心に開いてしまった穴を
少しずつ、少しずつ、埋めてくれたのは君。
不安は、時が経つほど大きくなっていく。
だからいつまでもこの繋いだ手を離さないで。
絡ました小指
太陽はすっかり昇り、朝から昼に近い時刻。
しかし静かな家の住人は、いまだに寝続けていた。
起きる気配は無く、惰眠を貪っている。
そんな寝ている家に芸者置屋の裏口から
英士が駆けてきた。
寝ているかどうかなんてお構いなしに立てる足音にも
住人が目覚めることは無かった。
「まだ寝てるの、。いい加減起きなよ」
スパーン!といった大胆な音を立て、英士は障子をあけ
中に入ってきた。
ずかずかと踏み込んできた英士は、の布団を容赦なく剥ぎ取る。
一気に寒くなったはきっかり三秒後に、もぞ、と動き出した。
「・・・・・・まだ寝させて・・・・昨日ムリヤリ飲まされて、二日酔い・・・」
「しっかりしなよ。しかも違法じゃないの、それ」
「・・・・・・・・・。・・・・刺青やってる時点で今更・・・」
ぼそぼそと話すの声には、いつものような覇気がなかった。
本当に二日酔いか、と英士は変な納得をする。
目を薄く開いて英士をみたは、自分の布団がないことに気付いたのか
寒そうに体を震わせた。
眠いなぁ・・・でも英士がきてる。
でも、・・・・・・・・・・うぅ・・・。
構え、と言わんばかりに、軽く体を揺すっている英士の腕を引っ張り
は同じ布団に引き込む。
英士は意外と体温が高くて気持ちよかった。
本当に寒かったらしい体はそれを欲し、は英士を抱きしめた。
「今はもう無理・・・起きれない・・・・・・もう一眠り、一緒にどうぞ」
「・・・しょうがないね」
英士はふぅ、と息を吐いての髪を撫でた。
稽古の合間に来てくれる英士は、だいたい朝か夕方にくる。
朝にきたときにはこうして必ずのことを起こすのだ。
自分も眠いはずなのに、少しでも時間を作って逢いにきてくれるのが
にはとても嬉しかった。
喜びと、英士の体温を感じながら、はもう一眠りしようと意識を手放した。
一刻が経った頃だろうか。
が目を覚ますと、英士もちょうど目を覚ましたらしく
眠そうにぼーっとしたあと、微笑んだ。
さすがにこれ以上は寝させてくれないと思ったので
は重い体に鞭打つように、むくりと起き上がった。
しかし、今度は英士が布団から出るのを躊躇っていた。
そんな英士が微笑ましくて、は少し微笑んだ後
そうそう、と近くに置いてある桐の棚をあけた。
「英士、これあげる」
英士の綺麗な手にそれを乗っける。
滑らかで白いその手はまるで絵のようだ。
しかし意外にしっかりしていて骨ばっているのを知っている。
寝起きで頭が起き切っていないのか、英士は一瞬怪訝そうな顔をした。
低血圧ってやだなぁ、と心の中で笑ってしまった。
「・・・・・・何?」
「頂いたの。蝶のかんざし、綺麗でしょ」
「本当。高価そう」
「英士に似合うなぁ、って思ったから」
英士は蝶のイメージなんだよ、とはつけたし、微笑んだ。
心の底から綺麗だと思う。
自由に見えて、意外と儚いところが英士に似ている。
「・・・・・・俺、一応男なんだけど」
少し考え込んだと思ったら、英士は不機嫌そうな声で言った。
態度も少しムスッとしている。複雑らしい。
それには思わず笑う。英士はそれをみて
また更に考えたのだろうか。
「・・・まぁ、いいや。ありがと」
そういったときの英士は、少し嬉しそうに見えた。
しかし、あげてから気付いたのだが、かんざしをつけるのは
座敷に出るときだけだ。そう思うと複雑だった。
英士はそのことを思っていたのだろうか。
そういえば、英士がと逢うときは必ず男の格好で
座敷に出るような格好で来たときは無かった。
「・・・ねぇ、英士。もう一眠りしない?」
「しない。どれだけ寝るつもりなの」
「できるなら、一日中?」
「仕事して・・・」
「今日は一件、女の人だけだもの」
「あるのは同じでしょ」
「いや、違うよ。腕にだもの、早いよ」
「あ、そう」
布団をめぐっての痴話げんかはもう少し続きそうだ。
いつまでもこうやって笑っていたい。
英士を買うにはもっとお金がいるのだから。
今は春。英士が体を売るとなっても、十五になるまでは無理だ。
しかしそれも来春までの猶予。それまでに買える自信は、はっきり言って無い。
「英士、約束ね」
「・・・約束?」
「私が絶対英士を幸せにしてあげる」
「・・・・・・それ、男の台詞だよ」
照れているのだろう、下を向いてしまった英士に
は微笑んで自分の小指と英士の小指を絡ませた。
指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!
茶番でもいい。虚像でも何でも。
ただ、望むとしたら一緒になりたい。いつまでもこうして。
けど金が無い。現実はいつも心よりものを必要とする。
だから今はせめて、こうやっていたい。
自分の前だけでは、笑っていて欲しい。
英士が自分の安らぎになったように、英士の止まり木になりたい。
05.9.1