何事にも楽しみって必要だと思う。

   そして、楽しみにはスリルが付きまとう。

   でも、今のところは大丈夫みたい。











      視線













   廊下側の一番後ろの席。そこが、の席。

   みんな窓際の方が良いっていうけど、日差しがきつくなってきた

   この頃は、ちょっと勘弁したい。冬なら大歓迎だけど。

   
   あぁ、窓際だと校庭が見られて良いよね。

   体育やってる先輩とか、かっこいい人とかみれるから。

   でも、そんなのは今の席に比べちゃうとつまらないモノなんだ。










  
   「・・・・・・・一体、」





   どれだけ寝るのだろう、彼は。



   子守唄のようなリズムで読まれる古典。

   三代の栄耀一睡のうちにして・・・と静かな教室の中に響く先生の声。

   穏やかなその声は確かに眠りを誘う。

 
   でもねェ、とは斜め前の席を見た。

   そこには幸せそうな顔で眠る、日生の姿。

   ちょうど席替えの日に転校してきた奴なので、ここにきてから日は浅い。

   いいのか転校生くん、といつもは日生を見ている。


   何もないこの席で、楽しみなのは彼の寝顔の拝見。

   みんな黒板いっぱいに書かれた白い文字を写すのに夢中で  

   が日生を見ていることなど気付いてはいないだろう。

   もちろん、寝ている日生も。

   気付かれていたら恥ずかしいなぁ・・・。

   ふぅ、と息を吐いて頬杖をつき直す。
 
   
   呑気そうに眠る顔。

   ぅうん・・・とちょっと寝苦しそうに小さく唸る声。

   時々真下を向いて表情が見えなくなる。

   残念、とが目を離すと、また横を向きなおす。

   必ず右側を向いて寝るのには、何か意味があるのだろうか?

   左側を向いて寝たところを見たことがなかった。 

   幸せそうな、ちょっと微笑んだような寝顔は、の心臓をドキドキとさせる。
  
   


   「では、卯の花に〜で始まる最後の詩を書いたのは誰?」
  

  
    
   が日生を見ている間にも、授業はどんどん進んでいく。

   そんなことなどかまわずにはずっと日生を見ている。

 
   授業より、

   先輩の体育より、

   かっこいい人より、

   日生を見ているほうが幸せなんだ。


   恋かどうかなんて考えない。わかりきってる。

   でも確かなのは、日生を目で追う自分がいること。

   授業の楽しみは、日生を見ることになっていること。




   「・・・じゃあ、気持ち良さそうに眠っている日生くん?」




   にっこりと微笑みながら、先生は同時に教科書でパコリと殴った。

   ガタッと音を立てて日生が飛び起きる。



   「うぇあっ!何だよっ」

   「おはようございますぅ、日生くーん?」

   「え、あ、授業中か。あはははは」

   「随分ぐっすり眠っていたようだけど、答えられるわよね?」
    
   「いやだなーセンセ、そんな美しい顔に皺寄せちゃダメっすよぉ」
 
   「ね、日生君?」
 
   「あはははは・・・・・見逃して?」



   そういって笑う日生に、先生はちょっと言葉に詰まったようだけど

   だーめ!とすぐ本来の事を思い出す。

   静かだった教室があっという間に笑い声でいっぱいになる。

   日生の笑顔は、キラキラしてて温かくて。爽やか少年、って感じ。

   やっぱりかっこよくて、先生が言葉に詰まる理由がわかった。

   はくす、と思わずもれた笑いを押さえて、日生を見続けた。  


   一歩間違えばストーカー。

   でも、自然に目がいってしまうのだから、しょうがないことでしょう?


   こみ上げそうになる笑いを押さえていると、終業の鐘が鳴った。

   どうやら、楽しい時間は終わってしまった。


        





 
    
      








   みんなが部活を始めてどのくらい経ったのだろう。

   は帰宅部なのをいい事に、教室でずっと寝ていた。  

   一度だけ見た、サッカー部の練習中の日生が夢に出てきた。

   こんなに元気に動き回るんだ。足が凄く速いんだ。

   授業中とは正反対のやる気に、思わず笑ってしまった。




   「凄い、楽しそうだなぁ・・・」




   席が近くなって、よろしくなぁーとか挨拶されたのと

   ノートを貸したとき。

   そのときボールを渡したぐらいだ、日生と話したのは。


   そうだ・・・・


   そんなに話したことのない人を、好きになるなんて

   ありえないんじゃないか。



   ?いつまで見てるのー?

   見過ぎだって!好きな人でもいた?

