もう一度、君にあいたい。

     君が、俺に残していったもの。

     それを、俺にはどうしていいかわからないから。













        残った傘













     冬の涼しく晴れた中、一馬は校門から出る。

     そこには、結人ががいつものように門に寄りかかって待っていた。   




     「おぅ、一馬。おつかれー」

     「悪ぃ、待ったか?」

     「いんや、俺も今きたとこ」




     こんな、まるで恋人同士のような会話をしながら、歩き出す。

     急に笑顔になった一馬に、周りの女子が頬を染めていた。

     そんな様子に一馬は気付かず、結人が罪な奴、と笑った。




     「それにしてもさ、お前何それ」



  
     結人は一馬の手元を見た。

     晴れた気持ちのいい天気なのに、一馬の手には傘があった。

     それはいつも一馬が使っている傘ではなく、一馬のよりも
 
     少し小さめの藍色の傘。

     女物のようだが、別に一馬が持っていても違和感がないような中性的なものだった。




     「一馬のじゃねぇよな。誰のだよ?」

     「・・・・・知らない奴」

     「はぁっ?パクったのか?」

     「違う。一週間前・・・」




     ちょうど一週間前。


     その日は雨が降っていた。

     朝から降っていたのではなく、大粒で大量の雨がいきなり降ってきたのだ。

     天気予報は晴れだったし、朝は英士はいるはずなくて。

     勘で天気が分かるはずない一馬は傘など持っていなかった。




     「マジかよ・・・ッ!」




     一馬は近くの屋根のあるところに走りこんだ。

     選抜の帰りで、ちょうど結人たちと別れた直後だった。

     あーあ、英士だったら傘持ってただろうに・・・。




     「どうすっかなぁ・・・」




     雨が降ってからすぐに雨宿りしたといっても、一馬の服はかなり濡れていた。

     しかも今雨宿りしている小さなタバコ屋の屋根は狭く、ないよりマシだが

     雨は今も一馬の体に当たっている。


     ・・・・・このままじゃ、きっと風邪をひくんだろうな。


     ぼんやりと目の前の通りを眺める。

     ここはあまり人通りが多くないところなので、人はかなりまばらだった。

     鞄を頭の上に乗っけて走る人、置き傘をしていたのか傘を差して歩く学生。



     マジどうすっかなぁ。走って帰るか・・・。

     試合もあんのに風邪でもひいたらどうすんだよ。

     いや俺はそんなにか弱くねぇけど・・・!



