じりじりと何かが胸を焦がす。

 夏の焼け付くような太陽とはまた別の何かが。

 それが理解できないほど、もう俺は子供ではなかった。













   甘いお菓子と籠の鳥















 甘いものが好物だったらしい天城は、どうやら翼のつくった
 
 ムースが気に入ったらしい。

 そしてそれをつくった翼にも、徐々に心を砕いた。 

  
 他愛も無い会話に翼の瞳が曇っていくのに、誰も気が付かない。
 
 




 「もう甲子園も決勝かぁ・・・じゃあ、もうすぐだね」






 夏の終わりも、とが呟いた。

 
 照りつける太陽の熱も輝く緑も変わらないが、蝉が

 以前ほど鳴かなくなってきた。


 

 










 自分の異変に気付かないほど、翼はあほじゃなかった。 




 (最近、変だ・・・)




 天城が好きな菓子をあいつが来る前に食べつくしてしまったり、

 キッチンに入れない天城をよそに急にと二人で料理をし始めたり、

 の傍にいるとらしくもなく取り乱すことがある。

 
 頭と行動がうらはらすぎて、翼は混乱していた。




 (これじゃあまるで、俺が)




 あとに続く思考を、頭をふって追い出す。 

 そんなことを考える余裕があるわけないだろう。

 しっかりしろよ、俺。




 「あのね、翼にいってなかったことがあるんだ」

 「なに、急に」

 「あたしの婚約者って、遼一なんだ」

 


 今日の隠し味はオレンジピールなんだ、というような
 
 軽い口調で発せられた言葉。

 
 頭が、一瞬だけ真っ白になる。

 紅茶を一口飲んで、思考をもとにもどす。

 


 「母親に言われてブチ切れたきっかけになった、婚約者?」

 「うん。破棄した婚約者」

 「なるほどね」 

 


 でも、天城に婚約しようという気も、破棄した気もないように

 翼にはみえた。  
 
 も特に恥ずかしがる様子もない。 
 




 心の靄が、一気に濃くなった。


 

 しんとした心の一番奥で、真芯だけが燃えさかる。

 痺れるように脳髄が疼いた。

 


 「俺もいってなかったことがあるんだ、

 「なに?どうしたの」
  
 「・・・しばらくここに来れないかもしれない」

 「え、どうして?」

 

 しっかりしろよ、俺。

 思い出せ。隅々まで読んだ書類を。初夏の玲の表情を。




 「ちょっとね」

 「やだ、なんで。ムースは?教えてくれる約束じゃん!」 




 取り乱すに、翼は目を見開く。
 
 まだきていない天城のことなどすっかり頭から抜け落ちる。
  





 「いなくならないで、お願い!またひとりになる・・・っ」 






 目を伏せ、今にも泣き出しそうなの姿は
 
 普段の気丈な様子からは想像も出来ないほど弱弱しかった。

 愛しい、と感じてしまった。


 





 「・・・ばーか」



 
 


 身体が勝手に動いた。

 手を伸ばし細い身体をひきよせ、抱きしめる。

 菓子とは違う、いい香りがした。





 「翼・・・?」





 瞬間、現状を把握する。

 自分の腕の中にいると、強く回した両腕。

 かっと体中が熱くなる。




 「嘘だよ」




 そっけなく口から出た言葉と同時に身体を離す。

 不思議そうな顔をしているにデコピンを一発くらわして

 翼は背を向けた。

 
 それからの数時間は、まったく覚えていない。


 



  

 
 




 両腕に残る確かな感触。

 香りが、熱が、頭から離れない。

 
 あれを、俺だけのものにしたい。


  




 「わかってるわよね?」




 


 自分の泊まっている屋敷の玄関に、出迎えるように玲が立っていた。

 おかえりなさい、ではない言葉と淡白な口調。
 
  
 また大量の書類を渡され、代わりに現状報告を書き記した書類を

 冊子にしたものをわたす。 
 

   
 アンティーク調のソファーに座った玲は、もう一度繰り返した。

 上品な仕草で、けっして微動だにせず、ゆっくりと。

 わかってるわよね?と。


 

 「何が?って答えるべきなのかな、俺は」




 玲に誤魔化しは通用しない。

 


 「わかってるよ」 
 



 この感情は無意味だということも。

 何かを手に入れるには、犠牲がいるということも。

 調印をした、契約も。




 「自分のすべきことも出来ない子供じゃないわよね」

 「忘れたつもりはないよ」




 長い月日が経って、様々なものが変わってしまったけれど。

 


 「情報が足りないわ」

 「・・・了解、社長」
 



 時間がない。
 
 時はゆっくり流れたとしても、決して止まることはないのだ。