つまらない学校生活で唯一のオアシスがいる。
いや、年下萌えとかいわないで、ちょっと痛いから。
猫と君
可愛い可愛い後輩の彼を目の前にして、今日もはご機嫌だ。
そう、朝の読書中に彼は来た。三上というの幼馴染と共に。
とびっきりの爽やかな笑顔と共に。
「おはようございます、先輩」
「あっ、笠井君じゃーん!おはよう、今日も可愛いわv」
まさか朝から会えるとは思っていなくて、は
思わず読んでいた本をぼとりと落として抱きついた。
「ぅわ・・・っ、やめて、下さいっ、先輩・・・っ」
「どうしようかなぁー」
マジやばい可愛い・・・!
頬を少し赤らめて、控えめにを引き剥がそうとする笠井。
身長は笠井のほうが断然高いが、そんなものを感じさせない。
敬語はきちんと丁寧に使えて、細かい気遣いはできて・・・。
もう、持ち帰りたいくらい可愛い・・・っ。
「ひ、人が見てます、からっ、」
「・・・・・・・・。私と他の人と、どっちが大事・・・?」
「そ・・・れは、」
笠井は視線を逸らして、引き剥がそうとしていた力を弱めた。
迷ってる、そんな感じの視線には意識が遠のく。
な、なんて誠実な子・・・!
私、年下の誠実さとかひたむきさとか真面目にツボなんですけど・・・・っ!
「・・・・・いい加減にしろ、バカ」
「三上!」
鼻血を噴きそうになるの体が浮いたかと思うと、
猫のように首根っこを掴まれて後に引っ張られた。
同時に、溜め息とものすごく厭そうな顔の幼馴染。
今日もまた、こいつに邪魔された・・・・!
「大丈夫か、笠井」
「・・・・・・・・・・はい。ありがとうございます」
「、後輩に手ぇ出すな、朝っぱらから」
「うるさいわね、いっつも邪魔しやがって!癒しはインポータントなの!」
「無理して英語使うな、頭の悪さがにじみ出るぞ。盛りのついたメス猫」
「あんたが言える台詞か!?」
毎度毎度、が笠井とちょっとでも良い雰囲気になると三上は現れる。
全く・・・お邪魔虫も良いところだ。
この間だって、笠井君に二人きりの話がある、って呼ばれて
私の頭にはウェディングベルまで鳴り響いたというのに、三上と渋沢に呼び出されて
挙句に先生からの課題とか何とか出されていけなかった。
あのときの笠井君の悲しそうな顔ったら・・・!思わず涙目になってしまったほどだ。
他にも色々あるんだ、三上の邪魔は。体育のときの保健室とか、そりゃもう色々。
考えたくないけれど、三上をホモだと疑ってしまうくらい。
学園の噂、三笠って本当なわけ?笠井君はノーマルだと信じてるけどね。
と三上が言い合っている間、笠井は微妙な視線で黙って二人を見ていた。
もちろん言い合っているは気付かない。
そして、朝の時間は無情にも短いもので。
遅刻になりそうな時間なことに気付いた笠井は
俺もう行きますね、と苦笑混じりの笑みを浮かべてたちの教室から出て行った。
あぁっ、待って、笠井君・・・ッ!とが気付いて叫んでも
返事は本鈴がむなしく響くだけだった。
朝に会ったきりで、は今日一日珍しく笠井に会わなかった。
おかげでのテンションは下がり気味。
とぼとぼと暗くなった道をのんびり歩きながら、時計を見た。
暗くなったとは言っても、まだ帰るには早い時間。溜め息が出た。
家の近くのコンビニにいようと思ったけれど、所持金も悲しい事態なので
すぐ近くにあった公園のベンチに腰掛けた。
「・・・ツイてないなぁ」
がそう呟くと同時に、手にくすぐったい感触。
なんだ、と視線を向けるとそこには小さな子猫がいた。
あ、この子ちょっと笠井君に似てるかも・・・。
そう思うと、可愛いと思った猫が更に可愛く見えた。
笠井君に恋愛感情はないと思う。
そう、あるのは猫や後輩をかわいいと思う感情。
たまにはかっこいいなぁ、なんて思うけど、やっぱりの中で
笠井は可愛い存在だった。
「何々、可愛いね君。寂しいの?」
ちょっと待ってねいいものあるよ、とは子猫を膝の上に乗せると
自分の鞄の中から飲みかけの牛乳パックを出した。
じ、地道に身長を伸ばそうと頑張ってるんですよ、
三上に頭をぽんぽんされるのは恥ずかしいしちょっと屈辱だからね・・・。
牛乳パックから手に少し中身を出す。こぼれたものが白い水溜りを作る。