     そんなことを考えていた一馬の前に、スッと傘を差し出された。

     驚いて顔を上げると、一人の少女が立っていた。

     制服着ているし、たぶん同い年くらい。




     「これ、どうぞ」

     「は・・・っ?」

     「私の家、そこだから。もう使わないでも平気なの」

     「でも・・・」





     傘でちょうど顔が見えないが、彼女は確実に知らない人だった。




     「サッカーやってるんでしょう?風邪でもひいたら大変」




     そういうと、彼女は一馬の手にむりやり傘を握らせると

     パチャパチャと水音を立てて走り去っていった。



     手元にある藍色の傘を握ったまま、一馬は呆然とその姿を見送った。



     はっきり見て覚えているのは、グレーのマフラーだけ。






     「ってことがあってさ」

     「ふぅん・・・。ついに一馬にも恋の季節かぁ」

     「はぁっ?」

     「一馬って不思議系が好きだったんだなぁ」





     うんうん、と頷いている結人に一馬は顔を紅くした。




     「そ、そんなんじゃ、ねぇって!」

     「照れんなって!友人としては嬉しいぜ」

     「・・・・・で、この傘が残ったんだけど」

     「返したくてもどこの誰だかわからない、と」

     「そういうこと」




     顔は傘で隠れていたし、制服だって覚えてない。

     覚えているといえば、グレーのマフラーだけだ。




     「だから帰り道に逢うかもしれないっていうかすかな望みで持ってんのか。もしかして、毎日かよ?」
 
     「だ、だって、本人困るだろっ」

     「・・・・あーもう、お前いい奴だなぁ」




     俺だったらパクるけどな、と結人が冗談半分で笑うと、

     一馬は最低だな、と睨み返した。



     するとちょうど結人のケータイが鳴った。

     結人は明るく電話に出ると、マジッ?!と目を輝かせた。




     「悪ぃ、一馬。用事できたわっ」




     そういうと、結人は一馬が返事をする前にじゃあな!と

     満面の笑みを浮かべて走り去っていった。


     なんなんだよ、と一馬が一人呟いた途端、
 
     ポツ、と顔に冷たいものが当たった。

     それは次の瞬間、ザァ・・・!と大量になって降ってきた。




     ・・・・・・・まるで、一週間前のように。




     そう思った途端、体が勝手に動いていた。走り出す。


     今いるのはこの間と同じところ。
 
     すぐそこの角を曲がると・・・・・・あの時と同じ小さなタバコ屋。




     「あっ」




     聞いた事のある声がした。


     小さなタバコ屋で一人の少女が雨宿りをしていた。
 
     その首には・・・・・・・覚えている、グレーのマフラー。




     「やっ、と・・・・・・あえた」




     一馬は小さな声で呟いた。感動と喜びが混ざった声だった。 

     彼女は一馬の裾を引っ張り、屋根の中に引き入れると薄く微笑んだ。




     「あのときの人ですよね?よかった、風邪ひいてないみたい」

     「あ、あぁ。おかげさまで・・・・・」
 



     何で、彼女はここにいるんだ?


     一馬はそう訊ねたかった。他にも色々ききたいことがある。
 
     でも、そんな言葉たちは口の中で消えて行く。




     「あ、それ私の傘ですよね?」       
 
     「あぁ、返す。・・・・この間は、えっと、その・・・・・ありがと、な」
  
       


     少し紅くなりながら一馬は彼女に傘を手渡す。
   
     すると彼女は礼の言葉にとても嬉しそうに笑った。




     「貸した人の名前も知らないからどうしようかと悩んで、ここに来ればあえる気がしたんで」   




     普通は結人のように返さない人が多いらしい。

 


     「よかった。心配だから貸したはいいけど、雨降ったらどうしようとか
      返ってこなかったらどうしようかとか考えてたんですよ、実は」

     「・・・・・悪ぃ」      

     「いえっ、そういうつもりじゃ・・・!」



 
     彼女は焦った様子であたふたと首と手を振った。 

     その後、嬉しそうに傘を握りながら少しうつむき加減で言った。 

 



     「・・・・・・返してくれて、嬉しいです」

 




     またあえて、よかった、と小さく呟いたのも、ちゃんと一馬の耳に届いていた。 

     彼女の顔は赤かった。少し恥ずかしそうに言ったのが、とても可愛らしかった。 
          

     一馬は自分の顔が熱くなったのが分かる。
 
     ・・・結人が言っていたのは、こういうことか。 




     「わぁー・・・本降りになってきましたね」
 
     「・・・・マジかよ」




     さっきまでの晴天はどこへ行ったのやら。

     空はどんよりとした雨雲に覆われ、雨は強くなっていた。 
      



     「あの、傘持ってます?」

     「・・・・・持って、ない」

     「天気予報晴れっていってましたもんね」




     ホント当たらないなぁ、と彼女は頬を膨らませる。


     そんな様子を可愛らしいと思う自分がいて、一馬は慌てて首を振った。

     ・・・彼女に会えただけで充分だ。
         



     「じゃあ、俺走って帰るから・・・」

      


     一馬はそう言って、バックを頭の上にのせようと肩からはずす。




     「あ、のさ・・・・・・・雨が降ってなくても、あって、くれるか?」

     「も、もちろんですっ!」




     一馬が照れながら言うと、彼女はとても嬉しそうに笑った。

     その笑顔をしっかり頭に焼き付けながら、一馬は走り出す。



   



     「待って!!」




 
     急に後ろから叫ばれて、一馬は驚いて振り返った。





     「私はって言います!・・・・あなたの、名前を教えてください・・・・っ!」

 
 
 

     雨の中、彼女のいるところだけが輝いて見える。 







     「俺は、野上ヶ岡中の真田一馬!」







     そういうと、一馬はそのまま走っていった。 



       



     雨は、その後すぐに止んだ。


     まるで、二人を合わせる為だけに降ったかのように・・・・・。





       
     「真田、一馬って言うんだ・・・・・・・」
 
     「・・・・・か」





     二人は同じ思いを胸に、相手の名を呟いた。