真夏の太陽が照りつける、夏。
練習グラウンドは日陰にいても、顔を洗っても
否応なくその熱を吸収し、暑さを増徴させていた。
温暖化で暑さが酷くなり、熱中症患者のニュースも
去年よりも多いとのことで始めた氷水につけたタオルも
人数が人数なだけあって、すぐに温くなってしまう。
貴子先輩が用事で少し抜けているためを含めて四人のマネージャーが
独楽鼠のように駆け回り、タンクや洗濯、タオル、掃除、
用具の整備、食事の準備など目が回るほどあわただしい。
昼食を終え、午後の練習に入った今、がタオルを任されていた。
物干しから取り込んだタオルを取りに行き、代わりに土のついた使用済みの
タオルを洗濯にまわす。一回こけてしまって、ああやばい!とか
絶叫しつつももう一回新しいのを取りに行って持ってって。
そして、製氷機から大量の氷をとってグラウンドのクーラーボックスまで
運んでいれる。
製氷機からグラウンドまで結構な距離があるため、いくら走っても
氷の重さもあって、時間がかかってしまっていた。
休憩時間までに間に合うか怪しいところだった。
そんなとき、
「おい、マネージャー!タオルないんだけど?」
「はっはい!すみません、今!」
いつもならもう三十分くらい同じメニューが続くところが、急にメニューが
変わったらしい。休憩に入っていた。
慌てて氷を足して、タオルをいれ、かき混ぜて冷やしタオルを完成させる。
息の上がった部員たちが口々に、さんきゅ、とか生き返るーとか
感謝の言葉を零した。
本日の気温、35℃。直射日光を受ける中であの過酷なメニューをする
彼らには氷水はなによりの生命線であった。
御幸が冷やしタオルを使いながら、その気持ちよさに目を細めつつ
走ってきたため呼吸の荒いに微笑んだ。
「、めっちゃ汗かいてるな」
「え、あぁ・・・、走った、から、ね」
「ははっ、息あがりまくってる」
「うる、さいっ。遅れて、ほんと、ごめん」
「大丈夫、大丈夫ー。心遣いで癒されるから。な、倉持」
「あ?あぁ。・・・まぁ、遅いのは確かだけどな」
その一言にはかちん、ときてしまった。
御幸が内心、あーあと苦笑したのを倉持は気づかない。
バケツ二個に山盛りの氷をいれたのを持って、グラウンドの正反対のところから
走ってきて、そこまで早く走れるわけはなかった。
それでもそのことを分かっていた部員たちはを責めなかったし、
間に合ったからいいやーくらいで済ましていたというのに。
遅れたのは申し訳ないと思って、軽く落ち込んでいたに
その一言はあまりに残酷すぎた。
「大体、普段から意外とトロいんだよなーお前は」
「おい、倉持」
「何だよ、御幸だっていってたじゃねーかよ。一回こけてタオル台無しにして
もっかい取りにいってたの見てたくせに」
「暑いから体力使うししょーがないだろ、っていったのお前じゃん」
「でもこいつ昨日もドリンク遅れそうになってただろー」
「あれは増子さんがアイシング頼んでたから」
「・・・・・・・・・・」
こんだけ暑いんだし、マネジ働きっぱで休憩殆どとってないんだっつの
と、御幸が倉持の言葉を止めようとするが、止まらなかった。
押し黙ってたは、きっと倉持を睨みつける。
「・・・はいはいどーせあたしは鈍いですし走ったって足も遅いですし
先輩方の足引っ張ってる使えないマネジですよ!」
「キャハ、そんな怒るなって!」
「怒ってないってば。いいもん、あたしは頼りになってかっこよくて優しーい
哲さんにタオルの出来どうかきいてきて次のために活かすもん」
「キャプテン今監督と話してるし、迷惑だってことくらい気づけよ?」
