あーもう何で、うちの学校はこう狙ったように
   調理実習なんてするのかな・・・!








  かわいくなんてない、







   バレンタインの前日。
   当日はあまりに競争率が高いからって、前日にあげる人が
   半数はいるというのに。なんで、狙ったように今日するのかな・・・。
   家庭科の先生が学年主任に密かに思いを寄せているのは知っているし
   職場内であげにくいのもわかる。だからって、授業を口実にあげようと
   しなくてもいいじゃないか。


   
   「・・・はぁ」



   案の定、野球部は囲まれている。
   自前の色とりどりの気合の入ったラッピングに包まれたお菓子が
   その手に抱えるように乗っていく。

   さすがにトリュフとか生チョコなんてあからさまなものは作れないから
   チョコカップケーキかフォンダンショコラかクッキーから選ぶようになっていて。
   ちなみにフォンダンショコラを完璧に作れると成績に色がつくと先ほど
   友人からきいた。
   ・・・よかった、つくっておいて。       
   
   本番は明日だというのに実習で作った子と持ってきた子とで
   彼らの周りは珍しく甘ったるい匂いで満ちていた。 
   隣が倉持、前が御幸という野球に囲まれたの席は
   とてもじゃないがたどり着けそうにない。
   そして自分の作った菓子も、あげたい人には届きそうにない。
 
    
 

   「御幸一也ー!」
   

     

   たのもう!と教室中に響く声で駆け込んできたのは、見覚えのある後輩。
   あ、沢村くんだ。グラウンドでもマウンドでも変わらないあの大声。
   両手に菓子の包みを抱えてずんずんと御幸のもとへと歩いてくる。
   え、それもしかして。


   ドサドサッ。


   音を立てて御幸の机の上に、包みが落とされる。



   「うおっ、なんだよ、沢村」
   「全部、お前のだぁぁぁ!」
   「おっ、サンキュ」
   

 
   ケラケラ笑って、御幸は沢村をからかう。
   それに倉持が加わって騒ぎ始めたから、女の子たちは少しずつ引いていって
   昼食へと戻っていった。

   あ、やっと弁当取れる。


 
   「お前、運び屋にされたの?どんまい」
   「うっさい!」
   「タメ口禁止ー!ヒャハ、わけてやってもいいんだぜー」
   「ほ、施しはうけん!」
   

  
   あまりにうかれた御幸と倉持の態度に、ちょっといらついた。
   特に、御幸。
   もてるのも有名なのも知ってるけど、さ。


    
   「お、。お前のは?」
   「・・・・・っ」



   流石に、カチンときてもいいよねこれは。     
   はバッグから弁当を取り出すために下げていた顔を、ゆっくりあげた。
   にっこりと微笑んで、名前を呼ぶ。
   
   彼氏じゃなくて、後輩の。 
   

   
   
   「栄純くん」




   え、あ、はい!と戸惑ったような、でも元気な返事が帰ってきて
   思わずくすりと笑みが漏れた。

   包みを両手で持って、差し出す。




   「あんなに大量のお菓子、御幸のために持ってくるの大変だったでしょ?」  
   



   だから、と更に笑みを深くする。
   御幸がぎく、と動いたのも、倉持がまさかと息を飲むのも気づかないフリをして。
    



   「私の、あげる。あんまりおいしくないかもしれないけど・・・」




   半ば押し付けるように沢村の手に包みをのせる。
   するとガタ、とイスの音を立てて、御幸がの名を呼ぶ。


 
   「おい、!」
   「なに?別にいいでしょ、誰にあげたって」
   「だからって彼氏目の前にして、」
   「彼女目の前に鼻の下伸ばすのはありなの?」
   「・・・・・・・・・・・・・」


   
   恐ぇ・・・、と倉持が呟く。沢村は間に挟まれ、困惑するばかりだ。
   はそのまま弁当を持って教室を出て行く。
   


   「どこ行くんだよ!」
   「お昼。約束なくなったようだし、友達と食べるから」
     
 

   冷たく言い放って、は友人の待つ非常階段へと歩いていった。     
   苦しくなんてない。あんなの、ただのお菓子だもん。



   




   *








   ぶす、と荒々しくフォークを突き刺して、食を進める。
   ばか、ばか、ばか。
   調理実習で同じ班だった友人は、の作ったフォンダンショコラを頬張りながら
   その様子に呆れたように息を吐いた。



   「・・・あげなかったの?これ、すんごいおいしいけど」
   「あげたよ、沢村君に」
   「は?」



   苛々する。

   作っているときは、本当に楽しかった。
   喜ぶ顔がみたい。おいしいって言ってくれるかな。
   ちゃんと気持ちが届くかな。よそ見しないで、私をみてくれるかな。
   
   笑顔で、御幸のことだけを思ってつくれていたのに。



   「あー・・・なるほどね」
   「あのばか私のは二の次みたいに当然だろみたいな態度でいうし・・・!」
   「そりゃ彼女だからね・・・」     
   「他のは貰わないから絶対くれって約束したのよ」
   「・・・男だからね」
   「あんな可愛い子たちに頬染めて渡されて喜んじゃってて、そしたら、」



   私のなんて要らないんじゃないか。
 

   可愛く渡すこともできない、私のなんて。
   ほかにもっと可愛い子がいる。素直で、純粋で、砂糖菓子のように愛らしい子だって。
   バレンタインが似合う女の子が渡せばいいのだ。
   
   そう思うと鼻の奥がつんとした。泣くもんか。
   悲しくなんてない。辛くなんてない。だって、全部私の独りよがりなんだもの。
 
   

