やがて離れていくもの、手に入らないとわかっているもの
そういうものに心惹かれ、情熱を注ぐのが人の心。
移ろいゆく心を甘ったるく綴る小説を
雲雀は黙って破り捨てた。
信じるものは、救われる?
吹き抜ける風。自然の音が心地よい空間に、鉄製の扉が
荒々しく開かれる音が響く。
重厚なそれはまるで薄い板でできているかのような勢いで
解き放たれた。
堕ちればすぐ地面へまっさかさまになる、危険な鉄柵の上に腰掛けた
は、その音にビクッと肩を揺らした。
その顔は驚き果て、冷や汗さえかいている。
堕ちたらどうなるのだろうという恐怖からではなく、扉を開けて入ってきた人物に
なにより恐がっていた。
「・・・・・・・・・!」
先刻まで応接室にいた雲雀が、なぜここにいるのだろうとは
その身体能力の高さが恐くなる。
一方雲雀は大量の仕事を中断させられたことに苛立っていた。
それでもここに体が動いたのは、目の前のが自分の恋人だからだろう。
ノックもなしで扉を開いた草壁は処分せず、そのまま放置してある。
無論、保留であって、事が片付いたらきっと草壁の顔は変形しているだろう。
雲雀は、不機嫌をあらわに口を開いた。
「・・・何、してるの」
「と、とびおりようかなぁ〜、なんて」
は錆付いた鉄柵を指差して、へらっと笑った。
その言葉に雲雀が盛大に溜め息をつく。
「・・・・・・。くだらない事してないで、早くそこから降りて」
そういう雲雀の表情は本当に呆れ果てていて、言葉さえ溜め息交じりだった。
もともとは風紀委員のブラックリストに載るほどの
問題児だったが、こんな後ろ向きな騒ぎは初めてだった。
いつもなら、もっと皆が楽しむような下らない騒ぎばかり起こすのに。
「っやだ、」
「正座」
「厭だってば!」
風紀委員長、雲雀恭弥に口答えができるのなんてくらいだ。
吹き抜ける風が冷たくなってきた。空はいやになるほど青くて
雲が足早に流れていく。
「もう一度だけいうよ。そこから降りて、正座」
「い、」
「三、二、い・・・」
「・・・・・・・」
しかし、その目を合わせず行われる抵抗も
有無を言わさぬよう少しずつトーンが下がっていく声に
あっけなく降参した。
だ、だって雲雀の目が肉食獣のように鋭かったんだよ?
ありえないって、喧嘩の時のように冷たくてさ、絶対殺される気がしたの!
・・・草食動物ってすごいなぁ、身の危険がちゃあんと察知できるんだから。
言ってて悲しくなってきた、かも。
我が身が可愛いのでは、素直に正座した。
小さくなって、顔は下向きだが、雲雀の視線が痛いので
意地を張らずに視線を上げた。
「何やってるわけ?僕、忙しいんだけど」
「し、死のうかなーって」
正直にいったのに、雲雀の反応はとても冷たい。呆れ果てている。
なんとも冷ややかな目を向けられ、はすっかり萎縮してしまっていた。
同い年で、しかも恋人同士の二人のはずだが、その様子はまるで
詰問している警察と犯人か、隠していた0点のテストを大量に見つけた
母親と子供のように、双方の力関係がはっきりしていた。
わざとらしく、盛大に溜め息をついてから(い、嫌味だ!)
雲雀をこめかみに手を当てた。
「超がつくほどの楽天家なんだから、無理しないの」
「(ひどい!)だ、だって・・・」
「だって?弁明があるならきくけど。勿論正当な理由なら」
「ひ、雲雀が最近構ってくれないし、さ・・・」
はぁ?といわんばかりの雲雀の表情を、たぶんは当分忘れないだろう。
付け加えるように急ききった様子で言葉を続ける。
「だって、昨日浮気してるの見ちゃったし、愛想つかされたなら
もういいかなぁって思ってたらいつの間にかこうなってたの!」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音が間悪く響いた。
「はぁ?寝言は寝てるときだけにして」
「(負けない!)だってみたもん!」
「・・・・・・」
「昨日の夜、金髪の人と楽しそうに歩いてたでしょ・・・?」
不安そうに見上げるの瞳が曇っていた。
少しずつ込み上げてくる涙を、抑えていた。
雲雀を信じたい。けど、しかと見ちゃったんだよ?
雲雀にはの考えていることが手に取るようにわかる。
・・・どうしてこんなに、単純なのかな。
そんなところまで愛しいと思えてしまう自分がむず痒い。
「ディーノのこと?男だよ」
「本当?」
「僕の言うことが信じられないわけ」
「・・・・・・・・・・・・」
手に入れたと思うとサラサラと手のひらから零れ落ちてしまう砂。
掴んだと思うと引いてしまい、諦めようとすると近づいてくるさざ波。
まるで雲雀のようだね、というとこっちの台詞だよ、と呟かれる。
「」
雲雀は乱暴にの手首を掴むと、その衝撃で零れた涙に口付けた。
涙で汚れた桃色の頬に唇をおろしていく。
「いくら君が僕を疑ったとしても、僕が今こうやって君に触れた事実は変わらない」
唇は頬から、だんだんと移動していく。
「・・・一生、僕が飼い殺してあげる」
そして、の唇を塞いだ。
なぞるような口付け。ひんやりとした唇が言葉の代わりに思いを伝える。
「だけで手一杯だよ。充分すぎるほどね」
だから、君は僕だけを信じていればいい。