「うるさいな!誰かと違って優しいから、練習後でもいつでも
来ていいっていってくれたの」
「はぁ?俺だって優しいだろが」
「どの口で!」
「はいはいそこまで。休憩終わるぜー、倉持、」
嫉妬も相まった倉持と売り言葉買い言葉のの口論は続き、
いつものことだと流す部員たちをよそに監督の視線がこちらに
むきそうになったため、御幸がそういって倉持の肩との頭を叩いた。
「あーあの先輩いると楽なのになー」
「貴子先輩のこと、だよね」
「あぁ。いなかったときよりあの人いないときのがでかいわ」
「っ!・・・あ、そう」
はそう一言だけいうと、倉持の顔を見もせずに他のマネジの
ところへ仕事へと走っていった。
そのとき、とん、とぶつかった御幸がの顔を覗きこんで
ぎょっとしていた。
「・・・ばかにも程があんぞ、倉持」
御幸は低く、そういって、なによりバツの悪そうな倉持を
一瞥して去って行った。
その冷ややかな視線で頭が冷え、自分がへと浴びせた言葉が
お前はいなくても同じ、という意味に解釈されたことに今更気が付いたのだ。
*
夜。練習が終わって、各自風呂も上がったくらいの時刻。
倉持は沢村に格ゲーの対戦相手を押し付け、部屋を抜け出した。
その足はマネジが泊まっている部屋へと向かっている。
「くそ・・・っ」
そんなつもりはなかったんだ。過酷な合宿で追いつめられているのは
選手だけではなかったのに、気づくのが遅すぎた。
日に日に太陽に焼けている健康的な肌に、少しずつ濃くなる疲労と
痩せていくの身体を見ていたのに。
言い過ぎた。俺がトドメを指したようなじゃねーか・・・。
苛立ちから倉持は頭を乱暴に掻いた。
すると、決してそこまで大きくないが楽しげな声が外まで響く
マネジの部屋の前に座り込む人影があった。
声を殺して、浅く息を繰り返しながら息を殺して、
は、泣いていた。
気づかれないように、一歩ずつ近づく。
は苦しそうに眉をひそめ、膝を抱えこむようにして身体を抱きしめて
縮こまっていた。大きな瞳から溢れる水。
膝に乗せたタオルの色が変わっていた。そんなに、泣いたのか。
小さな身体を震わせて、誰にも悟られないように、一人で泣いていた。
いつも明るく元気なからは想像できないくらい、淋しげで弱々しい
その姿は、今にも壊れてしまいそうだった。
・・・愛しかった。
自分の存在意義を否定された。
自分などいらないと評価された。
厳しい環境の中で、は一番好きな人からそれをされてしまったのだ。
もう、心はいっぱいいっぱいだった。
「っ倉、もちに、嫌われちゃった、だろ、な・・・ぁ・・・っ」
消えそうな声で呟いた言葉。
倉持の身体は、自然と動いていた。
「嫌うわけねーだろ」
の身体を強く強く抱きしめ、後頭部に手をあててそのまま
自分の唇をのそれに重ねた。
驚いて目を見開くは、両手で倉持の身体を押し返そうとするが、
倉持はそれを許さなかった。離すつもりなど毛頭ない。
唇を離して、また抱きしめる力を強めた。
「悪ぃ・・・昼は、言い過ぎた」
うぇっく、とはしゃくりあげながら抵抗するのをやめた。
風呂上りなのだろう、生乾きのの髪から甘いシャンプーの香りがした。
不覚にも、どきりとしてしまう。
身体を離して、親指で乱暴にの涙をぬぐった。
紅潮している柔らかい頬が涙でかぴかぴになっていた。
「・・・別れたり、しない?」
「するわけねーだろ!つか誰にもやらねーよ!」
「ばか・・・」
流した涙が仲直りの合図
「の泣き顔可愛かったなぁー」
「! 御幸、みてたの!?」
マネジたちは窓から、部員たちは物陰から、
微笑ましい二人の様子をしかと見守っていたのだった。