   亮兄が私のために色々考えてくれていたなんて。

   全然、知らなかった。

   知ろうとも、なにも考えてもいなかった。

   でも、心の中でつかえていたものが少しずつ落ちていく感じがした。




   の顔を覗き込んで、亮はふっと笑ったあと、苦笑した。



   「お前が転校して大変だったんだっつの」 
  
   「へ?」

   「サッカー部の連中は『俺たちのオアシスがぁぁ』とか大パニックだし    
    
    笠井と渋沢は恐ぇし、藤代は煩ぇし、女子は毎日お前のこと聞きに来るし
  
    ・・・・・・思い出すだけで疲れる」

   「私、嫌われてたんじゃなかったの・・・?」

   「逆だよ逆!」

   「だってよく物がなくなったし・・・」

   「お前のファンが盗んでたらしいぞ」
 
   「よく物押し付けられたのは・・・」

   「お前宛てのプレゼントだ」

   「だって三上って書いてあった・・・」
 
   「お前も三上だろうが」

   「みんな話しかけてもくれなかったし、よそよそしいし・・・」

   「『高嶺の花』『サッカー部の深窓の姫』『可愛い王子』」

   「なに、それ?」

   「お前の通り名」

   「………」


  
   容姿端麗、才色兼備、愛嬌もあってサッカーは全国レベル。
   
   気さくで可愛らしくて、アイドル的存在。

   さらに三上亮の一卵性の双子の妹で、サッカー部に囲まれ牽制されてて

   なかなか近づくこともできない、深窓の姫状態。

   学園のアイドル的なサッカー部のアイドル。
 
   もはや妬みよりも近寄りたいけど神々しくて近づけない。



   「・・・・・・待って、亮兄。誰のこと?」

   「・・・お前のことだよ!!」



   ちなみに転校直前のファンの呼び出しは、

   「妹だし『三上』といえば学園では超有名人だしかっこいいし
  
    美人だしでもちょっと抜けてて可愛いし素敵だけど
 
    やっぱり女だと思うとむかついちゃうの・・・!サッカー部に囲まれてて!」

   というサッカー部ファンと

   「あんなに素敵なさんをサッカー部だけに守らせておくわけにはいかない!
    
    っていうかサッカー部ずるいのよ!アンタらのファンが嫌がらせしたら
  
    どうしてくれんの?・・・っていってるそばからしそうだしぃぃぃ!」
  
   というのファンの争いが発端で。

   いつもは誰かしらサッカー部がの周囲を見張っていたのだが、
  
   ちょうどそのとき見張っていた根岸が担任に呼び出されてしまったために起きたという。





   「・・・嘘だ、なに、」

   「言っとくが、全部本当だからな」

   「そ、そんな・・・」   



   本当に、ただのすれ違いだ。

   柾輝が言っていたことがわかった。

   私が見ていた過去の武蔵森の世界は、全く違うものだったんだ。   

   

   「悪かったな、
 
   「・・・ううん」

   
 
   おかげで知ることができた。

   私は何も失っていないこと。私の価値は全く変わらないってこと。
 
   そして、でも、薄っぺらな価値にはならないってことが。


 



   「ありがとう。大好きだよ、亮兄」
      





   だから今度は素直に笑うことができた。

   ちょっとは大人になれたのかな?
















 

   と、そこに。



   「!!」



   突然大声で呼ばれる。
 
   汗だくになった柾輝が、駆け寄ってきた。



   「送り出しといて悪い。突然、仕事入った」

   「え?」

   「・・・しかも、やばい」

   「えっ、ちょっと、何が?」

   「断れない上に、・・・・・・水着だ」



   み、水着!?


   声も出ないと亮に、柾輝は大きくため息をついた。