   「・・・代わりにならないかもしれないけど、あたしがちゃんと食べてあげるから」
   「・・・・・ッありがと・・・大好きだよー!」



   友人がぽんぽん、と頭を撫でてくれる。

   ほんとはここで泣きついてしまいたかった。
   わあわあ泣き喚いて、すっきりしたいくらいだった。
   けど、そんな迷惑かけられない。だから全部、食べてしまってほしかった。

   私のことをどんな形であれ好いてくれる人に、届けばいい。
   色んなものに埋もれることなく、ただそれだけをちゃんと
   受け取ってもらえれば、よかった。
   
   
   「本当は私だって、ちゃんと渡したかった、よ・・・」
   「うん」
   「ラッピング、だって、珍しくちゃんとした、し」
   「頑張ってたもんね」
   「髪の毛だって、気合いれて、きたし」
   「うん、ブローちゃんとしてて、いつもより可愛いもん」
   「ほんと・・・?」
   「本当。クラスの男子がそわそわしてたの、気づかなかった?」
   「・・・・・そうなんだ」   


   だから今日は倉持が頭をぐしゃぐしゃと撫でなかったのか。 
   じゃあ、御幸は気づいていたのだろうか。・・・気づくわけないかな。
  
   当日はきっと忙しくて無理だろうし、前日にって約束してた。
   二人でお昼食べて、そのとき食べてもらおうって思って
   今日は朝いつもより時間かけてブローして、うすく化粧もして
   可愛くしてきたつもりだったのにな。
   
   いつも恥ずかしくっていえないから、イベントの雰囲気に背中を
   押してもらって、伝えたかった。
  



   「好きだって、いうつもりだったんだ、よ」
   
    

   
   友人がを撫でる手を止めた。
   同時に、降ってきたのは低い声。




   「そりゃあ、言ってもらわなきゃ困るな」




   へ、と顔をあげると、御幸が立っていた。
   友人に、悪いなと苦笑して行くようにいって。

   を、抱き締めた。

   逃げる余裕も無く、はその腕に捕らえられた。  
   でも、嫌で。腹が立って、抵抗する。
   腕の力がどんどん強くなって、痛い。
   けど、さっきまで他の子の愛を受け取っていた腕で包まれるのは
   どうしてもやりきれなかった。

   
 
   「やだ、離して、御幸、やだっ」
   「嫌だ」
   「何できたの、もっと貰えばいいじゃん、可愛い子いっぱいいたよ」



   バレンタインが似合う、可愛い子が。
   
  
  
   「ここにもいるだろ」



   それに、とゆっくり息を吐いて御幸は腕の力を緩めた。
   は抵抗をやめて、御幸を見た。


   「目の前で他の男にやられて、はらわた煮えくり返ってんだ」
   「っ、人のこと」   
   「いえないな。でも、本当、むかついた」
   

   何いってんの。あげたいのは、御幸だったんだよ。
   何度叩いても治まらないこの気持ちは、あんたが好きだからなんだよ。



   「だから、取り返してきた」
   「え?」


 
   じゃん、と笑って掲げたのは、が沢村にあげたもの。
   どうして。
   身体を離した御幸は、言葉が出ないにその包みを渡す。



   「貰った奴全部やる代わりに、返してもらった」
   「・・・ばかじゃないの・・・・・」
   「はは、倉持にも同じこといわれた」

 

   まぁそれは別のことも含めてだけどな、と笑う。
   その顔は本当に嬉しそうで。
   ねぇ、期待してもいいの。自信を持っても、いいの。


  

   「俺に、渡してくれないか」   

   

 
   の手から。の言葉を、気持ちを、のせて。
   ちゃんと受け取るから。

 


   「・・・・・・っ、好き、です」




   貰ってください、とどんどん小さくなっていく声。
   だけど、この距離ならちゃんと届いた。
   顔はきっと真っ赤だ。どうしよう、泣きたいくらい恥ずかしい。
   目が潤むのは、気のせいだ。
   耳まで赤いだろうけど、きっと髪で隠れてるはずだ。




   「・・・・・・・・!」




   一瞬目を見開いて御幸は固まっていたが、すぐしまりのないほど
   笑顔になった。
   両手でちゃんと包みを受け取って、距離を縮める。
   ちゅ、と唇に触れるだけのキスをした。


   「・・・・・可愛い」
   「っ、ばかじゃないの」
   「本当だし、ばかでもいいよ」
   「うそつきっ」
   「・・・こういうときは、ありがとうっていえばいいの」


   そんな反応も可愛くって困るけどな、と笑う。 
   うう、くさいよ、もう・・・っ。このたらし男めっ。



   「ほら、いってみ?」
   「や、だ」
   「・・・・・・・・可愛い」
   「もう、ばかにしてっ」
   「してない。ほら、いって」
   「ばか。たらし。変態」
  


   視線を合わせていられなくて、はどんどん俯きながら
   思いつく限りの悪口をいう。ばか、変態。本当、ばか。

   でも御幸はクスクスと笑って、の額にキスをする。

   

   「そんな顔しても可愛いって思うだけだって」
   「っ」



   嬉しい。嬉しいに決まってる。
   でも余裕なのが悔しいし、腹立つ。
   御幸に可愛いっていってほしくて頑張ったのは事実だし
   どうせさっき友人にいっていたこともきいていたのだろう。
   本当、くやしいほど私はこいつに惚れ抜いている。
 
   だから、ちょっとくらい素直になってやる。

  



   「・・・・あり、がと」




   小さくだけど、いえた。
   御幸はちょっと驚いたように、の顔を見つめていた。
   すぐににーっと笑って、の頭を撫でながらいう。




   「それ、反則・・・・」




   その笑顔の方が反則だよ、ばか。

   言葉を飲み込んで、は代わりに御幸の頬にキスをした。
   



   
   
   
10.02.10