受け入れたくない。

   全てを受け入れてしまったらいけないんだ。

   全てを許してしまったとき、きっと・・・

   この関係の、二人の繋がりの終了の鐘が鳴るだろう。












   
     刹那に焦がれて溺れてく









   







   束になった六番隊からの書類を両腕に抱えて

   は三番隊舎の執務室をノックした。

   どうぞ、というイヅルの声と共には中に入る。


   
   「やっほ、イヅル。これ、六番隊から」

   「さん。ありがとうございます」

   「此処においておくね?多いけど、頑張って」

   「・・・これ、僕が処理していいんですか?」

   「・・・・・・あはは、市丸隊長宛てだよこれ」



   苦笑するしかないは、私も手伝うよ、とイヅルの肩を叩いた。

   イヅルはきっと胃薬をまた飲むのだろう。
   
   本当に、一番大変な副隊長だと思う。




   「こりゃァ、可愛らしいお客さんやなァ」




   その声と共に、イヅルの隣にいたはずの

   いつの間にかその数歩後ろに移動していて、その腰や肩にはギンの腕。
   
   ぎゅう、と締められる腕と、背中にあるぬくもりから

   自分がギンに抱きしめられていることがわかった。



   「い、市丸隊長!いつの間に・・・」

   「相変わらずええ匂いやなァ。ちょっと休んでかへん?」

   「謹んでご遠慮させていただきます!」

   「・・・ええん?そんなこといって」


 
   耳元でわざと低めに囁かれるギンの声に力が抜ける。

   背筋がぞくぞくするような、変な感覚が走る。

  
   あの日から、ギンのお気に入りとしては毎日構われている。

   あのときの表情、状況から興味を持ったらしい。




   「別に、無理矢理手に入れてもええんよ?」
  



   飽きることなく追い回され、愛を囁かれる。

   これがもう日常になっている。
   

   スル・・・と死覇装の中に入ってこようとする手に気付き、

   は身を捩る。しかしそれは無意味に近い。




   「・・・・・・お戯れを」



   
   ふぅ、と息を吐き、ギンの一瞬の隙を突いて

   はその腕の中から抜け出した。

   隙を突いたのではないのかもしれない。ギンはわざと隙を作ったのだ。

   がその瞬間に逃げ出すのをわかって、故意にやった。

   いつもそうだ。


   仕事してくださいね、と微笑んで釘を刺すと、
 
   は三番隊舎から走って出て行った。念のため、瞬歩もしておいた。










 
   厭だ、厭だ、と逃げているのは天邪鬼。

   本当はあの日助けてくれたギンの姿が頭から離れない。

   そして、救いの光に見える死神はとても美しかった。

   現状をみつめるたびに、心が痛くなる。


   こんな幸せは、いつまで続くのだろう・・・と。


   今までの事を考えても、ギンが興味を持つのは本当ににつかの間のこと。

   一時の気の迷いに近いのかもしれない。本当に、戯れ程度だ。

   今は自分がそうだけれど、そのうちそれは薄れて見向きもしなくなるのだろう。

   他に興味を持てるものを見つけたのならば、忘れてしまうほどの存在。   

     
   そう思うたびに、

   その事実を考えるたびに、
  
   私の心は痛む。戦闘の怪我よりも辛い、知らない痛み。

   
   
  




   三番隊舎から出て行ったはいいが、どこに行く気もせず

   はそれぞれの隊舎より遠い双極の下付近に来ていた。

   人がいないそこは、静かで、何も考えないですみそうだった。

   しかし、一度頭に浮かんだものはそう簡単に離れてはくれなかった。
 
   思い出すたびに、頭を振って追い払う。その繰り返しだった。




   「・・・・・・・どうして」




   よりによって、ギンなのだろう。

   何度もそう思う。

   しかし、あのとき闇から救い出してくれたのは確実にギンだ。

   ギンが現れなかったら、はやられていただろうし、虚を殺し続けるような

   戦いに飲み込まれて自分を見失うような弱い人間になっていただろう。

   廃人に近くなるくらい、壊れただろう。

   残酷な天使とはこのことだろうか。

  
   
   はぁ、と消えるような息を吐くと同時、首筋に冷たい感覚がした。

   熱を持たない無機質な物体。慣れた、刀の感触。

   やってしまった、と視線だけで振り返る。

      
    
   「・・・ええ感じやね、

   「市丸、隊長」     
    
   
   
   完全に霊圧を消して、まいたと思ったのに。

   どうしていつもどこにいても、見つけ出してしまうのだろう。

   一番見つけて欲しくない相手なのに。



   「おおっと、動かん方がええよ?ちゃんと切れるで、神鎗は」

   「・・・どういう、おつもりですか?」

   

   冷静に言葉を返しつつも、相手の隙を探す。

   しかしやはり相手は三番隊長。なかなか見つからない。

   すべての感覚を研ぎ澄まし、霊圧を少しずつ開放する。

   髪の毛がわずかに浮いた。

   眼光は強くなる。視線もきつくなり、戦闘体勢に入る。

   あの日からデスクワークを好み、現場に出なくなったにとっては

   久しぶりの、とても懐かしい感覚だ。 
   
 

   風が、微かに二人の間を通り抜ける。




   ギンの口元が笑んだのを確認した途端、刀が下ろされるのが見えた。





   「・・・やっぱり、はそっちの方が綺麗や」




   ギンが神鎗を鞘に戻す。

   ふっと緊張感がとけた。安堵の息を小さく漏らした。

      
   それをただ眺めて確認したギンは、の隣に座った。

   何事もなかったかのようにされるその行為が、なんとなく厭で

   は黙ってギンとの距離を広げる。

   

