朝、人の多い通学または通勤ラッシュの時間帯。
高校に入って、電車通学となった現在その苦しみを痛感している。
その中で一馬は普段とは違う路線で学校へ向かっていた。
昨日の昼休みに購買で会ったとき、他愛もない話の中で
随分と眠そうな顔について訊ねると
今朝も寝過ごしそうだったんだよー、と苦笑した先輩が
「真田くん、こっちの路線のが早いよー」
といつものようににこにこと笑った。
それは知っていたが、先輩の路線だと早い分人も多いため
あまり気乗りしなくて、わざわざ違う路線を使っていたのだが。
「お願い!あたし一人だとどーしても寝ちゃうの!」
「はぁ・・・?」
「明日は絶対、絶対朝間に合わないとまずいんだって!」
「え、ちょ、」
「真田くん・・・起こして?」
身長差のためか(もしや、わざと?)上目遣いで
えへへ、と困ったように笑って、拝むようにかわいーく
お願いされてしまったのだ。
・・・先輩、俺の気持ちいいかげん気づいてくれません?(逆らえないって!)
そして、現在に至る。
「・・・やっぱ、寝てるし」
乗換えで同じ電車に乗った一馬は、はぁと息を吐いた。
先輩は少し俯いた形で、昨日言ったとおりの『指定席』こと
三号車の一番後ろ、一番端の席に座っていた。
隣には中年のおっさん。
一馬は先輩の前に立った。
「(うわぁ・・・すげー可愛いんだけど)」
前に一度だけ見た事のある、先輩の寝顔。
起きているときの元気で明るくて、コロコロ変わる表情とか、
お菓子を食べてる時のすっげー嬉しそうな顔も可愛いけど、そのときとは
また違った可愛さがある。
一駅、また一駅と電車は進む。
つり革に左手をかけ、右手でいいかげん起こさなきゃと
先輩の肩を軽く叩く。
もう少し見てたいな、とは思うけど、起こさないで寝顔を見てたことが
ばれるのは恐い。
とんとん、とんとん。
しかし、先輩は起きない。
とんとん。八回目で、少し身じろぎをした。
「(起きねー・・・)」
少し呆れて、思わず苦笑してしまう。
それでも、この健やかな寝顔を見ると、無理に起こすのも忍びない。
人も増えてきた。電車は順調に進んでいるのだから、学校の最寄り駅までに
起こさなければいけないことがわかる。
大きな駅について、学生の集団が乗ってきた。
その一人が先輩をみて、「あの子、やばくね」と友人たちに囁いた。
「うぉ、マジだ」
「俺、好みなんだけど」
「ほしー」
「起きねーかな」
「あの子、毎日ここ乗っててさー」
「なに、目ぇつけてたわけ?」
「じゃあ俺いってこようかなー」
「げ、抜け駆けすんなって」
次々に囁かれる言葉に、一馬は少し苛立った。
じろ、と彼らを軽く睨む。
(俺だって、ほしいっつの・・・)
しかし、一馬に気づいて「男持ちかぁ」「狙ってたのになー」と
口々に呟きながら、隣の号車へ移動していった。
それを見届けて、一馬はため息をついた。
俺がいつもの路線に乗ってる間に、先輩を狙ってるやつもいるのか。
片想いなのはお互い様だけど、なんだか腹が立つ。
どうせ俺はまだ仲の良い可愛い後輩くらいにしか思われてないし
こ、告白する予定も未だない。まず学校来ることが減ってきているし
先輩の好みとかそういう話はあまりしたことないし・・・。
前途多難だけど、学校の中じゃ俺が一番先輩に近い、と思う。
先輩へと視線を戻す。
眠りが深くなってきたのだろうか、先輩の頭が電車の動きに合わせて、
不安定に左右へ動く。
隣に座るおっさんが、何だか嬉しそうに口元を緩ませる。
かちん。
同時にサラリーマンが大量に乗り降りする駅に着き、例に漏れず
そのおっさんも電車から降りた。ざまみろ。
一馬は迷わず、その空いた席に座った。
ふわり、と甘い香りがした。
「(う、わ・・・)」
こんなに近くに座ったのは、いつぶりだろうか。
無防備な寝顔は、いつものガードが固い先輩からは思いつかない。
ヤベー・・・
これだけで幸せになれる自分がいる。
降りる駅まであと六駅、というところで
がたん、と電車が乱暴に止まった。
「!」
とん、と先輩は一馬の肩に寄りかかった。
温かい、体温。長い睫毛、安定した寝息。柔らかそうな頬。
シャンプーだろうか、先ほどもした甘い香りが一馬の鼻孔をくすぐる。
「・・・・・・・」
心臓の音がうるさい。
耳が、熱い。
「(やべ、俺絶対顔赤い・・・)」
それでも、片想いの辛さゆえか。
思わぬ好機を逃せるほど、自分は子供ではなかった。
もう少しでいいから、このままで居たいと思う。
・・・・・・時間が、いやせめて電車が止まってくれたら、とは思うけど。
ブー、ブー。
「っ、やべ・・・!」
携帯のバイブが鳴った。
いつもは殆ど鳴らないくせに、よりによってこんなときに・・・!
びくり、と先輩は身を震わせて、ゆっくりと瞳を開けた。
と、同時に、その顔は真っ赤になった。
「うぇ、お、おはよ・・・っ!?」
ななななな、なんで真田くんが、とぱくぱくと言葉にならない
声を出して動揺している先輩が可愛くて、一馬はぷっと噴き出した。
「おはようございます」
くっく、と込み上げる笑いを抑えずに笑った。
その顔の近さと、自分の体制と、今の状況を寝ぼけ頭に理解して、
先輩はぱっちりと目を覚ました。
「(え、ちょ、なんであたし真田くんによりかかってんの・・・っ!?)」
先輩は耳まで真っ赤にして頬を押さえて身体を離した。
自分で起こしてっていったくせに、来るって思ってなかったのかよ。
それでも、
「(やべー、この反応期待しそー・・・)」
TRAIN☆TRAIN
「(これなら毎日、こっちでもいいかも)」
目的駅まで、あと10分。