5限に入ったとき、今日は天気がよくてちょっと
   うとうとしていたら、いつの間にか寝入ってしまっていた。

   パチパチパチパチ!

   大きな拍手の騒がしさに目を覚ますと、黒板には
   5限の古文じゃなくて、自分の名前。

   先週転校してしまった子の代わりの保健委員を決めていたようで。
   花丸のついた自分の名前に、ぱちくりと瞬きする。
   え、ちょっと、どういうこと?



   「じゃあさん、よろしくねー」
   「え、何が!?嫌だよ、ちょっと!」
   「寝てたんだから、当然でしょ!決定でーす」


   
   委員長、そんな明るくいわないで、よ・・・!

   それに転校したのは女の子一人だから、別にそんな早急に決めなくても
   大丈夫ではないのか。



   「委員長!やだ、もう一人いるでしょ!」
   「いるうちに入る人だったら決めないわよぅ」

   

   ふふふ、と笑って、委員長は帰り支度を始める。
   誰だっけもう一人の保健委員。確か、こうして寝ている間に決まった気がする。

   やな、予感。



   「もう一人って・・・」
   「横山君」



   くかー、といういびきがちょうどよく、斜め後ろのの席まで聞こえてきた。
    
    

   「う、そ・・・」



   こんな滅多に学校こない上に来ても三年寝太郎な奴、委員会にいれないでよ、ちょっと!
   そんなの心の叫びなど誰も聞きもせずに、皆帰っていった。
   委員長は少し不憫そうに眉を下げてから、に微笑む。



   「これから会議だから、頑張ってね」


 
   どうやら委員長の中にも横山は頭数に入っていないようだった。  
   密かに人気のある委員長の笑顔に気圧されながら、はため息をついた。

   斜め前の横山平馬は、起きる気配すらなく眠り続けていた。









   *








   そんなかんなでせっかくの放課後は、つぶれた。
   どれだけ叩いても横山は起きないし、委員長も担任も必ず行くように   
   念を押しまくってから去っていくし・・・。
   押しに弱い日本人って、損だ・・・!国籍のせいにするのもどうかと思うけどさ!   



   「つ、疲れたー・・・」



   会議に出た後、保険医に捕まってポスターやら新聞やら色々と
   手伝わされて、ようやく開放されて教室に戻る。
   もうすっかり日が暮れていた。
   い、いつもサボリを許してくれてるからって横暴だ・・・!

   教室の扉を開けると、まだ人がいた。
   机に突っ伏したかたちで寝ていた彼は、むくりと起き上がる。 
   

   「遅かったな」
   「・・・横山、まだ寝てたの?」
   「んー、まぁ」

   
   は帰り支度をしながら、まだ眠そうな横山をみて思わず呆れた声が出た。



   「寝すぎでしょ・・・」

 

   呟くようなの声には反応せずに、横山は窓の外を見た。



   「、遅い。もうまっくらじゃんか」
   「え、いや、委員会だし。本当なら君も出るはずの」
   「あー・・・」
   「横山がいなかったせいもあるんだよ、ちょっと」



   気づいたら帰りのHRからもう二時間以上経っている。
   あれからずっと彼は寝ていたというのだろうか。



   「ずっとここにいたの?」
   「あー、うん。戻ってこないし」
   「・・・待ってた、の?」
   「うん。一緒に帰ろうかと」
   


   そういったくせに、横山は立ち上がる素振りもない。
   というよりどういう風の吹き回しだというのだろうか。
   委員会を押し付けた責任からか、もう遅いから心配とか・・・いやいや。
   

   
   「帰るんじゃないの?」
   「・・・・・・やっぱ眠い」
   「もう閉門時間だよ、ほら」

  

   ぺち、と頭を叩いて起こす。 
   早くしないと正門が閉まってしまう。裏口から出るにも教師がうるさい。
   まぁ全部保険医のせいだからなんとかなりそうだけれど。
   二人、というのはまずい。今日はお堅く煩い教頭が閉門当番だ。
   

  
   「横山、早くしないと」       
   「んー・・・」



   なんとか歩かせて、校門までふらふらとたどり着く。
   閉門には間に合った。よかったー、と安堵の息をもらす。

   が、平馬はそこから動かない。 
   後ろから押していただったが、びくともしないので正面に回る。

   横山の家の方向は知らないが、自分はもう帰らなければ。
   ・・・それより、彼は帰れるのだろうか。



   ・・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・・・・・・
 


   うわ、不安ー。
   あまりに眠そうな姿がいっそ潔くて、ため息をつくと
   なんだか小言も吹っ飛んだ。
   
  