   ・・・・別に。      


 
 
   自分がやっていることは気持ちが悪いことなのだろう。

   自身、やられたら気持ちが悪い。   

   
   だから、授業中に寝ているときだけ日生を見る。

   起きていると気付かれるかもしれないから。

   好きだなんて、言いたくない。見ているだけで幸せだから。

   秘密なんだ、このことは。

   見ている事実を知ったら、彼は私を軽蔑するだろうから。



   


   ガタッ。



  

   大きい音と共にやべっ、という声がして

   は目が覚めた。

   寝ぼけていて良く見えない。でも、聞き覚えがある声。



   「・・・・ぅん?」

   「あーあ、起きちゃったか。悪ぃな」

   「・・・・・・・・・・・へ、」

   「おはよう、

   「・・・・・・え、おは、な、」

   「随分長いこと眠ってたんだなぁ、お前」
  
   「・・・・ひ、ひ、ひ、ひな、」



   寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。

   だって、目の前にいるのは、ひ、ひ、ひ、ひな、せ・・・!

   いつもの立場が、逆転したようで。


   眠ってたんだなぁ、ということは

   ・・・・寝顔をバッチリ見られてしまったようだ。

   恥ずかしすぎる。だ、だって、えぇっ!?   


   混乱して少し頬が赤くなるを、日生は面白そうに見て笑った。

   は日生の方を見れなくて、顔を隠すように俯いた。

   自分の同様を見られない代わりに、相手の反応もわからない。

   

   あの、さ・・・と日生は少し言い辛そうに切りだした。 
   
   
 
 
   「ずっと気になってたんだけど、」

   


   少し、厭な予感がした。 



   

   「授業中さ、俺の方ずっと見てるだろ?」

   


   心臓が、跳ねた。


   ドキリ、ともドクン、ともつかない感じで激しく鳴る。

   


   「・・・・みて、ない・・よ」
 
   「嘘だ。俺、視線感じるもん」

   


   嘘だ、はこっちの台詞だよ。

   気付かれてたなんて。血の気がサアッと引いた。

   

   「だ、から・・・みてないって、」

   「何で嘘つくわけ?」

   「・・・・・っ、」

  

   厭だ。
  
   穴があったら入りたい。今すぐここから逃げ出したい。  
 
   今まで、ずっと気付いてたったいうの?

   顔が熱った。恥ずかしさと・・・なんだろう、自分の感情がわからない。

       
 
   がたん、と音がして、日生がの目の前に来る。

   机に突っ伏すに近い形で俯くに目線を合わせるように、日生はしゃがんだ。

   ますます顔が上げられない。

   視線だけ動かすと、日生と目が合った。慌てて視線を下げる。


   恥ずかしい。

   何でわざわざ今、言うの?

   やっぱり、気持ちが悪かったんだよね。

   やめてくれ、って気持ち悪いって言われるんだろう。

   涙が出そうだった。

   



   「なーんで下向いたままかなぁ。ま、いいや」

   「・・・・・っ」

   「なんか、勘違いしてるみたいだし」

 
   
   勘違いなんかしてないよ。

   ずっと視線を感じてたなんて、ストーカーかと思うよね。

   は心の中で言葉を返す。



   「じゃあ逆に、なんで俺は、いつも右側向いて寝てると思う?」

   「・・・・・・・・・」

   「答えろって」



   日生の声は真剣で、でもちょっと切羽詰ってるような感じで。

   答えなきゃいけない気に、させられた。



   「・・・・・・・・・・・寝心地、いいからじゃ・・ないの・・・・?」
   
   「違う。なぁ、右側って何がある?」 

   「・・・何、って」



   廊下ぐらい。
 
   後は他に何かあるわけじゃない。


   首を傾げるに日生は微笑って、立ち上がったかと思うと

   日生の、いつもの席に座っていた。

   少しだけ顔を起こしてみてみると、ひらひらと手を振られた。

   にっこりの笑顔つきで。




   「なぁ、何が見えた?」




   何、って・・・・。

   日生の笑顔は、だけに向いていて。

  
  
   え、え、え、と頭の中に疑問符が湧き出てくる。

   信じていいの?いや、間違いかもしれない。

   私が凄く面白い顔をしているのかもしれないし。

   だから、

   だから、心の中に次々に出てくる期待をどうにかして欲しい。

   
   の顔は先ほどとは違う意味で赤くなった。

   それはもう、耳まで。髪が長めでよかったと思う。

         
 

   「どういう意味か、わからない?」

   「・・・・・・・・わか、らない、よ」  

   