   「どうしたんですか、こんなとこまできて」
  
   「・・・んー。散歩かなァ?」

   「・・・・・・仕事してくださいね、って言ったじゃないですか」

   

   追わないで欲しかった。

   もう追わないで、一生構わないで欲しかった。

   そこら辺にある草木や、ただの死神と同じ程度の存在にしてほしかった。   
   
   どうせ終わる、保証の無い期限付きの関係だ。

   キスされようが、愛を囁かれようが、それは一時の戯れ。
  
   それにすがり付こうとする自分が酷く滑稽に感じて、たまらなかった。

   厭だ、と言い続けながらも自ら断ち切れない自分に嫌気がさす。      
   

  

   「だって、あのままやと、僕から逃げる気やったろ?」



  
   風が吹いて、土と緑の匂いがした。鳥が遠くで鳴いた声がする。


   は、僕の手から逃げて、離れようとしてたやろ。

   関わらないように、二度と姿を見せようとはしないつもりやったろ。

   ・・・そんなの、許さへんよ?

    
   ギンの視線が痛くて、は視線を逸らそうとした。

   しかし、それも許さない霊圧は、の心を更に痛めた。


      
   「・・・だったら、何だって言うんですか?」

   
   
   に言えたのは、それだけだった。

   どうせなくなる関係だ。

   そう、言うならば刹那の恋というものだろう。

   人は刹那に焦がれながらも、その短い期間を疎む。

   しかし全てが永遠だとわかっていたならば、それは価値の無いものとなる。  
 
   わかっている、そんなこと。

   だからこそ私はあのとき、貴方に惹かれたのだ。

   向けられているものが、愛情なのか、殺意なのか

   それすらわからない貴方に。
 
   

   ギンは何も言わなかった。それが逆に痛かった。


     
   所詮、と思ったときに、唇に冷たい感触。

   口付けられたと認識するまで時間がかかり、認識できた時には

   頭は押さえられ、それは激しさを増していた。

   角度を変え、幾度も合わせられる唇。 

   体が熱くなったと途端に、ぬるりとしたものが侵入してくる。

   それは熱く口内を掻き回し、歯列をなぞった。  


   力が抜けた。それが悔しくて、意地に近いもので状態を保つ。

   しかし行為はまだ続き、そんなものは無意味だと

   嘲笑されているようで悔しかった。

   
   熱くなったの体の、首の部分に、ひやりとした感触。

   数分前と同じ無機質な感触は、目を覚ませるには充分だった。

   殺されるのだろうか。

   殺意に似ているような愛情、いやその二つは似ているのだろう。

   殺されても構わない人がいるというのは、素敵なことだ。

   しかしにその気は更々なかった。自分の死は自分で決める。


   キッと、射るような視線でギンを睨みつける。

   鋭く見えるが、その視線は揺らいでいた。
   
   それを微かに笑んだようにギンは見て、の唇を舐めると

   自分のそれを離した。
 
   首に押し付けられた刀と、の熱くなった体や紅潮した頬はそのままだ。



   
   「・・・・・・ボクはこんなに簡単に、君を殺せるで?」

      
   
   
   ジャキ、と刀が更に強く押し付けられた。の首に薄っすら血の痕ができる。
   
   別に痛くはなかった。
  
   ただ、自分の立場が理解できていないのかもしれない。

   それとも、理解できたのか。それすらわからない自分に苛立つ。


  
   「・・・そう簡単に殺されるわけ、無いでしょう?」

   「どうかな・・・。自分の立場、わかっとる?」

   「わかってるつもりですよ」


   
   あくまで、つもりだ。

   自分が死ぬかも生きるかも、この関係を終わらせられるかも続くかも

   何一つわからない。

   強がって言ったいつものような口ぶりは、あくまで虚勢でしかなかった。

   そんなもの、ギンにはお見通しだ。

   が何で悩んでいるのかも、その刀に何を感じたのかも全て。

   無意識に涙が出た。大粒ではなく、一滴だけの涙。

   だがそれは熱く、の感情を表すには充分だった。
   

   沈黙が続いた。

   風だけが、変わらず舞っていた。 


   どうして貴方を想うと、こんなに苦しくなるのだろう。

   こんなに心が痛むのだろう。

   もっと楽な恋がよかった。包み込むような愛情が。

   でもそれではきっと私は物足りないのだ。

   悲しみに似た愛、だからこそ焦がれ、想うたびに涙が頬をつたう。
   
   それでも、この感情は変わらないし、何か言うつもりも無い。

   ただもがき苦しむだけだ。この矛盾の中で。

   戦場に立ったような感覚が、スリルが必要なくせに

   安堵するようなものに憧れる。矛盾だらけだ。



   自嘲するしかなかった。

   薄っすらと浮かべたそれが、酷く滑稽に感じた。

   
   その途端、ギンが刀を下ろした。




   「戯れで、ええんとちゃう?」

   

  
   ぎくりとする。

   言葉が返せなかった。



   「・・・本気になるまで、まだまだ掛かるやろなァ」

   「・・・・・・・・・・・」

   「それが厭なら・・・させてみィ?」   
   


   その全てを知っているような瞳が、の心の奥まで読み取っているのを教える。


   敵わない。

   一生かかっても、敵わないだろう。

 
   だったら私は、刹那の恋にならぬよう、矛盾の中で

   この関係を続けられる時間を延そうと、せいぜい必死にあがくだけだ。   

     

   いつかその刹那が永遠になるときがくるよう願いながら。