いつもと同じ景色で。いつもと同じ二人で。
   いつもと同じ時間が、流れると思っていたのに。


   一番みたくないものをみて、つい変えてしまった。

 
 
   「俺の恋が実るってことは、先輩の恋が散るってことだよ」


   
    
 
  








     ねぇ、










   中学では珍しい専用の芝生グラウンドでボールを追いかける男子たち。
   この静岡でそこそこに強いらしいうちのサッカー部は今日も練習熱心で、みていて
   とても面白い。もちろん、それはサッカーだけではないけれど。

   オレンジのビプスをつけた一人を視線で追いながら、思わずにこにことしてしまう。
   



   「先輩、そんなに観たら焦げちゃうよ」

   「っ」

   

   後方から声がして、驚いて肩が跳ねる。だってここは誰もいないはずの場所。
   振り返って声の主を確認して、安心して息が漏れる。



   「なんだ、平馬くんか」



   すぐそばの木陰にご丁寧にエナメルバッグを枕にして、上着を布団のようにかけて
   寝転がりこっちをみていた。  
   あーびっくりしたぁ。
 
 
   「先にいたのは俺だからね」
   「・・・わかってますー」
   「最近先輩の方がここにいる気がするんだよね」
   「私真面目に学校来てるからね」
   「一昨日1限途中に裏門乗り越えてる先輩みたけど」
   「・・・・・・・・・・・・」
   「ちなみに今朝保健室で二度寝してたでしょ」
   「・・・真面目に来てはいるでしょ?」
   「真面目に、見に、来てる?」
   「・・・そうともいいます」

  
   どうして行く先々を知られているんだろう。
   裏門は確か平馬君の教室からだとちょうど見えるところにあるけどさ。
   まさかみられてるとは。     



   「ま、ゆっくりしてけば」


   
   まるで我が家のようにそういって寝なおす平馬君に笑って、視線をグラウンドへと戻す。

   そう、ここは彼に教えてもらった秘密の場所。
   誰もこない、邪魔しない、気づかない。みんなの死角。
      
   野良猫のように芝生と木陰に馴染む彼は、規則的に寝息を立て始めた。
   ゆっくりと、ゆっくりと。彼の周りは時が本当にゆっくりと流れている。そんな、気がした。   

   だから彼のそばは安心できると思えた。   

   




   出会いはいったいどのくらい前だろうか。
   掛けられた第一声は覚えている。
  

  
   「・・・そんなに好きなの?」

   「え?」   

   

   初めて会ったときも、姿がみつからなくて、びっくりしたんだ。
   図書館でずっと読みたかった作家のシリーズを発見して、陽のよく当たる窓辺の椅子で
   読んでいたときだった。外のサッカー部がとても楽しそうで。
   ふと視線をやったときに目に入った人が、まるで生きているかのようにボールをぽん、ぽん、と
   足元で遊ばせていた。その姿に目を奪われて・・・ずっと、みていた。
   サッカーなんて全然知らなくて、それでももっとその人を見たいと思って。

   ちょっと遠くて見えづらいけれど、窓辺の椅子に座ってみていたときだった。

   まだ新入生だった平馬君が、窓の外から声をかけてきたんだ。



   「こっちのがよく見えるよ?」
   


   手を引っ張られて慌てて窓から出て。ちょっといったところにある、空間。
   グラウンドがよく見える、図書館と倉庫の隙間の裏の場所。
   何本か木が立っていて、座ったら周りから姿が見えない死角だった。
  

   そこから私と平馬君は、不思議な関係。




   
   

   「あーもーきいてー!きかなくても話すけど!」
   
   「俺寝てたんだけど」

   「もうやだやだやだどうして男って浮気すんの!ちょっとアザトイ感じにすぐコロッといくの!」
  
   「わかってても騙されんじゃないの」
 
   「前日まで普通だったのに急に乗換えとかわけわかんない!もうやだやだやだやだぁ」

   「草むしらないでよ」
 
   「だってぇ・・・この前はもうすぐイケる、って思ったらただのチャラ男だったしさぁ。
    今度こそは長続きしたいなぁって思ってたのによりによってイベント前ってなんなの!」



   最初は放課後にただ同じ空間にいるだけだった。そのうち話しかけるようになって。
   わかりづらいテンポにも対応していって。
   今ではたまにふらって昼休みに来て、約束するでもなく一緒にご飯を食べる。
   他の切り離されたような、二人の秘密基地みたいに。
   
   とにかく私は友達にぶつけることのできない、あまりきいてもらえない愚痴とか愚痴とか
   駅前のコンビニの新商品とか愚痴とか裏庭の野良猫の話とか愚痴とかを平馬君に延々と話してる
   ことが多い。・・・なんか申し訳ない気もするけど気にしちゃいけない。

   平馬君は決して真摯にきいてくれているとはいえないけれど、家でペットに愚痴るように
   ただいてくれるだけで落ち着くし、ぼやくだけでなんだかすっきりした。
   まぁ眉顰めたり呆れたりまたその話?とかいったりはするんだけどね。可愛げは飼い犬の方がある。

