照りつける太陽の中、はクラブの練習場に来ていた。
ずっとこのチームのファンだったわけじゃない。
ただ、彼がこのチームに来てから応援するようになった。
まるで家族のように、とても大切にしている仲間をみたくて。
そして今日は、忙しくて予定の合わない彼を直で一目見たくてきた。
平日なんて人もまばらで、練習を見に来るなんてファンは本当に少ない。
だからファンサービスもわりと多く受けられて年季の入ったファンは
わざとそこを狙ってくる。
しかし、先日のワールドカップの影響もあって一気に名を挙げた
彼のいるこのチームの練習場には、平日だというのにたくさんの人が
いて、いつもどこに座るか悩むほど空いているベンチは埋まっていた。
そして、練習を見ず、終わる時間にあわせてくる
おしゃれをしたきれいな女の子たちもたくさん。
きゃっきゃと騒いでいる姿は場にそぐわないが、とてもかわいらしい。
は横目でそれをみながら、練習が終わるまでずっと全体のバランスを見ていた。
あぁ、やっぱり大きい人多いなぁ。なんだか、バラバラ。
それでも大型FWとボールコントロールの巧みな彼がいると
攻撃の幅が広がってみていてとても面白かった。
紅白試合が終わり、明日はアウェイでの試合ということもあり
選手はクールダウン後にゆっくりとクラブハウスのある
を含めたファンのいるところへと歩いてきた。
の見たかった、彼が近づいてくると周りから嬌声があがる。
「どうしようっ、本物だよ、サインサイン!」
「実物の方が断然かっこいいね!」
「握手してもらえるかなっ、ね、早く行こっ」
圧倒的に女性のファンが多い。
それも無理ないか、と思いつつはため息をついた。
手に持った差し入れの入った袋が重く感じる。
彼、真田一馬はチームメイトと話しながら歩いていたが
相手がファンにサインを頼まれたため、一人でそのままゆっくりと
こちらに向かってくる。
もう、目の前だ。
「お疲れ様です!」
「真田選手、すみません、サインいいですか?」
当然のようにファンが一斉に彼のもとへと集まる。
はその勢いに押され、一番後ろでぽつねんと立ち尽くしていたが
最後には彼はのいるところを通過するのでいいかとそのまま見ていた。
すごい、人気。
すると、ふと彼と目があった。
が、すぐそらされる。
「すみません、ちょっと今日は…」
そういって彼は人だかりをすり抜けていく。
足早に去っていく彼にファンは残念そうな声をあげる。
たくさんの差し入れ、プレゼント、ファンレター。
さすがに日本代表選手ともなると量が違う。
独身の彼に女性ファンが食いつくのも無理はない。
でもそれを一切受け取らず、彼は申し訳なさそうに詫びて去って行った。
「か、…真田、選手!」
も思わず名前を呼んだ。
だが、彼はぴく、と肩を揺らしただけで、こちらに視線をやることもなく
そのままクラブハウスへと入っていった。
熱い中の練習後にと持ってきた、彼のぽつりと希望した差し入れである
凍らしたタオルと飲み物は無駄になってしまった。
……自分で使おうかな。
キャーキャーと騒ぐファン。
急に詰めかけるようになった練習場。
視線すらくれなかった、彼。
蝉の鳴声だけがの中に響いていた。
ばん!と乱暴にバッグをテーブルに置いた。
ガラスのおしゃれなテーブルに傷がついただろうか。
そんなことかまっていられるほど、は冷静ではなかった。
冷蔵庫からペリエを取り出して、一気に飲み下す。
どかりと座ったソファーは、ふかふかしていて身体が沈んだ。
「……………」
「だから、悪かったって」
「……。…なにが?」
ソファーの背の方から謝られる。
その手には、さっき渡せなかった凍らせたタオル。
「取材とか、色々あったし、」
「……ふぅん」
「クラブからもすぐ来いっていわれてたから、仕方なかった」
へぇ、とはそっけなく返す。
わかってるよ、そんなこと。でもね。私は、私はね。
泣きそうだ。そんな自分がいやで、ペリエをごくごく飲んだ。
炭酸で鼻がつんとした。
「…だから練習場には来るなっていっただろ」
ぽん、と頭に一瞬手を置いて、彼はの隣に腰かけた。
「差し入れ、ありがとな」
「…それ、真田選手にあげたものです。勝手に使わないで」
「俺じゃん」
「違う。真田選手は見向きもしなかった。人気だし、忙しいし、仕方ないけど」
だってあそこにいるときの彼は、みんなの、チームの選手だ。
プロの選手で、日本代表で、みんなのものだ。
「……悪かったよ」
本当にバツの悪そうに、彼はに苦笑する。
あぁ、本当はこんな顔させたくてここにいるわけじゃないのに。
彼がわざわざ家に来てくれてうれしくてたまらないのに。
ただ、本当に遠い存在なのだと気づかされたことにこんなにも
ショックを受けるとは思わなかったのだ。
テレビで、スタジアムでずっとみていた。でも、触れる距離で
あんな風に接されたら、もう私は消えてしまいたくなるほど悲しかったのだ。
まるで、彼の世界に私なんて存在していないように思えて。
「…一馬は、断りきれなくて全部頼まれちゃうのかと思ってた」
「しねぇよ。さすがに、無理」
「……可愛い子いっぱいいたよ。結婚してほしいって」
彼が無言になる。
ぎし、とソファーが少し沈んで、同時に彼が近づく。
「…いい加減機嫌直せって」
「別に機嫌悪くなんか、な、…っ」
ない、と言おうとした口が、彼の唇によってふさがれる。
角度を変えて何度も、何度も私の唇を貪り尽くす。
まるで飢えた獣のように。まるで何かを埋めるように。
「……サービス」
かぁ、との顔が真っ赤に染まる。
いつも少し余裕がないようにみえるのに、彼はやはり大人だ。
そしてやはり、ただの男だ。
私の前では、ただ一人の男だ。
ただの真田一馬。私の大好きな、恋人。
「へ、変態…っ」
「さっきできなかった分。あともう練習見にくんな」
「やだ。他の選手のサインまだ全員集めてないもん」
「…もらってきてやるから」
「自分でもらわなきゃ意味ないもん!」
「…………」
「それにね、顔覚えてもらったみたいでね、よく話とか
できて楽しいし。ファン冥利に尽きるよー」
「…誰?」
「今日一馬と最後一緒に走ってた人。ドリンクも受け取ってもらえたし
挨拶してくれるし、あの人ファンサービスいいよね」
「………。……あーもう早くお前卒業してくれ…」
そろそろ俺の我慢の方が限界かもしれない。