温かい日差しに反して、とても冷たい風が吹いていた。
   日のあたる場所に座っているヒメノは
   熱った頬に当たるその冷気に心地よさを感じた。

   正面に座った明神は、頬をかきながら
   視線を泳がせてとても言い辛そうに口を開いた。


   「今日は、命日なんだ」
  
   「・・・さんの、でしょ?」
   
   
   ヒメノが口調を変えることなく返すと
   明神は少し驚いて目を見開き、小さく溜め息をついた。



   「あぁ。俺が殺したガクの恋人だ」



   いつもにぎやかなうたかた荘だったが、今は二人以外
   誰の声もしなかった。
   ガクもツキタケもアズミもエージも、みんな
   どこかへ出かけているらしい。

   明神はサングラスを外し、静かに息を吐いた。



 



 
 何も手に入らずに
 なくしたものばかりつのった








  
   昔、ここには明神以外にもう一人、人間がいた。
   霊が見えるその人の名は、といった。

   うたかた荘に住んでいたわけではなかったが
   泊まっていく日も多かったし、なによりずっとここにいた。


   
   「おぉ、マイスウィート」

   「ガク、数学教えて」

   

   はガクに気に入られている、所謂今のヒメノと同じような
   立場だった。
   ただ違ったのは、が本気でガクを好きだったということ。

   長い時を一緒に過ごしていた
   ガクのあしらい方もアズミの宥め方も上手だった。



   「ねぇ、ガク。こここれであってる?」

   「が言うなら間違いなど無い」

   「・・・・・・・・・」

   「いくら答えが4であろうとそれは問題の方がおかしい」
  
   「おかしいのは明らかにアンタだ・・・!」

   

   に無償の愛を捧げる、とかいってるガクによく数学を   
   教えてもらっていた。
   しかしガクはの答えが間違っていたとしても
   本当の事を言わない。
   それどころか、の答えが間違っているならば
   その問題自体が間違っているのだとまで言い出す次第。

   その度にツキタケに助けを求める
   うたかた荘の一部となっていた。

   温かい笑顔、耐えぬ笑い声。
   生という大きな壁を感じさせないくらい、霊の見える
   彼らと親しかった。


   「・・・さーん、そろそろ起きないと兄貴がくるッスよ」

   「ぅえ?」
  
   
   どうやら勉強に力尽きてうたた寝をしてしまっていたらしい。
   ツキタケのその声で目が覚めたは、降りてくる瞼を擦りながら
   顔を上げた。
   口を押さえつつ、大きく欠伸と伸びをする。


  
   「・・・欠伸も可愛い」



   途端、目の前にはいつの間にでてきたのかガクがいて。
   ええええ!?とは慌てて後へ逃げる。
   しかもツキタケはいなくなってるし。

   よく泊まったりするが、ガクは絶対に
   風呂や寝ているときに現れることはなかった。
   一応紳士なのかな、とその度に微笑みが漏れる。

   
   「ガク、」

   「・・・あの白髪野郎。布団もかけないで俺のマイスウィートが風邪でも引いたら・・・」
      
   「ガク?」

   「・・・あぁでもそれだとあの可愛い寝顔がみられるのか・・・それは許せん」       
   
   「おーい!ブツブツ言ってないで構ってちょーだい」


   愛を与える側の人間だと気付いたガクと誰よりも愛に飢えて
   ずっと愛を欲している
 
   二人は互いを補うように支えあうようにいた。


   ブツブツと明神の悪口だかなんだかをいっていたガクは
   の声にくるりと向きなおし、顔を近づけてきた。



   「で、結局アイツは寝顔を見たか!?」
  
   「・・・知るわけ無いでしょ、寝てたんだから」



   呆れて小さく息を漏らし、はガクにそっと手を伸ばした。
   例えば明神とか、他の誰かにするように、デコピンでもしようと
   していた。

   指を近づけた瞬間、はっとする。

   は、重大なことを忘れていた。
   いいや、忘れたかった。認めたくなかった。

  
   (私は、ガクに触れない・・・)


   どれほど愛していようと、愛しくて気持ちを伝えたくても
   人間同士のように触れ合うことは出来ないのだ。
   体温を、鼓動を感じることは不可能。



   「・・・俺は君を愛しているから、そんな顔をしないでくれ」
   
   「・・・・・・、」

   「触れられなくとも、無償の愛を誓う」

   

