もういいかい?

   まぁだだよ。

   その問答を無言の水面下で何回繰り返しただろう。











     もう少しで













   別に期待はしてなかった。

   いくら今日が珍しく花火が上がるという日だったとしても

   副隊長である俺の仕事は減るわけなかった。

   乱菊さんはいつも暇そうで羨ましいけどな・・・!


   朝少し期待して隊長の元へ行ったが、やはりいつもと変わらず

   隊長はあの厳しい顔を緩めることもせずに俺に任務を言い渡す。

  
   書類。

   色んなところを走り回って。

 
   気付けば、もう太陽は沈み始めていた。

   そう、後半刻しないうちに、暗くなるほどに。




   「・・・くそ・・・・・・」



   
   走りつかれて、どうせもう終わったしと土手の草むらに寝転がる。

   夏草の青い香りがした。


   ちくしょう、隊長め・・・。

   少しくらい休ませてくれても良いじゃねぇか。   
 
   ほら、市丸隊長とか、京楽隊長くらい・・・は望みすぎだな。

      
   いつも以上に疲れたらしく、体の疲労感が酷かった。

   地面に体重を全て預けて、星一つない空を見上げた。

   
   すると、ちょうどよくその視界いっぱいに橙の花火が上がった。

   



   「あ、始まっちゃった」





   同時に頭上から声がした。

   誰だ、とみたかったが、体がやはりだるいのでやめた。


   サク、と頭の近くの草が踏まれる音がした。

   横を見ると、藍色の浴衣。

   視線を戻して上を見ると、ぬっとドアップが映った。



   「こんなところにいたんだ、恋次」

   「・・・・・・

 
  
   寝転がる恋次の顔を覗きこんでいたのは、まぎれもなく

   いつもと違うのは、意外と綺麗な質感のグラデーションの髪が垂れないこと。

   本当、変わった色してるよな、と思う。

   確かは髪を結うのが苦手だった気がする。


   自由奔放な奴だから、だろう。    

   その行動の裏に隠れたものも理解しているつもりだ。

   意外に脆い奴なのだから。



   「何の用だよ」

   「え、恋次と花火見たくて探してたとかダメなわけ?」

   「・・・そりゃあ、お疲れさん」

   

   恋次が起き上がらずにそう返すと、は察したらしく

   隣に座った。

   普通の女なら、汚れるとか気にするだろうが、こいつは違う。

   自然を好いている。人工物が嫌いだ。

   生い立ちとかは知らないが、たぶん俺と同じ流魂街の出身。   




   「・・・・・・うわぁ、キレー」




   バーン、バン、バン、と花火は派手な音をあげて

   先程からずっと上がっている。

   そのたびに暗くなってきた周りが明るく染まる。

   夏も終わる頃だが、辺りはまだ薄暗い程度で。

   今年もまだまだしぶとく残る気らしい、夏は。



   その光で見えたものに、恋次は固まった。



   上を見上げているには気付かれなかっただろう。


   珍しく結ってあげている髪。

   それによって出ている、意外なほどに白いうなじ。

   走って探し回ったのか、首筋やこめかみにつたう水滴。


   紅い花火のせいか、その頬は少し紅潮して見えた。

   唇も、紅く見えた。
         


   「恋次、今日くらい早めに切り上げさせてもらえば良いのに」

   「・・・・・・あの隊長が、させてくれると思うか?」

   「あはは、無理だろうね」

   「そのくせに自分は仕事少ないんだぜ・・・」

   「朽木隊長はルキ姐といちゃつく気だよ、羨ましい」

   「あー・・・」



   が視線を花火から恋次のほうに向ける。

   恋次はの方を向いたままになりそうだったので、慌てて花火を見た。


   今コイツを直視したら、たぶん駄目になりそうだ。

   今までの努力と、忍耐が無駄になるだろう。

   花火が紅くてよかった、周りが薄暗くてよかった。

   そう思うほどに恋次の顔は赤くなっていた。自分でも熱いのがわかる。



   「どうしたの、恋次?花火綺麗なのに」
          
   「あ、あぁ、そうだな」



   綺麗なのは、花火だけじゃない。

   動揺を見せないように、慌てて上を向く。
  


   「そ、ういえばよ、お前、乱菊さんとかと一緒じゃねぇのか?」

   「え、あー・・・うん、今日はね」

   「何だよその間」

   「気にしない、そんなこと。この後十一番隊で花火酒なんだから」

   「・・・俺も参加か」

   「もちろん!」



   綺麗に上がる大玉の花火。

   でも、俺の心の中はそんな余裕無くて。

   必死に、必死に、煩悩を振り払おうとしていた。


   そんな俺の心中を察してないらしいは、

   しゃらん、と蝶を模ったかんざしの音を立てて覗き込んでくる。

   顔を近づけて。その行動のせいで、浴衣がずれたのか鎖骨がよりはっきり見えた。
 

   あの白い肌に・・・って何考えてるんだ俺。     



   「恋次はさぁ、何も言ってくれないわけ?」

   「・・・何をだよ」


   
   別にィ、とは恋次から離れて再び上を見る。
 
   恋次は小さく息を吐いた。


   いつもは綺麗とか、変だとか、そういう風に思うけれど

   刀もささず珍しく着飾っている今はとても色気のあるように見えた。

   外見だけで得するんじゃねぇのかコイツは。

   もちろん皆が惹かれているのは、内面だということも承知済みだ。



   「じゃあ私は叫ぼうかな。・・・・たーまやー!!」

   「・・・もう少し色気のあること叫んで欲しかったっての」

   

   せっかく綺麗にしても、これか。

   紅くなった自分がバカみたいだった。
  
   

   「死覇装着たいなぁ、これ動き辛くて」

   「それじゃあ、情緒ねぇだろ」

   「・・・・・・綺麗とかいえる甲斐性あるわけないよね」



   ボソリと呟いたの言葉は恋次には届かなかった。

   しかし、そのときのの表情はしっかり見えていた。


   今まで築いた立場?

