前から回ってきたプリントを回そうと振り返ると、今日もまた
後ろの席の人は寝ていた。
あぁ、もうあと三十秒でチャイム鳴るのに。
お昼ごはん食べ始めるの、遅くなっちゃうよ。
それに、ノート真っ白だよ、また。
「降谷君、降谷君、起きて」
「・・・・・・うん」
野球部の練習で疲れている彼を起こすのは、もう私の日課になっていた。
はい、とさっきまでの授業のノートを渡す。
寝ぼけた表情で降谷くんはこくん、と頷いた。
使わないからいいけど、もういっそのこと私が二冊書いたほうが良さそうだ。
まだ焦点があってない彼の差し出した手に、きちんとノートをのせた。
その指を見て、私はぎょっとした。
「降谷君、爪!」
「え?あぁ、昨日・・・」
「爪のケアしてないの?マニキュアとかさ、ちょっとっ」
縦に割れた爪。きっと投球のせいだろう。
天然でかわいい彼の投げる球はちっともかわいくない剛速球なのだ。
「一応、御幸先輩に貰ったけど」
「つけなよ」
「・・・・・・・」
「あ、わかった」
苦手なんだね、と思わず笑みがこぼれた。
不器用な彼にマニキュアは難しいようだ。しかも左手で塗るんだもんね。
うん、と降谷君は頷いた。私はその様子がかわいくて、また笑ってしまう。
「貸して」
私、やってあげる。
「・・・・・・うん」
さっきから、うんしか言ってないよ降谷君、とくすくす笑って私はマニキュアの
瓶を受け取る。
太くでもしなやかで綺麗なまめができている指は、投手のそれだった。
私の倍はありそうな、大きな手。
「手、出してー」
そういって出された手を左手でとると、私は早速マニキュアを塗り始めた。
お昼休みは始まっていたので、教室は窓も開いていたしお弁当の香りで
満ちていたため、独特の匂いは目立たなかった。
真ん中、左、右、と私は慣れた手つきで塗った。
「できたよ。あとは、乾くのちょっと待っててね」
「・・・ありがとう」
降谷君は嬉しそうに少し表情を柔らかくしていった。
無表情なようでわかりやすいよね、降谷君。全然、クールなんかじゃなくって、天然君だね。
それをみて私も笑顔になる。
でも、その後降谷君はじっとマニキュアを塗ったばかりの指を見つめていた。
それを見て私はハッと気付く。あぁ、しまった!
今塗ったらご飯食べれないじゃん。たぶんこれ、速乾性のやつだと思うけど。
私も同じようにその指をみつめる。
本当に、きれい。使い込まれている。(そりゃ手だからそうだけど、)大きくって、長い指。
この長さなら、フォークも投げれるよね。あれ、降谷君のはスプリットだっけ。
「さんて、手、小さいね」
降谷君の視線はいつの間にか私の手にいっていたようだ。
いわれて、私は自分の手を顔の前まであげる。
「・・・・・・・認めたくないけど、やっぱり、そうかな」
子供用手袋が入るのは結構屈辱的なんだよ、と私は呟いた。
降谷君がふっと笑った。・・・気がする。
「ほら、」
「っ」
彼はマニキュアを塗ってない方の手を、私の手を取ってあわせた。
私の指は降谷君の指の第二関節に届くかくらいで、手のひらも親指も
全部すっぽり納まってしまっていた。
熱い、手のひら。
ドクン、と心臓が跳ねた。
そのまま早鐘を打つ鼓動。えっ、ちょっと、何この感覚。
硬い手の感触。熱。じっとみてる降谷君の視線。頬に熱がのぼっていくのがわかった。
「小さいね」
「・・・っ、ふ、降谷君が、大きいんだよっ」
冷静を装おうとするけれど、私の身体は正直で、手は軽く汗ばんでいきそうなくらい
熱を持っていた。体中が火照り、指先にまで鼓動が伝わる。
まるで、神経が手だけに集中するように、そこは熱かった。
「・・・かわいい」
ボソリと呟かれた言葉は、私の耳には届かなかった。
こんなに近くにいても届かないほど、それは小さな声だった。
え?と私が彼を見ると、降谷君は立ち上がった。
「ありがとう、これ」
そういって、小湊君と一緒に食堂へと教室を出て行った。
(あつい・・・)
私は触れられていた手を、ぎゅっとにぎった。
熱は、冷めないままだ。