本当にあの言葉を放ったのはこの男なのだろうか。
最近、自分の脳が改竄したのではないかと
疑いたくなる。
「ねぇ、ヒル魔」
「ダメだ」
「・・・まだ何も言ってない」
「お前のいいたいことくらい想像つく」
愛の力ね!なんて冗談を呟いてみると
すごい形相で睨まれたので、やめておけばよかったと後悔する。
が先ほどから何度も繰り返すのは、自分をアメフト部の
一員、つまりマネにしてくれということだった。
もちろんヒル魔がそんなこと許すはずなくて、
何度試みてみても、最高でアメフトの四文字を発音するのが
精一杯。一刀両断されてしまう。
しかももうすぐ部活が始まる時刻なので、彼は着々と
準備を整えており(着替えだしたのにはびびって逃げた)
追い回すはセナ君やモン太君や栗田くんのいる
グラウンドまで来てしまっていた。
ああ、ここに武蔵がいたら仲裁がしてくれたのに!
そう願っても彼はまだ当分来ないだろう。
当の武蔵から遅れるという伝言をヒル魔へと先ほど伝えたのは
他でもないだ。
「いいじゃん、ここの一員にしてくれたって!」
「使えねぇ奴はいらねぇんだよ」
「そうですね、蛭魔くんには姉崎さんがいるものね」
「・・・・・・おい糞女、」
ヒル魔の静止なんて無視を決め込む。
人の話を聞いてくれない人に貸す耳は持っていない。
なにさ、姉崎さんとばっか話して。
いつも私がみるアンタの姿には姉崎さんが映ってて。
腹が立つの。
私ばかり好きなのを思い知らされて。
自分の脳ミソが全てを改竄しているだろうと
否応なくつきつけられて。
二人の想いは同じだったんじゃないの?
そう思ってしまう自分は自惚れだけだった気がして、
おこがましい想いだと自嘲したくなる。
居場所の無い私に居場所になってくれたのは君だった。
それをいつまでも続けようといったのも君だった。
でもそれはもう、彼にとって関係のない話なのだろう。
「じゃあ、私はヒル魔の前からいなくなるから!」
そういって、腹の立っているはもやもやとした気分を
心に押し込めて、こちらの様子を横目で窺っている
セナ君の元へ走った。
彼は優しいから逃げない。それに甘えてはセナの身体に
思いっきり抱きついた。
体格もさほど変わらないに抱きつかれても
セナの身体は揺らぐことなく受け止めた。
ああ、男の子なんだな、と微笑ましくなる。
「、さん・・・!?(なななななんで、)」
視線をヒル魔へと泳がせているだろうセナの肩口に
顔を埋め、きつく縋りつく。
そのせいで見えないが、きっとセナの顔は赤く動揺しているだろう。
セナ君、と小さく呟く。
その声にセナは優しくの名を呼ぶと周りにみえないような
角度のところで髪を優しく撫でてくれた。
腕は回し返してはこない。そんな恐いことはしないだろう。
それでも、私のためにヒル魔の前で髪を撫でてくれる
セナの優しさが嬉しかった。
「・・・おい糞チビ!練習はじめっぞ!」
「はっ、はい!」
ヒル魔の不機嫌な声といつものような銃声が響き
セナは申し訳なさそうにを離し、ヒル魔の元へ駆けて行った。
代わりにセナに頼まれた武蔵探しに向かうため
はグラウンドから走った。
一度も顔を上げずに。
今上げてしまったら、きっと押し込めていたものが溢れてしまう。
中途半端に終わる私の感情を全て吐き出せる人は
たった一人しかいないのだから。
居辛いだろうを気遣ったセナの頼みはとても
優しく心に届いた。
教師から言われた用が終わり、武蔵はそのままグラウンドの側にいた。
グラウンドから死角である此処だと、先ほど起きていたことは全て
筒抜けだった。
(さんが落ち込んでいると、ヒル魔さんが不機嫌で)
少し前にセナが言っていたことが甦る。
が泣きつく相手をセナにしたことで、ヒル魔の機嫌も悪くなり
セナの練習量が倍に増える。
はぁ、と溜め息をつくと同時に、の声が響いた。
「武蔵、こんなことにいた」
「・・・手間取らせて、悪かったな」
「別にいいんだけどさ、反対方向に行っちゃったじゃん」
「声かけづらくてな」
はアハハ、と形だけの笑みをつくると
武蔵のそばへ歩み寄る。
身長差のありすぎる二人は、が首を上に上げることで
会話が成り立つ。首が痛そうだ。
しかしはそのまま止まらずに、武蔵の鳩尾のあたりに
ぽすりとぶつかる。
あまりの衝撃のなさと肩の細さに少し驚いた。
「・・・悪いな、全部見てたぜ」
「・・・・・・。知ってるよ」
「おかげでアイツの機嫌が最悪だ」
「・・・自分の思い通りにならないの嫌いだから、アイツ」
予定通りに物事を運んで。
緻密に計算された計画を狂わされるのが嫌い。
だから私は重荷なんだ。
自分の計画の邪魔となるのなら、排除されるのだ。
・・・だったら、早く排除してよ。
「ねぇ、武蔵」
「何だよ」
「姉崎さんて美人だし、頭いいし素敵だよね」
「・・・俺にはわからんがな」
「女性のタイプに使える女って答える奴にはお似合いだよね」
「・・・おい、」
「必要とされないの、慣れてたはずなのになぁ・・・っ」
こんなに苦しいのに、何で泣けないんだろう。
涙と一緒に全てが流れてしまうから、楽なのに。
胸が心がきりきりと締め付けられるだけで
何でこの苦しみをやわらげられないのだろう。