   そんなもの、気にするほどの価値あったかつーの。

  

   「・・・・・・



   名前を呼ぶと共に起き上がって、見た目より細い体を抱きしめた。

   疲労感なんて、飛んでいた。

   あんなに強いのに、こんなに細い肩をしてる。

   骨ばっているように見えるが、抱きしめた体は柔らかかった。



   「・・・・っ、恋次、何すん・・・っ」

   「・・・・・・・・・・・・」

   「黙って・・・ないで、はな、して」

   「・・・・・・厭だ。そんな誘うような格好して此処にくるのが悪い」



   幸いと言っていいのか、この土手に人気は全く無く

   近くに人がいる気配もしなかった。


   後ろから抱きしめたまま、の肩口に恋次は首を置く。

   微かに甘い花の香りがした。の体は熱かった。

   その匂いに酔ったのだろうか。止まらない。

   細い腰をしっかり固定し、その白いうなじから肩に次々と唇を落としていく。   

   そのたびの体がわずかだが強張るのが、恋次には嬉しかった。



   「っ・・・恋、次・・・やめて・・」

   「やめるわけねぇだろ」



   も抵抗して、手で恋次を引き離そうと、打とうと、するが

   それは恋次の骨ばった大きな手によって止められる。

   身をよじっても、腰に回った手によって意味のないこととなる。

   
   浴衣をずらし、肩から背中へ唇が進む。

   うなじと同様に普段さらされない部分はとても、白かった。

   は必死に着物を押さえている。だがそれもあまり意味が無かった。

   それを教えるように恋次は背中を、ぺろ、と軽く舐める。



   「・・・っ・・・う・・・ぁ・・・」


   
   思わず出たらしいの色っぽい声に、恋次は驚いたが

   その声を出させたのが自分なのがやはり嬉しくて、にやりと笑った。



   こいつを、俺のものにしたい。



   今までなかった・・・いや、心の奥底に押し隠していた欲望が

   頭に浮かぶ。

   
   肩甲骨の上辺りで、恋次はの背中をきつく吸う。

   と、そのとき。
   


   「賭けはアタシの勝ちね、!」

   「いい加減にしとけ。ここ、外だぞ」



     
   大声で響いたその声に、恋次は顔を上げた。

   そこには、嬉しそうな顔をした乱菊とからかい半分の檜佐木がいた。

 

   は・・・?と恋次は呆気にとられた。

   が真っ赤な顔で同じ方を向いていた。



   「ほらみなさい、その格好で落ちないわけないでしょ!」
    
   「・・・・・・う、うるさいっ!」

   「今晩、楽しみにしてるわよ」

   「れ、恋次の理性がこんなに弱いって知らなかったから・・・!」
 
   

   莫迦ねぇ・・・どうみてもあんたのことが好きじゃない、と   

   乱菊が呟いたのをは知らない。

   赤い顔で乱菊にギャーギャー喚くだけだ。

   それも、恋次の腕の中で。

   格好も先程のままなので、まったくもって恥ずかしいばかりだ。 
     
  

   「ほどほどにしとけよ」



   檜佐木は溜め息をつく。

   普通それよりキスのが先じゃねぇのか?と呆れた声で呟くと、

   乱菊について去っていった。

   その表情は明らかに面白がっていた。

   
   先程の雰囲気とうって変わって、恋次との間に気まずい雰囲気が走る。




   「・・・賭けたぁ、どういうことだよ?」

   「・・・・・・ごめんってば!」

   「謝罪は後でいい」

   「えっと、です、ね・・・乱菊と『浴衣のこの格好で落ちるか!?』って

    いう賭けをね・・・今日の晩酌をかけてやったんですよ」




   冷や汗だらだら、という表現が一番適しているだろう。



   「髪結ってうなじだして、水滴つけて頬赤らめたら・・・って乱菊が言うから」

   「やったっていうのか?」
      
   「・・・相手が恋次だとは初めは決まってなかったからさ」



   あんな格好を、他のやつにだと・・・?   
 
   そう考えただけで、苛々した。


   再び先程までの行為の続きをしようと、首を舐める。


  

   「っ、だか、ら、盛るな・・・っ」

   「その気にさせたのはそっちだぜ?」




   せっかく、俺が動いたんだ。

   行為をやめる気はさらさらない。



   「・・・っ・・・恋次が一・・番初め・・に、使えた鬼・・道っ・・て、赤火砲だよね?」

   「あ?あぁ、そうだ・・・ってまさか」


   
   そのまさか。

   にっこりとが微笑んだかと思うと、それはもう恋次の前に立っていて。

   どうして俺は力を緩めたのだろうと後悔した。




   「これくらいの鬼道、詠唱なしでできるのは当然」




   お返しだといわんばかりの攻撃が、恋次に当たったかはまた別の話としよう。

   しかしの顔がまだ赤かったのは、本当の話。



   そして、その日の晩酌の芸妓をさせられた

   危うく市丸にお持ち帰りされるところだったのを恋次が食い止めたのだった。


   その帰り道。




 
   「・・・じゃあ、今度は俺と賭けしようぜ」





   俺がお前を、落とせるかどうか。

 


   真っ赤になったにニヤリと恋次は微笑んだ。
 
   じゃあこれから試してやるよ、と呟いた恋次と次の日まで一緒にいたかは秘密。




   こんな賭け、


   勝者など、初めから決まっているようなものだ。


    
   もう俺は、もういいかい?ときかずにすむ。