大量の課題に泣いた放課後。
練習後だろう、来てくれたのは御幸。
奪われた、勉強料。
思い出してしまい、ぼっと顔がほてる。
は自分の席から遠い友達の机で、伏せていた。
友達が呆れたような声を出して、の頭を撫でる。
「・・・、御幸のこと避けすぎでしょ」
「っそそそそんなこと、ないよっ」
あの日、確かに御幸は私にキスした。
それに一回だったけれど、名前で呼んだ。
どういう意図だったのだろう。ただの嫌がらせだったのだろうか。
怒ることも、尋ねることもできずにいる。
一週間が経っても、あのときの感触がまったく消えてくれない。
心臓はいつになく忙しなくて、後ろの席が気になって仕方ない。
息をするのも緊張してしまう。振り向くことなんてできやしない。
でもそんなこと、誰にも言えるわけがなくて。
友達以上の関係が、自分の勘違いで壊れてしまったら嫌だ。
あの日私が自覚した想いを知られるのは、もっと恥ずかしい。
「あ」
友達がを撫でていた手をとめて、小さく呟く。
顔をあげると、そこにいたのは。
「。あのさ・・・」
「っごめん、あたし、担任に呼ばれてるんだった!」
ダッシュでその場を逃げ出す。
元陸上部だったことを、初めてよかったと思った。
御幸は何度も、に声をかけてきている。
はまともに返せず、御幸を避けるしかなかった。
真っ赤になってしまう。御幸をもう、友達としてみれない。
でももし、これであれが悪戯だったとしたら。
いつものような意地の悪い笑顔でいわれたら、きっと泣いてしまう。
立ち直れないだろう。
だから、答えをききたくなくて、逃げ回る。
かといってそれが正解なはずもない。
「・・・・・・あからさますぎるよね」
職員室などとっくに通りすぎ、教室からだいぶ離れたところで
は立ち止まった。
もうすぐ授業が始まる。どうしようか悩み、さらに先にある保健室を
目指してとぼとぼと歩き出す。
「気をつけ!」
ふいに後ろから覇気のある声でいわれ、思わず声に従ってしまう。
あぁ悲しきかな、運動部の性・・・。
「回れ、右」
いつもグラウンドで響きわたる声と同じ、よく通る声。
吃驚して、は指示の通りに身体を反転させる。
「・・・そして俺の腕にどーん」
「!」
ぼふ、とはいつの間にか後ろにいたものにぶつかる。
洗剤の香り。白いシャツと鍛えられた体躯。
無骨な手がの身体をがっしりと捕らえる。
「やっと捕まえたぞ、」
「みゆ・・・っ」
「逃げ回るんだもんな、お前。足速いし」
体が熱い。
捕らえている手からも、押し付けられている身体からも
熱が伝わってくる。
でもそれ以上に自分の身体がどんどん熱くなっていくのがわかって
は羞恥のあまりに俯く。
心臓の音はうるさくて、きっと御幸にも聞こえてしまっているだろう。
どうしよう・・・!
「あのさ」
動揺するに、御幸は静かに口を開く。
「この間のこと、なんだけど」
びくり、との肩が震える。
「・・・俺の顔みたくないほど、嫌だった?」
「っ、ちが・・・!」
思わず顔を上げて、は御幸をみた。
久しぶりにちゃんとみるその顔は、苦笑していた。
あまりにも近い距離に、頬がさらに熱くなる。
今までこんなこと、なかったのに。
自覚してしまった気持ちは隠せていない。
御幸は気づいているだろうか、この熱は君だからうまれていることを。
いつも自信に満ちた表情の御幸が苦笑しているのは
もしかしたら私と同じなのかもしれない。
は、正直に口を開いた。
「た、ただ、恥ずかしくって・・・」
真っ赤な顔をみられたくなくて、はいいながら俯いていく。
だが御幸が意外そうに目を見開くのが、目端に映った。
「・・・・・・み、ゆき?」
視線だけ上にやると、御幸は大きく息を吐きながら
にもたれかかった。身長の関係で、覆いかぶさられる形になる。
そしてそのまま、御幸はを強く抱き締める。
「・・・嫌われたのかと思って、ちょっと滅入った」
耳元で、心底安心したような声がした。
その低さと近さに、力が抜けた。
「・・・・・・その前に、いうことはないの」
「あぁ」
それもそうだな、と御幸はいつものように笑った。
もう答えは二人とも同じなのだと、わかっていた。
「好きだ」
今度は不意打ちではない口付けを、は微笑んで受け入れた。