姉崎さんとヒル魔の関係が怪しいことくらい
昔から知っていた。
利用価値がある、とアメフト部のマネージャーにしたときから
私はヒル魔と栗田くんと武蔵のつくった、あの空間に
寄り付こうとは思わなかった。
セナ君が入って、モン太くんが入って、どんどん仲間が増えていく
アメフト部はとても温かい場所にみえた。
その中心で、本当に楽しそうにいるヒル魔がとても遠く感じて。
それでも、今までの努力が報われるんだと思うと他人事とは思えなかった。
本当に、嬉しかったはずなのに。
クラスも違う、部活も違う。
私はそんなに頭もよくないし、とりえといえば
ヒル魔が惹かれた(って武蔵が言ってた)空回りの根性と
唯一安定した評価の運動神経くらいだ。
共通する居場所も無い、彼とつりあうような知能も無い。
私の利用価値は、全く無いんだと気付いてしまった。
「・・・栗田君、用事が出来たから先に帰るってさ」
「・・・・・・・・・」
「セナ君が、補習で捕まっちゃったから伝えてって頼んできたの」
久しぶりにきたアメフト部の部室は考えられないほど
大きく、立派になっていた。
暖房のついたこの部屋には不運にもヒル魔しかいなくて。
ガムを噛みながら椅子に座り、かちゃかちゃと
パソコンを弄っているヒル魔は、微動だにしない。
おずおずと頼まれた伝言を伝えるために、久しぶりに
ヒル魔の元へ来た私がいようとも、視線を上げようとしない。
まるで、私の存在なんてないかのように。
(片想いのままだ・・・)
静寂の中に響くキーボードの音。
何故だかそれがとても切なく響いて、私は溢れようとする熱いものを
必死で押し込めた。
彼はアメフトしかみていなくて、でもそのアメフトの世界には
姉崎さんがいて。
利用価値の無い私なんて、彼の生活には全く必要ない。
イラナインダ。
もうすぐ掃除当番の終わる姉崎さんがここへくる。
それまでに帰らないと、面倒なことになる。
優等生の姉崎さんが問題児の私をみたら、きっと職員室への
招待状が渡されるだろう。そんなの御免だ。
「じゃあ、ちゃんと伝えたからね」
返事すらかえってこない。
踵を返し、開けたドアから入る風がとても冷たかった。
息が白くなる。
人のぬくもりが恋しかった。
補習で悪戦苦闘しているセナ君を抱きしめてこようかな。
小さな彼はとても温かくて、優しいから、抵抗はしないだろうし。
・・・ううん、誰でもいいんだ。
誰でもいいから、側に居てくれれば。ぬくもりがあれば。
ぐるぐると同じところを回り続けている私の過ちを
気付かないふりをして、居てくれれば。
彼氏なんて、もういらないから。
「・・・おい、糞女」
不機嫌なヒル魔の声が響いた。
ビクッと肩が震えてしまう。
「っ、セナ君を怒らないであげてね。補習は私のせい、だから」
「んなことはどうでもいい」
がた、とイスの音がしたと思った途端、
目の前のドアは閉まっていて、ご丁寧に鍵まで掛かった。
「てめぇ、土曜日なにしてた」
「・・・・・・っヒル魔には、関係ない」
「何で神龍寺なんかにいったんだって、訊いてんだよ」
「っ、・・・!」
何でこの人は知っているのだろう。
罪悪感が募った。私は悪くない、と言い聞かせても
もはやそれは何の意味も成さなかった。
振り返ろうとせず、ドアに手を伸ばした私の身体が
後ろへ引っ張られる。
「糞ドレッドとどういう関係だ」
耳元に響く、低い声。
怒気を含んだそれは耳のすぐ後ろで囁かれる。
そこで、やっと私は自分がヒル魔の腕の中にいると気付いた。
拘束されているかのような体勢。
逃げられない。
「ただ、歩いていたらナンパされた」
「・・・ご丁寧に雲水が電話してか?」
「っ、ヒル魔には関係ない!」
叫んだ。掠れた、涙ぐんだ声が出た。
首を振って、身体を捻っても、逃れられない。
それどころか、更に腕の力が強くなる。
ヒル魔の身体は硬くて、低い体温。
反対に私の体温はどんどん上昇していく。
私ばかり好きで、あの言葉は嘘だったんだと思うほど、
彼は私に興味が無い。
先に行動したのは彼なのに。
先に言ってしまったのは彼なのに。
捕らえたまま、近づいてはこない。
「ふざけんな、糞女。お前の所有権は誰にあると思ってんだ?」
かなり怒っているらしい。
声は低くて、今にも私を絞め殺すんじゃないかってくらい
腕の力もとても強くなっていく。
でも、こうなることは知っていた。
阿含って人とヒル魔が過去に因縁があるのを私は
知っていたから、たまたま逢った雲水さんに頼んだのだ。
別に、何もなかった。
「・・・姉崎さんがいるじゃない。私は通りすがりの一般生徒A」
「いい加減にしねぇと、その頭ぶっとばすぞ!」
「っ私はね、届かない星に手を伸ばすより確実なものが欲しいの!」
乱暴にヒル魔が私の身体を向き合せる。
いたい、と小さく悲鳴をあげても、ヒル魔の力は緩まない。
顎をつかまれて、無理矢理上を向かされる。
涙が出そうだった。
出さないと歯を食いしばる私の口からは、嗚咽が漏れた。
手を伸ばしても届かない。
君は私を捨てたから、もう私は用済みだから。
「っ、」
嘲笑と同時、嗚咽を漏らす私の唇にヒル魔は噛み付くように
自分のそれを重ねた。
目を見開き、首を動かし、全身で拒絶した。
でも、深いそれはやまなかった。
角度を変え、何度も何度も飢えた獣のようにヒル魔は
その行為を続ける。
一度離された唇から酸素を吸うと、生暖かい物体が
侵入してきた。
歯列をなぞり、口内を侵される。
涙を流して抵抗する私の後頭部が更に強くつかまれる。
逃げる私の舌を捕らえたヒル魔のそれが絡められ
厭だと抵抗しても声が漏れてしまった。
湿った熱。荒い息。
ヒル魔の長い指が肌をなぞって移動するたび、
私の身体に何かが奔る。
(やめて、やめてよヒル魔、)
ずっと手に入らないのなら、初めからいらないから。
私に希望を見せないで。
この感触も、悦びも、縋りつきたくなってしまうから。
捨てるのだったら、もう顔を見せないで。
干渉しないでよ。
「・・・っ誰がテメエを離すかっての」
吐き出すようにヒル魔が呟いた言葉は、私の幻聴だろうか。
(ずるい)
私を離さない方法も、泣かせる方法もヒル魔は知っている。
姉崎さんのことを気にする私に何一つ言わないのは
きっとそのことを否定しない方が私を操りやすいからだ。
わざと、私を幸せなんかにしないでいる。
ゲームのように私を手の上で転がして。
予定外の干渉が入ると排除して。
私は逆らうことができずに、涙を流して懇願するだけ。
神 の イ ロ
様 サ コ
(悪魔の手のひらの上で、私の運命を導く)