   お願いだから、この希望をこれ以上膨らませないで。

   一方通行じゃない可能性が100%とはっきりしない限り。

   嬉しい思いを一生懸命なぎ払う。勘違いだったら、厭だ。





   「・・・・あーもう、そっちから言ってほしかったのになぁ」

 



   ちぇっ、と日生は拗ねた顔をした。

   ほっと安堵する反面、更に続く言葉が恐かった。




   「俺、寝てるときいつも視線感じてさ。それが結構、好きなんだよな」
      



   日生が見ているものとが見ているもの、

   見ている理由は一緒だと言いたいのだろうか。

   ・・・いや、違う。違うよ。嬉しいことばかり浮かぶ自分の頭が厭になった。 





   「でさ、実はこの頃は目ぇ開けてみてんだ。その幸せそうな可愛い顔をな」

   「・・・・・っ、見て・・・っ!?」

   「あ、やっぱりなんじゃん」

   「あっ、ちが・・・っ」



   どうして自分は墓穴ばかり掘ってしまうのだろう。

   もっと上手にできないのだろうか、全てを。


   


   「ねぇ、この視線と幸せそうな顔って、」



  
   日生の視線がの瞳を捉える。

   もう、逃れることができなくなった。


 


   「・・・・・俺に、だよな?」





   日生は、わかってしまったんだ。

   気付いてしまったんだ、全て。

   見ていることも、その意図も。


   すっかり寝ていると思い込んでいた私の顔は

   心の中が丸出しだったのだろう。  
 
   



   「・・・・・・・・ごめ、ん・・・なさぃっ」



   
   逸らせなくて、逃れられなくて。

   心の中を見透かされているような日生の視線が辛くて。

   の瞳にじわっと涙が浮かぶ。
  

    

   「気持ち悪いよ、ね、ストーカーみたいでさ、」

   「そんなことないって」

   「でも、普通は厭だよっ、いいよ、無理・・・しなくて、」

   「無理じゃないって。言ったろ、それが結構好きなんだって」

   「・・・変な、趣味をお持ちですか?」

   「違うっての!そりゃあ、普通だったら気持ち悪いけど、」

 
  

   いい加減、素直になれよ。

   その膨れ上がった嬉しい期待は、否定しなくていいものなんだ。

   少しでも気付いているのだったら、口に出してくれ。



 
   「厭じゃ、ないの・・・?」




   自分じゃない、と否定するくせに、嬉しそうに涙を引っ込める

   浮かんでいた言葉も思いも吸い込まれてしまった。

   頬を紅くして、嬉しそうに目を見開くなんて・・・・反則だろ。


   日生は口元を押さえて赤くなった顔と緩む口元を隠した。


 


   でも、何で?とは視線で訴えてくる。
   
   何で、だと・・・?

   ここまで言ったって言うのに、まだ言わせる気か。

   俺だって、お前の口から聞きたいんだ。
   


  
   「・・・・・・秘密」

   「えぇっ、何それ!気になるよっ」




   どんどん気にしてくれ。

   そして今までと変わらず、その視線を俺にだけ向けて欲しい。




   「・・・じゃあさ、俺から一つ質問な。

    幸せそうな顔で寝てたけど、どんな夢見てたんだ?」

   「・・・別に」

   「寝言で『日生、かっこいい』って言ってたけど」

   「えぇっ、嘘だぁ!」

   「あ、俺の夢なんだ」

   「・・・違いますぅ」

   「そういや前に部活見てたよな、じっと見てたけどさぁ・・・誰見てたわけ?」

   「・・・・・・・・・・・雄大君」

   「雄大は選抜でしかいませーん」

   「・・・・日生、意地悪だ」

   「なぁ、嬉しそうに頬赤くして誰見てたんだよ?」

   「・・・・・・・・う、うるさい!こっちも秘密!」




   なぁ、

   俺ってそんなに鈍くないんだけど。

   頬を紅くしている時点で、俺って言ってるのと同じだっての。





   「教えろよぉ」

   「じゃあ、そっちも教えて」

   「スリーサイズならいいけど?」

   「男のなんか知ってどうするのさ」

   「そうだよなー俺はのが知りたいなー」


  
   大体、わかるけど。




   「変態!もう絶対教えない・・・!」

   「・・・のスリーサイズなら自分で図るけどな」

   「いやぁ、触んないで、ちょっと・・・!」




 
   これからは遠くから隠れてみないで、一番近くで、俺を見てろよ。

   俺も、そうするからさ。

   
   意地っ張りも可愛いけど、もう我慢したくないなぁ俺。

   欲望に忠実なんだ。やっぱ年頃だし?