歯を食いしばるに嘆息しながら
武蔵は頭にその大きな手を置いて軽く撫でてくれた。
(・・・意外に脆すぎるんだよ、コイツは)
傘一本で暴漢を重症の病院送りにして泥門で有名な暴れ馬と
呼ばれているの気丈な性格の中には、異常なほどに愛情を求めている部分がある。
埋めてくれる人を探し、強く見えて実はすごく脆い。
「・・・キスしてくれないかな、武蔵?」
確かな愛情を感じていたいの。
ただ一人の確かな人が欲しいの。
今、武蔵の視線から見えるは細い身体に
普段なら考えられないほど弱い表情で。
(勘弁、してくれ)
身体が動きそうになる。
するつもりは更々無いが、顔を近づけていくと
気配を感じた。
その気配が、が、ヒル魔のものじゃなかったら、と考えてしまうのは
多分俺の捨てた感情の破片。
「違うだろ」
「・・・?」
「お前がしたい相手」
え?と顔をあげると、武蔵の手はもう頭には乗っていなくて。
仏頂面での背の方向を指していた。
そして、そのままの身体を反対方向へと向け、その人物に
視線を向けさせた。
立っていたのは、無表情のヒル魔。
アメフトのユニフォーム姿で武蔵を睨んでいた。
冷めたような瞳に、怒気が含まれているのをわずかだが感じた。
とん、と背中を押されて、無防備だったは
いとも簡単にヒル魔の目の前に突き出された。
驚いて合わせてしまった視線を、慌てて逸らす。
胸が痛くなった。
「・・・ちゃんと繋いどけ」
「・・・・・・うるせぇよ」
その二人の会話が聞こえたときには、の身体は身動きが取れなくて。
ヒル魔の腕の中にいると気付いたのは、赤が自分の目の前を
埋め尽くしているとわかったとき。
やめてよ。
もういいから、離してよ。
ヒル魔には関わらないって、決めたんだから。
「おい糞女」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「糞チビに何したかわかってんのか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・武蔵に、何頼んだかわかってんのか」
「・・・・・・っヒル魔がしてくれないこと、だよ」
厭だと思っても、何でこんなにこの人の低い体温は
心地いいのだろう。
優しくなんてなくて痛いくらい胸板に押し付けられるこの力も
久しぶりの彼の香りも、何もかも涙が出そうになる。
「・・・・・・・・・・・・・」
出そうで出ない涙にやきもきするの身体は、ヒル魔の身体ごと
移動していく。
歩いているとわかるには、少し時間を費やした。
もちろんグラウンドにはアメフト部の皆がいて、練習をしていて
校舎の中にはまだ多くの生徒が残っている。
「・・・」
チッ、と舌打ちが聞こえたかと思うと
顎ががっしりつかまれていて。
乱暴に唇が重ねられる。
角度を変えながら、幾度も。噛み付くように。
驚いて目を見開いたは、自分の居場所を再確認して(嘘、公衆の面前で、)
酸素を欲して、ヒル魔の胸板を叩いた。
しかし押さえつけられた後頭部への手の力も
重なる唇も離れなかった。
何かを必死で埋めるかのように、
何かを必死で繋ぎとめるかのように。
ふっと唇が離された。
苦しくなって酸素を思い切り吸い込む。
しかし、ヒル魔はまた唇を重ねてきた。
今度は無理矢理唇を下でこじ開けて、口内へ侵入してくる。
歯列をなぞり、口内を掻き回す。
生温い感触と動き回る生き物のような感覚に、力が抜けた。
ヒル魔の腕にしっかりと支えられ、体勢が崩れることはなかった。
細くしなやかな指がの首を撫でる。
湿った熱を帯びたの肌にヒル魔の冷たい指が這うと
身体に変な感覚が奔る。
心同様逃げ回るの舌をヒル魔のそれが絡みとると
更に口内を掻き回される。
漏れそうになる息を必死に堪えていただったが、
その激しさと長さに、力ない抵抗も無となった。
そしてそのままヒル魔の唇は首筋へと滑らされて。
ザラリとした生温い感触に、思わず身体が強張った。
ヒル魔はそこを強く吸い付く。
顔が更に紅潮する。
唇を離した瞬間に少し見えたヒル魔表情は、やけに艶やかだった。
「・・・これで、満足か?」
にや、と意地の悪いいつもの笑みには真剣さが混じっていて
先ほどの行為も相まって不覚にもはその場に座り込んだ。
「・・・・・・・・っ」
「練習終わるまで待ってろ。逃げたらブッ殺す」
踵を返して、グラウンドに戻っていくヒル魔を
は呆然と見ているしかなかった。
(ずるいよ、ヒル魔)
泣かせる方法も、
突き放す方法も、
喜ばせる方法も、
繋ぎとめる方法も、
彼は全部わかっているから。
いつまでたっても私はヒル魔に敵わない。
「・・・っひ、ヒル魔のバカヤロー!」
グラウンドにいた全員に、校舎にいた生徒たちに
たちの行為は見られていたということに
今更気付く。
真っ赤なままな顔とまだ整わない荒い息で
はグラウンドで練習を再開しようとする当人に
思いっきり叫んだ。
「((あれがヒル魔さん流公開処刑))」
でも、私ばかりが好きではないということを
彼は全身で示してくれるから。
私は彼から離れることが出来ない。
(だからって、こんなとこで、)
まるで変わらぬ恋模様?