   愚痴はたいてい男運のなさについてがほとんどだけれど、私はたぶん本気の恋なんてしていないんだろう
   といつも友達には呆れられるほどあっさりと次々に人を好きになっていく。
   本人としてはいつも本気のつもりなので心外だけれど、そういえばいつも平馬君に愚痴って
   泣くこともなく終わる気がする。倖せになりたいなぁ。

   でもこのサッカー部の人は違う。見るようになってから、すごい長い。
   惹かれたくせになにもできなくて、同じクラスだからそこそこに仲はいいし、名前もポジションも
   わかっているけれどその間に何人もの人と恋をしていた。でもずっと心から離れなかった。
   どのような形かははっきりしないけれど、好意らしきものは感じるくらいには近づいていたし。   
     
   自身は半信半疑だった。



   だけど今度の恋も、泣かないと思っていた。





   思っていた、のに。






   

  
   
   3日後、この二人の秘密基地で、私は一人で泣いていた。
   どんなに口を閉じても嗚咽が漏れ、みっともないくらい涙が出ていた。
   誰にも見られたくない、みじめな姿。

   耳には先ほど返ってきた言葉が、ずっと残っている。
   塞いでも、嗚咽が漏れても、違うことを必死で思っても、消えない。


   「気持ち悪い」「ビッチ」「ストーカー」「顔だけ」こんなような言葉が並んでいた気がするの
   だけれどもう頭の中でぐわんぐわんリフレインするだけで正しいものはわからない。
   「本命じゃないならいいよ」とかそんな風なことをいわれたような気がする。
   私は今までたくさんの恋をした。した、けど、そんな風に罵られるような行為はしていない。
   私は悲しいことにまだ純潔を保っているから、彼のいった言葉も、彼の周りが口々にいった言葉も
   当てはまることはないとわかっている。自分自身が一番よく知っている。
   
   ただ、こんなにも心が痛いのは、きっと、そう思われていたことが悲しいのと。
   あとは、たぶん、ずっと見ていたのに、私は何一つみえていなかったこと。
   
   グラウンドと芝生と秘密基地。あの空間をもう、手放さなければならないことが、つらいんだ。



    
   「・・・どうしてこうも先輩は見る目がないかな」
   



   ようやく見つけた。ため息とともに来たのは平馬君で。
   見られたくなくてへたり込んだまま、顔を膝に押し付けた。
   もういや、なにも見たくない。聞きたくない。
   首を振って平馬君の存在を拒否する私の腕がぐい、と引っ張られて前方によろける。
   強い力と、ため息。



   「泣かせたくないから我慢してたっていうのに。これじゃいつも我慢してる俺がバカみたいじゃん」

   「っ」


   よろけた先には温かい平馬君の胸があって、顔をあげられない私の後頭部が押さえつけられて、ぎゅっと
   そのまま胸にすがるように涙が出た。
   私の髪をくしゃりと軽く握るようにしている平馬君の手が、たまに少し上下に動いて、よしよしと声がかかる。
   本当に泣きじゃくる子供のようで、なんだか恥ずかしい。

   平馬君のぬくもりがあまりに温かくて、満足したのか、安心したのか、涙はゆるゆると止まっていった。
   
   

   「・・・へ、いま、くん」

   

   泣いたせいでひどい声で辛うじて名前を呼ぶと、もう一度ため息が返ってきた。
   もういーや、と小さく聞こえて、平馬君は私の体を離した。
   名前を呼ばれて、目と目が合う。  



   「そんな風に泣かれたら耐えらんない」   
   


   こんなにしっかりと、平馬君と目が合うのは初めてだった。
   切れ長の目が、視線が、あまりに熱くて。心臓が大きく跳ねた。



   「俺だって、あんたを好きな男なんだよ」


   
   ゆっくりと、平馬君の手が私の目元に残っていた滴を拭う。  
   熱い手のひらと、いつもと違う視線。

   聞こえてきた言葉が、信じられなくて。

   頭がぐるぐると混乱して、色んな言葉が混ざっていく。
   罵倒や嘲笑と平馬君の言葉とがぐるぐるぐるぐる廻っていく。
   でも平馬君の、ぬくもりの方が強くて。
    
   いっきに熱くなった身体と鼓動。
   初めてこんなに男の人にどきどきして、熱くなって、苦しくなっている。 

   そんな私をみて、平馬君の目が少し嬉し、そう?なのは、気のせいじゃないと思うんだ。
   いつもゆるゆる、ゆっくり、安心できる彼の雰囲気はどこにいったの。
   こんなにも苦しそうで、嬉しそうな平馬君はくやしいけれどとても、かっこよかった。
  


     
   先輩を泣かせるものはみんな許せない。
   嘘はついてない。
   前の男だって、その前の男だって、色々知ってた。
   でも先輩は本当のことをいったらその男のために泣くから。
   少しずつどうにかしていって、少しでも守りたかった。
   だって俺、恋してる先輩が好きだから。
   たとえその相手が、まだ俺じゃなくても。

 
   ねぇ、先輩。


   変なところ鈍いんだもん。


   ねぇ、先輩。いつになったら気づいてくれるの。



   でももう限界。
   



   「早く言ってよ、




   俺が好き、って。