   「・・・・・・疲れた」
   「それ、こっちの台詞だよ!」
   「電池切れー・・・」
   「ほら、頑張ってよ。こんなとこに野宿はないでしょ」
   

  
   苦笑すると、横山がゆっくりと手を差し出してきた。      
  

    
  
   「連れてって。俺んち、同じ方向だから」


 

   よろしく、といわれても・・・。    
    
   だがこのままだと横山は本気でここに止まっているかもしれない。
   そうすると明日小言を担任やら委員長やらにいわれるのは
   確実にだ。それに、中身はとても独特だが、というかいってしまえば
   もう一言で変な奴と表せてしまえるほどの横山だが
   容姿は整っているし、このままおいていったら大人のオネエサンとか
   怪しいおじさんにテイクアウトされてしまうかもしれない。
   ・・・心配しすぎかもしれないが、さすがにそれはまずい。




   「・・・・・・っ、しょうがないなぁ、もう!」



   
   葛藤の末、は横山の手を引いて歩き出した。

   その手は大きくて、あたたかかった。



  
   「もー、夕飯おでんだから早く帰りたいのにー」
   「いいな、おでん」
   「でしょ。今日は私の好きな大根たっぷりなのー」
   「大根派か。あ、お前んちはがんもある?」
   「あるよー。牛筋もぎょーざもしゅーまいも。牛筋好き」
   「俺あれ苦手。もちきんはー?」
   「あるよー。弟が大好きだから」
   「気が合うな、弟」
   「来年うちの中学入ってくるよー」
   「おー」



   横山との会話はゆるゆると尽きなかった。
   決して盛り上がってるというほど熱くないけど、ずっと続いた。
   眠そうなのはいつものことなので気にしないが、食べ物の話への
   食らいつき方がすごくて、クスクスと笑みが漏れた。

   緩やかに静かに、言葉が紡がれていく。
   それは月夜のしんとした静けさにとてもあっていた。
   ひっぱっている手はぶらぶらと揺れて、離れそうだけど離れない。
   昼暖かかった分、今は冷えていて。繋いだ手はあたたかい。
   離れがたいな、と思ってしまう自分に気づかないフリをした。



   「おでん、好き?」
   「好き。このままの家いきたい」
   「あははー、却下。横山いたら私の分なくなっちゃう」
   「・・・バレたか」



   普段はサッカーの練習やら試合やらで学校を休みがちで
   あとは基本的に寝ている横山と話すことは、あまりない。
   こんなに話したのは初めてだったが、あまり緊張せずにいられた。
   むしろ他人にさほど干渉しない横山は、話しやすい。
      
   
 
   「あ、ついた」 
   

   
   うちここなんだ、と笑う。
   あっという間だった。赤い屋根の自宅の前で、は立ち止まる。
   



   「あとは頑張って自力で歩くんだよ」
   
  


   クスクス、と笑っては手を離そうとする。



   「・・・・・・・・・・」



   だが、逆に繋いだ手をぎゅーと強く握られてしまう。
   驚いて横山をみると、大きくため息をつかれた。





   「お前んち、近い・・・・」





   まさかこんな近いとは、といいたげな視線を向けられる。
   意味がわからなくて、はきょとんと横山を見つめ返す。



   「え、いいじゃん、近くて。遅刻しないし」
   「そうじゃなくて・・・」



   はぁー・・・と再び深くため息をつかれる。
   
 


   「もっと遠ければ、ずっとこうしてられただろー」


     

   鈍すぎ、と呟いてようやく横山は手を離した。

   手に残る彼のぬくもり。自分とは違う、硬くて骨ばった感触。
   歩いているときは気にしないようにしていたそれらが、いっきに蘇って。
   か、と頬が朱に染まるのを感じた。       


   

   「じゃあまたなー、



   
   ここまでサンキュ、と横山はひらひらと手を振る。
   


   「え、あ、うん、じゃあっ、」
 
 

   動揺して言葉がでてこない。

   どういう、こと。ねぇ、今のって。
   名前呼んだよね、って。さっきまでだったのに。
   いやいやそれどころじゃないって、横山はさっき、ずっとこうしてって・・・っ。

   目の前がぐるぐるする。
   そんなをみて、横山は軽く噴出したが気にしてる余裕は無い。



   「あ、俺体力ないからさー。またひっぱって」   
    

   
   お前いないと歩けないし、と横山は意味深に言い残して帰っていった。
   その足取りはさきほどまで自分で歩いていなかった人とは思えないほど
   体力があるように思えた。
   ふらふらしているのはいつもなんじゃないか・・・!

   大好きなおでんの匂いがするというのに、横山のことで頭がパンクしそうで
   弟が引きずり込むまでそこに立ち尽くしていたのは、彼には内緒だ。


   ・・・だってそんなの、奴の思うつぼだもの。