毎朝眠気と授業への気だるさから顔を下げて
   席にいる俺を、覗き込むようにして挨拶してくる
   声と同時に、目に入るのはその髪。



   「おはよ、倉持」



   肩下まで伸びた髪がさらりとゆれる。
   シャンプーだろうか、甘い桃の香りがする。
   光にすける亜麻色の髪。それ自体が輝きをもつようだ。
   
   座った倉持を立ったまま覗き込むため、短かった昔は
   の髪が視界に入ることはなかった。
   ずっと短かったという髪を伸ばし始めたのは、いつからだったろうか。




   「おう」




   綺麗だ。
   思わず手を伸ばして、触れてみたくなる。
   だが、二人の関係はそんな色っぽいものではなかった。
   思わず遠慮してしまう。



   それでも、そのの髪が・・・・・いや、その髪のが好きだ。

   
   
   俺のための髪だったらいいのに。
   触れるのも、撫でるのも、想うのも、俺だけだったらいいのに。






   


   去年のいつだったか、御幸としてた他愛もない話にも加わって
   いたときに話したこと。
   確か、クラスの女子が彼氏にいわれたとかなんかで伸ばしていた髪を
   ばっさり切ってしまったことに、御幸が残念がっていたことから始まった。



   「もったいねェよな、ホント」

   「髪なんてまた伸びんだろ」

   「だからってあんなばっさりいかなくてもなー・・・」

   「何、女の子の髪は長い方がすきなの?御幸は」   
  
   「いや、似合ってるのが一番だけど」
 
   「じゃあいいじゃん」
             
   「だけどさー」



   腰くらいまであって、綺麗だったのに。
   自分の彼女でも仲がいいわけでもないのに、その子に視線をやって
   御幸はあーあ、とため息をついた。



   「男子って意外と髪の長さの好みあるよねー」

   「まぁな。俺は気にしないけど」
   
   「・・・確かに、ストライクゾーン広そうもんね」

   「おいこら、人聞きの悪い」

   「事実じゃん。倉持は?」

   「俺はまぁ特にねェけど。・・・長い髪がさらって揺れると、ドキッとすっかも」

   
  
   何気なく口にした一言だった。
   でも、それくらいだっただろうか、が髪を伸ばし始めたのは。
   だから少しだけ、期待していた。


   もしかしたら、俺のために伸ばしてくれてるのかも、なんて。
       

   





   なのに。








   連日続いた長い雨が、終わった日。
   久しぶりの快晴。太陽に透けるの髪がみれるだろうか。
     
   心のどこかで楽しみにしていた。


   

   「・・・おはよ」


   

   いつも通りの挨拶。
   覗き込むように倉持をみる。でも、違う。

   望んだところまでこない、の髪。

   
   
         
   「っ、、」




   ばっと倉持は顔を上げて、をみた。

   俺が自惚れていたのだろうか。
   御幸はを恋愛対象としてみていない。
   なら、の一番近くにいるのは、俺だと思っていた。
   
   伸ばし続けていた髪。その髪を愛しそうに眺める
   髪越しに誰かを想っていたから。
   そして俺が伸びていくの髪をみていたことに、少しだが気づいていたから。
   視線にこめた俺の想いも、気づいているのだと思っていた。   
      



   「昨日、お姉ちゃんに切ってもらったの」
  
   

   
   美容師なんだよー、とは薄く笑って、自分の髪をつまんだ。
   出会った頃と同じ髪型をしていた。

   一気に時間が巻き戻ったような、
   今まで重ねてきた日々がどこかへいってしまったような、感覚。
   同時に、を想ってきた日々さえも否定された気がした。

   呆然とする倉持に、が笑みを深める。



   「あ、昨日見たよ。倉持、彼女できたんだねー」  
  
   「・・・・・・は?」

   「水臭いじゃん、黙ってるなんて。にしても彼女さん、綺麗な髪だね」
  
   「お前、」



   言葉を紡ぐ前に、は踵を返して教室の外にいた御幸のもとへと行く。   
   ひらり、と手をすり抜けるように。


   彼女なんて、いるわけがない。

   他の女の髪なんて、みてもいない。


   彼女が欲しい、なんてよく野球部連中で口にするけれど、
   俺は以外いらない。他の女なんかに興味はない。
   ・・・もちろん、口に出したことはないが。




   「・・・なんで・・・・・・ッ」




   この想いは、たった一人にしか抱かないというのに。
   だって俺は・・・誰よりも、お前がほしい。
   
   ようやく晴れが戻ったというのに、雨雲は俺の上に居続けているようだった。