本当なのだろうか。


 彼女の言っていることが嘘ならばいい、と何度も思った。


 騙されてあげるから、どうかお願いだと


 俺はガラにも無いことを思っていた。



















   星の消えるまで


















 何をしても、俺の気分が晴れることはなかった。

 あっという間に過ぎてしまった一日に、後悔しかなかった。




 どうして昼には出てこれないんだよ・・・。
 



 苛立ちばかりが募った。


 何も出来ない自分に腹を立てるのは、久しぶりの事だった。




 そう、あっという間に夜になってしまったのだ。


 日が暮れて、夕暮れが闇に近くなりだした頃、笠井は

 いつもの場所に向かった。






 今日で最後となる、大切な場所へ。     








 「、いる?」

 「・・・・・・・・・・・・、」 
 



 
 

 返事はなかったが、代わりに押し殺したような息遣いが聞こえた。



 部屋の奥に進むと、はしゃがみこんで空を見ていた。

 月明かりが、やけに明るく感じた。



 
 そういえば、今日はやけに日が落ちるのが早かった気がする。


 



 「あ、タクじゃん」

 「・・・・・・。さっき、呼んだんだけど」

 「あれ、そうなの?ごめんごめん」

 




 くるりと首だけ振り返ったの顔には、笑顔が張り付いていた。

 何かが押し込められた笑顔だった。



 はぁ、と息を吐いて、笠井はの頬を引っ張った。

 いひゃい!と涙目で叫ぶに、その力を強くする。








 「・・・何、一人で抱えてるんだよ?」






 
  
 何のために俺がいると思ってるんだ。


 
 そう付け足すと、は今まで通りだった表情から

 一変、眉毛を下げて力なく笑った。


 それをみて、笠井は頬を引っ張っていた手をはずす。





 「なんか、ね」

 「うん」

 「今更恐くなってきたの」

 「・・・うん」

 「この前までは、笑顔でサヨナラするつもりだったの」

 



 音楽室でも言っていた。

 寿命なのだから、残りを楽しく生きるだけだ、と。 
 






 「でも、ね・・・恐いの、今更」







 あぁ、そうだ。

 何で俺はあのとき納得してしまったのだろう。  
 
  





 「今日一日、考えていたの。今まで生きていたときのこと」

 






 死ぬのは誰だって恐いんだ。


 特別なんて無い。長く生きれば生きるほど、死ぬのが恐くなるんだ。








 「長い間生きてきたけど、タクといた時間が一番楽しかったよ」








 は苦笑を浮かべる。 


 何でこいつが綺麗に見えたかなんて、少し考えればわかるはずなのに。

 何で今までそこまで考えなかったんだ。


 死に直面した人間は、残りを精一杯生きる。

 だからこそ、美しいというのに。

 そんなこと、わかっていたつもりだったのに。






 「・・・そ・・んなこと、言うな」

 「タクの表情だけは、忘れられないな」

 「死ぬみたいなこと言うなよ・・・!」






 騙されてもいい、なんて軽い気持ちで始まった友人関係。

 でも、いつの間にかとても大切に扱っていたんだ。

 俺の心の中で散々膨れ上がった君の存在は、もう消せない。



  


 友人以上に、大切に思ってたなんて。






 遅すぎた。

 時間が過ぎていく。時はこんなときでさえ平等だ。 

 もうすぐ、今日が終わる。






 「・・・・・・あ・・・もう、お別れみたい」

 「・・・っ!」





 
 掠れた、小さな声でが呟いた。
  

 その意味を理解したくなかった。

 
 いくらなんでも、早すぎるだろ・・・。


 別れを惜しむことさえ、許されないのか。
 


  


 「嘘じゃ、なかったんだな」

 「何・・・まだ疑ってたの?」



 


 嘘だったらいいのに、なんて・・・何度呟いた言葉だろう。
 
  
 の体の下のほうが透けてきた。

 笠井は驚いて、目を見開く。

 声にならないその反応を見て、は苦笑した。






 「あーあ、可愛い体が消えてきたよ」





   

 軽口とは裏腹に、の目から大粒の涙が落ちた。

 ぼとり、ぼとり、とそれは止めどなく流れ続ける。

 


 目の前のことが、信じられなくて。



 目を瞑りたかった。現実から逃れたかった。





 きつく噛みしめる下唇から血がにじむ。

 独特の匂いも痛みも何もかもが遠かった。






 「・・・・・・っ」

 「あ、れ・・・っタクも・・・泣いてくれる、んだ」
 
 「泣いてなんか、ないけど」

 「あはは、どっちでもいいけどね」






 の体の半分までが消えた。

 幽霊が成仏するかのように、ゆっくりとだった。










 「・・・サヨナラは、言わないから」










 せめてもの虚勢で言ったその言葉に、はゆっくり笑った。

 はじめまして、と同じ笑みだった。









 「ありがとう」










 笑顔と


 落ちた涙と


 が消えるのは同時だった。





 今日の日付は八月の末。




 もう、夏が終わる。