   いつものような表情で、恥ずかしげもなくいうガクが
   とても愛しくて。
   触れたかった。キスもしたかった。手だけでも繋ぎたかった。

   明神はあの変な札みたいなテープを貸してくれないから
   はどんなに望んでもそれは叶わなかった。





   だから、犯してしまった。

   一番やってはいけないことを。

   ・・・ガクが、一番悲しむだろうことを。






   「・・・それって本当なの?明神、」   

   「・・・・・・・、あぁ」

   「ここに未練があれば、いられるんだよね」

   「・・・でもやるなよ、絶対に」
 
   

   私は、明神の鋭い眼差しも彼の優しさも気付かないふりをして
   やってしまった。


   『まぁ、死ねば一生あいつと一緒で、ここの住人だけどな』

 
   きっと明神は悔いているだろう。
   でも、私は選んでしまったということで覚悟はあった。

   タイミングは、ガクがいない時で。
   学校が終わると迎えに来てくれるガクがちょうどのところへ
   向かうだろう時刻。

   場所は最悪だったと思う。明神にもいえる言葉は無い。

   ただ一つの思いを胸に、うたかた荘で私は自殺した。
   


   (恐かったんだ、なにより)



   生という壁が。
   霊と人間の恋なんて、続くはずもなかったんだ。
   死ぬ瞬間、私はそう自分に言い聞かせていた。
   

   生という限られた時を生きると、
   
   死者として永遠の時を生きるガクは、
 
   ずっと一緒にはいられないから。
  

   だから、私は霊になりたかった。
   ずっと彼といられる。触ることだって出来る。

   いつか彼との時間の差に絶望する前に
   私は幸せを確実なものにしたかった。  


   隔たりなんて無い。私たちは永遠に一緒・・・!





   しかし現実とは無情で。
   は陽魂ではなく、陰魂になってしまった。

   醜い姿で感情のままに暴れる
   うたかた荘の彼らにみられることのないように
   明神は静かにを浄化してくれようとしていた。    
        
   見られることの無いように、していたはずだった。



   「・・・、か?」

   「・・・・・・・・・・・・」

   

   ガクが、突然帰ってきた。

   彼はただの前に立ち、いつもと変わらず
   しっかりと双眸を向けていた。
   


   「・・・・・・ごめん、ガク」



   がかろうじて紡げた言葉はそれだけだった。
       
   明神がを浄化する。
   ガクの登場で自我が戻っていたは、抵抗しなかった。

   消えていく身体。
   そのとき、やっとは理解した。


   私は死んだ、と。


   身体はゆっくりと光となっていき、天へと昇っていく。
   他人事のように綺麗だと思った。

   ガクが、スタスタと近寄ってきて、の手をとった。

   初めてだった。
   触ってもらえた。触れることが出来るんだ・・・!
    
   感情が涙となって溢れた。
   嬉しくて、笑顔を作りたいのに顔はただ歪むだけで。

   言葉なんて紡げなくて。
   ただただ、はガクの手をしっかりと握り、その双眸を
   愛しく見つめた。



   「・・・俺はずっと、を愛してる」



   完璧に消える直前、ガクが猫背の姿勢をさらに縮めて。
   ゆっくりと抱きしめられて。



   二人は、最初で最後のキスをした。        
    

   
   その瞬間だけ、私たちは永遠だった。         






 
   
 






   ガクたちが帰ってきたので、ヒメノはそちらへと
   部屋を出て行った。

   漂う線香の香り。の好きだったお菓子。
   静かに風が吹いて、明神の鼻孔をくすぐる。

   
   「・・・ヒメノちゃんっていうんだね」

   「・・・・・・・・、・・・あぁ」
   
   「マイスウィートって、何人いるんだろう」
  
   「それでも、お前の影を引きずってるよアイツは」

   
   ぶわ、と今まで静かだった風が強くなった。
   お菓子の袋が移動してくる。
   明神の隣に、気配。


   「・・・っ時間なんて気にしない、強い子なんだね」  

   
   穏やかな微笑み。
   あぁ、と明神は小さく返す。   
   それでも、隣を向かないようにする。   

   

   「ガクには黙っててね。また来年逢おう、明神」

  

   お菓子ありがとう、という声を残して
   隣にあった温かい気配は消えた。

   もっと長いこといればいい、と思ってしまうのは
   自分が死なせたという後悔からだけではない。
   永遠に勝てない恋敵となってしまったネクラ野郎への
   ちょっとした・・・・・・だ。 
   
   まぁ、バレてんだよもう。    
   アイツがの気配に気付かないわけが無い。 


 

   「愛してる

   



   温かい日差しに、隣がツキタケだけのガクの姿は

   なんだか似合わなかった。