大事な奴すら護れねえって、最悪だろ?
だから、俺は強くなった。お前の為に、自分の為に。
なァ、いつになったらお前は振り返るんだ。
背中
虚退治に行った一角たちが意外と苦戦しているのか
なかなか戻ってこない。
痺れを切らした剣八を宥めて、が迎えに行った。
迎えに、というよりも様子見にだ。
違う意味で叫んだ剣八の声を流して、はそう遠くない
そこへと向かった。
「何手間取ってるんですかァ、三席殿?」
一角たちのもとに着くと、からかう様な口調では尋ねた。
そこにはの予想通りに虚の残骸と仲間の返り血があった。
とはいえかすり傷か鬼道ですぐ治る程度のものだけで、
心配するようなものではなかった。
「・・・あァ?何でお前がこんなとこにいんだよ」
こんな戦闘の場に、という意味が汲み取れて
はハッと鼻で笑った。
「剣八さんがもう、今にも暴れだしそうだから様子見に」
「・・・・・・。・・・心配とかじゃねぇのかよ」
「あったり前じゃん。一角が手こずるなら殺りたがるよ」
さて、とが剣八の元へ帰ろうとしたとき
空から虚が一体襲い掛かってきた。
二人の体が強張る。
一角の舌打ちが聞こえたが、は反射的に動いた手に気付き
それどころではなかった。
体に染み付いたものは何十年と前線を退いたとしても拭えない。
思考と本能が反対の事を言っているのだ。
どうしよう。
あんな雑魚斬るのは簡単だ。蚊を潰すほどの体力も必要ない。
油虫を殺すほうがよっぽど大変だ。
しかし、刀は・・・。
は迷いながらも斬魄刀に手をかける。
これを抜いたら、もう今までの生活には戻れない。
また同じことを繰り返す。変わらないようで変わってしまうんだ。
私の、心構えが。
「莫迦野郎!」
一角の呆れたような声がしたと同時、虚は真っ二つに割れて
の左右に派手な音を立てて落ちた。
あァ、一角がやってくれたんだ。
そう認識したのは、一角がの肩に手を置いたときだった。
どっちに対する莫迦野郎なのだろう。
あんな場面で避けることもせず動かなかったことにだろうか。
それとも、・・・約束を破って刀に手をかけたことにだろうか。
ぼんやりとしてきた頭で考えるが、無意味に等しかった。
雨粒のように降ってくる虚の血が、二人の死覇装を汚す。
一角はその血がなるべくつかないようにとを自分の死覇装で覆ってくれていた。
血を吸ったの髪が黒色になっていた。
何だかそれが懐かしく感じ、無意識に首を振った。
隊舎に戻ったあと、二人は順番に風呂に入った。
虚の血が身体についていると思うと、そう気持ちのいいものではない。
先に入ったは適当に拭いた髪の毛を弄りながら
あくびを漏らした。
「お前、後で死覇装洗っとけよ」
早風呂だったらしく、一角が鬼灯丸についた血を拭いながら
の隣に座った。
ちょうどいいや、とはあぐらをかいた一角のその足の上に
頭を乗せる。硬いけど、いい枕だ。
「うわっ、冷てぇな。ちゃんと拭け、髪くらい」
「えー・・・億劫」
「俺が濡れんだろ!」
「・・・あ、髪がない人にはこの面倒はわからないのか」
だから風呂も早い、と。
あれ、でも普段は長風呂だって弓親に聞いた。
・・・あァ、洗う時間は短いけどつかるのが長いのか。
妙な納得をしていると、頭をがしがしと拭かれる。
は頭を動かす気などないので、頭の下にタオルをしいて
乱雑にかき回す。
髪絡まったらどうしてくれんのさ。
その言葉はの口から出ることなく、はそのまま眠ってしまった。
そう、一角の足を枕にしたまま。
「おい、寝てんのか」
「・・・・・・・・くかー・・・・」
「・・・もうちょっと色気は出せねぇのか」
一角は大きくため息を吐いて、後頭部をかいた。
あっさり寝入ったは、意外に熟睡している様子。
当分は起きないだろう。
ってことは俺、当分このままかよ・・・。
溜め息と文句を漏らしつつも、足に掛かる重みは心地よかった。
自分が乱雑に拭いたせいでぐちゃぐちゃになった髪を
そっと梳いていく。
そこで自分がやっていることに気付き、はっと手を離す。
顔は当然紅い。
「・・・髪についた血は、落ちたな」
はァ、と気分を変えるために息を吐くが
それは逆効果だった。
飛び散る返り血で染まる髪から昔
は、漆黒と呼ばれていたことがあった。
それはあの出来事の前で、が最前線で戦っていた時の事だ。
戦いの場にくることでさえ昔を思い出すというのに
刀を抜いたら、髪が黒く染まったら
否応なく甦っただろう。
あのときのの表情をもう二度と見たくはなかった。
それでもは、自分の足で立とうと踏ん張っていた。
背中を預けることしかせず、頼ることなど思ってもいない。
「お前はいつになったら、俺に全部預けてくれんだよ・・・」
背中を任されるのは、俺だけだ。
それは誇らしいことだった。
こいつと対等に戦い、支えているという事実だったから。
お前が安心して背中を預けていられるよう、俺は強くなっていった。
お前の為にも、俺のためにも。
しかし。
「俺は、まだ弱いってか」
そんなに丈夫とはいえ細腕で、一人で立とうとするのか。
全部を語れないほど、俺は頼りないって言いたいのかよ。
否応なく思い知らされる。
あの総隊長に気に入られた実力だとは知っているが、だから何だというのだ。
どんなに駆けてもその距離は縮まった気がしない。
あきらめる?・・・まさか。
追いついてやる。いや、追い抜いてやる。
気持ちばかり先走って、厭になる。
俺は大事な女さえ護れないような男にはなりたくねぇ。
「・・・もう少し、待ってろよ。俺がテメエを護ってやる」
それまでは隣をずっと歩いていこう。
肩を並べて、息を合わせて。
の額に自分のそれを合わせて、一角は自分の決意を
堅く、堅く誓った。
どうしろっていうの。
は赤くなった自分の顔を隠せず、困り果てていた。
寝たふり、なのだつまり。
いや、初めの方は本気で眠っていたのだが、
一角が髪を梳き始めたときくらいにうっすらと起きてしまったのだ。
そして、今に至る。
「・・・・・・莫迦」
護ってもらうのが性に合わないだけで、とっくに
一角の実力は認めている。
その広く逞しい背中に、全てを預けてもいいくらいに。
ただ、それじゃあ、らしくないかなと思うだけで。
近い顔と響く低音の声にはしばしそのまま固まっていた。
顔が緩むのは、しょうがないってことで済ましておこう。