「ってことだから、ガンバッテ!」
大丈夫大丈夫全部記憶消すしー、と視線を合わせずに笑い、
そういって逃げたコムイを心の底から恨む。
お前が、こんな任務を俺にやらせなかったら。
俺はこんな思いをせずにすんだだろうに。
こんな想いを知らずにすんだだろうに。
湖面の月
今回の任務、イノセンスのある場所かもしれないという場所は
最悪にも、学校だった。
この学校付近で奇怪現象が起きているようで、ついにこの間重症を負う怪我人が出た。
そしてその奇怪現象は、学校の生徒にだけ起こっている。
つまり、大人の探索部隊では詳しい情報を得ることができないのだった。
「それは銃刀法違反なの!犯罪なわけ!」
あいつは、風紀委員長とかいう役職らしく、いつも神田に声を荒立てていた。
黒雲母を思わせた漆黒の髪は美しく、細い体は強いようで儚く見えた。
しかし意外に根性があるというか粘り強くて、神田の睨みもさらりと流すので
簡単に追い払うことができなかった。
「犯罪者を出すわけにはいかないの。私は風紀委員長。
風紀は我が手に、違反は私の責任」
それがあいつの口癖なのだろうか、耳にたこができるほど聞いた。
そして、あいつ・・・、といったか。
その女子生徒は俺の情報収集の元となっていた。
この場所は、神田にとって不快だった。
生ぬるい湯につかるような、感覚。
俺がいるべき場所はここじゃない。ここで俺は歓迎されない。
そう認識していても、の隣は不思議と楽だった。
だから、俺は忘れていたんだ。
襲われるのは、この学校の生徒で
それも、黒い綺麗な髪の女ばかりだということを。
目の前に広がる、妙に紅い大量の血。
生臭く独特の鉄の香りが、本来の自分の居場所を知らせるかのようだった。
「・・・か、んだ・・・・・・?」
その血を出しているのは紛れも無くあいつで。
いつも煩いほど元気な顔は、どんどん血の気が失せてきていて。
まっすぐ俺を射抜く瞳に光は殆どなく、恐怖しか映っていなかった。
カタカタと小刻みに震えるあいつに背を向け、俺は歩き出す。
任務は終わった。
これで、本部に戻っていつものような生活に戻る。
ぬるま湯のような何もしない日々ではなく。
戦いばかりの、日常に。
「待って!」
「・・・・・・・・・・・・」
「私、あんたのこと恐いなん、て、思ってない・・・よ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ありが、とう、助けてくれて・・・・・っ」
もう喋るな、と怒鳴りたい。
喋れるような体じゃないだろう。命を縮めるだけだ。
しかしあいつの紡ぐ言葉を、止めたくないと思う自分がどこかにいて。
頭を振る。ここ二週間でボケたのだろうか、俺は。
「・・・ずっと、言いたかった・・・私はあんたのことが、」
「言うな」
あいつの口からその言葉を言われてしまったら。
俺はもう、否定できなくなる。
押さえられなくなる。
エクソシストでもないあいつは、住む世界が違うのだ。
望んではいけない。
望まれてもいけない。
いくら誤魔化しようが無い気持ちが生まれていたとしても
俺は、それを忘れようと抑えなければならないのだ。
振り向いてもいけない。
これ以上あいつの傍にいたら、戻れなくなりそうだ。
後ろであいつの涙が流れたのに気付いても
俺は何事も無いようにしなければいけない。
そうだ。
初めからわかりきっていたことだ。
「・・・・・・馬鹿・・・野郎・・・・・・・」
潜入なんていうある意味強行突破な手段を使うのだ。
イノセンスの回収、アクマの退治
奇怪現象の原因さえわかり、問題が解決したら
全ての記憶は、無くなる。
言われていたじゃないか。
当然だろう、と思っていたことだった。
なのに、
なのに・・・。
どうしてこんなに俺は歯を食いしばっているんだ。
どうして血の味がするほど唇を噛んでいるんだ。
本当にどうしようもない。
最後に言葉すらかけることができない自分が不甲斐なかった。
今までそれを忘れていた自分が情けなかった。
俺は帰るのだ。黒い、闇の中へ。
そしてあいつは全てを忘れて生きるのだ。明るい未来を。
お互いの道が交差することはありえない。
永遠に混じることの無い平行線は、命が尽きるときに終わる。
「じゃあな、」
だから、お前の名前を呼ぶことくらい
許してくれ。
あいつが俺の全てを忘れても、俺はあいつを忘れはしない。