子猫はの手を指を器用に舐めて、にゃーと嬉しそうに鳴いた。
そして物足りないように子猫が見上げてくるので、はまた中身を出す。
意外に人懐っこい猫だ。
普通、野良猫って人に懐かないんだけど・・・。
「あれー?あの猫、懐いてる」
「ホントだ。昨日引っ掻かれたのにな、俺ら」
「ねー、見向きもしなかったしね」
通りすがりの学生が、のほうを見て言ったのが聞こえた。
その人の手には小さな引っかき傷。遠かったけれどしかと見えた。
どうやら、お気に召していただいたようで。
懐かない猫が自分に懐くなんて、ちょっと優越感。
そんな幸せをかみ締めるようにして、は猫を抱き寄せた。
ぎゅー、と一回抱きしめる。すると子猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
お前柔らかいなぁ・・・と顔をあわせるようにすると
顔をぺろぺろと舐めてきた。ザラザラとした猫の下がくすぐったくて
はクスクスと笑った。
「・・・・・・・・先輩?」
猫と夢中で戯れていたところに声をかけられた。
その声にはっとして、顔を上げる。その先には、笠井。
きゃーあ、笠井君!
ちょっとぼーっとした様子の笠井に、は首を傾げる。
彼の顔は心なし赤かった。
そ、それよりちょっと恥ずかしい事態なんじゃないですか・・・?
猫と思いっきり遊んでいるところ見られちゃったよ。
そんなの心を察したのか、笠井はクス、と笑って近づいてきた。
「・・・・どれくらいいたんですか、その猫と」
「え?」
視線を笠井から他に向けると、もう真っ暗。
今何時だろう。あーあ、と笑うと彼は溜め息をついた。
「そういえば、なんで笠井君はここに?」
「買い物、ですよ。腹減ったんで」
「あ、いいね!近くにコンビニあるんだけど、私の家すぐ傍なんだ。
よかったら、一緒に行こ?なんか奢ってあげるよ」
部活を頑張ったご褒美にね。お疲れ様。
口には出さないがそういう意味を込めて、笑った。
部活後はお腹空くよね、寮のご飯って時間遅めらしいし。
きっといつもある食べ物を藤代に食べられてしまったのだろう。
「猫、連れて行く気ですか」
「あ、忘れてた・・・」
さすがに可愛いからといって、安易につれて帰るわけにはいかない。
猫には猫の生活があるのだから。
は最後にバイバーイ、とにっこり笑って頬を合わせる。
猫は嬉しそうに喉を鳴らした。
笠井は、すこし微妙な表情をしていた。
でも、猫はを気に入ったのか、しっかりしがみついて放そうとせず
の首筋に顔を埋めて更にくっついてきた。
毛がちょっとくすぐったいし、笠井君は待っているし、
放してー?と猫に苦笑する。
「・・・・・・先輩、もう遅いですし、」
「あ、うん。わかってるんだけど・・・ほら、放してってばっ、ほらぁっ」
いつもより優しい声が出た。逆に笠井の声は少し低い気がする。
でも優しく言っても猫はから離れようとはせず、逆にくっついてくる。
困っていると、笠井がべりっと言う感じで猫を引き剥がして
軽く茂みに放った。
な、なんだかいつもと感じが違う・・・・?
彼の変わり様に、怒らせたかな、と上目遣いで様子を見る。
「か、笠井君・・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
「ごめんね、お腹空いてるのに遅くなっちゃって・・・私が猫と遊んでるから」
「・・・・・・・・・・」
「笠井君・・・?」
どうしたのだろう。
温和な彼を自分は怒らせてしまったのだろうか。
空腹時にもたもたされていたらそりゃあ、苛立つ・・・か。
ごめんね、ともう一度、は覗き込むようにして言った。
「・・・・・・・・全く、先輩は・・・自覚が足らない」
へ?とが聴き返す前に、とん、と腰を上げたところを押され、
はもう一度ベンチに座らされる。
それに覆いかぶさるように、笠井は近づいた。
「・・・・猫って、二面性があるんですよ」
「笠井、君・・・・?」
「可愛い姿に隠しているのは・・・・獣」
いつものように、先ほどまでのようなはにかむ可愛らしい笑顔じゃなくて。
黒い、微笑。
知らなかった、こんな素顔。
これが本当の彼?いつものは偽者?いや、これが偽者だよね?
呆然とするの首のところに、先ほどの猫のように顔を埋めた
と思ったらすぐ離れて。
温かい彼の体温が、呼吸が、何か触れたかのような熱がいつまでも残って。
の心臓はどっくん、どっくん、と大きく鳴っていた。
頬が熱る。顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
紅くなる反面、状況に追いつけなくて蒼くなった。
「・・・・・・じゃあ先輩、また明日」
ただ呆然とへたり込んで、首を押さえる。
目の前には、可愛い姿などどこにもない男の姿があった。
目に残るのは、彼の黒い微笑み。
次の日、はいつものように学校に来た。
そう、いつもの毎日が始まっているんだ。
「おはよ、三上。相変わらず朝はオールで女遊びしたみたいな顔してるね」
「うるせぇよ」
いつもの朝だ。
何一つ変わらない。
そうだ、昨日のなんて・・・、
「藤代んとこに用があるから、お前も来い」
「はいはい、行きますよ。でも何で命令形・・・」
「笠井愛、とか言ってたじゃねぇかよ」
笠井。
その言葉に少し固まる。
三上にそれを気付かせないように、冷静を装った。
二年の教室が近づく。
「おい藤代!いいとこにきた」
三年と二年の間くらいにある廊下に差し掛かると
ちょうど藤代がきた。
隣には、いつものように・・・彼。
はあからさまに視線を逸らした。
三上と藤代は何か言い合って、藤代が負けたらしい。
「うわーんっ、センパーイっ!」
三上先輩がいじめるぅ、なんて抱きついてきた。
お願いだから身長差を考えて。
何センチ差だと思っているの、君は大きいんですからね。
私も小さいけど。
それをいつものように笠井がなだめて。
藤代は素直にそれを聞いて。
「はいはい、じゃあお昼に聞くから離れて」
「やった!昼一緒でいいんすね!」
藤代は目を輝かせて、はそれに笑って頷いた。
すると、予鈴。
いつも通りの展開だ。昼を私から誘うのは珍しいけれど。
そうだ、いつも通りだ。
彼もいつも通りの彼だった。
そう、そうだ、昨日のは違う。
「あ、もう行かなきゃ」
「あぁ?次、サボりでいいじゃねぇか」
「ダメ!今日は五限目がサボリの日なの」
「なんだそれ」
三上は成績優秀でサッカー部だから良いけど、一般生徒なんだから私は。
しかも数学なんて唯一の弱点だし。
唯一か?
「・・・・じゃあ、俺たちも行きますね」
「先輩、絶対昼一緒っすよ?弁当楽しみにして待ってますからね!」
反対方向に行く二組は通り過ぎるような形になる。
私の隣を、笠井が通り過ぎる。
そのとき、口元を上げたのを、は見て。
そこまでしか、自覚できなかった。
「・・・・・・・・・消毒、ですよ」
意味深で、いじわるな黒笑をし、そう笠井は小さく言うと
二人で去っていった。
の唇には、確かな、感触。
猫にだって、誰にだって、取られたくない。
貴方は俺のものだ。
可愛いって抱きつかれるのも良かったんですけど、やっぱ男だし。
自分から攻めたいんですよね。
そうそう、俺・・・独占欲、強いんですよ?
「み、み、み、み、み、み、みみみみみみ・・・・・ッ!!」
「・・・・・だから、言ったじゃねぇか」
「えっ、だって、ちょっと、えぇ!?」
混乱する。
昨日のは、現実で。あれが彼で。
思いっきり溜め息をついた三上はぽんぽん、との頭を撫でた。
「あれが本性。アイツは・・・・黒だ」
気付かなかった。
知らなかった。
夢だと、信じていた。
・・・・・・今日のお昼、どうしよう。
首に痕がついているのに気付いたのは、
藤代がに抱きついて笠井に制裁を受けたとき。