一週間も待ったんだから、いいよね?
彼はそういったけど、実はずっと前から腹が据わっていた。
甘いお菓子と籠の鳥
「じゃあ、あたしの事を話そうか・・・。ドロドロで翼には縁が無いお話を・・・・」
そういうと、はそっと目を伏せた。
“”のお嬢様。
社交界の華。の名に恥じない可憐な蝶。
小さい頃からの英才教育。
知らない大人に囲まれて。親しい人なんていなかった。
話しかけても、返ってくるのは機械みたいな無機質なものだけ。
「私が心から話しかける相手なんて、・・・・・・・」
ピアノ、声楽、茶道、華道、日本舞踊、社交ダンス・・・。
遊ぶ暇は作ってはいたが、それでも普通の人よりは凄く少ない。
広い屋敷の中で、小さい頃から一人で食事をし、遊ぶ相手もいなかった。
町に出たことはあるが、屋敷から出ることなど半年に一回くらい。
自分は人間なのか、不安になった。
私は人間? それとも自分が人形と気付かない愚かな人形?
表情は薄くなり、生きているのか、死んでいるのか、寝ているのか、
自分が行っていることなのかさえもわからなくなった。
人形のような日々。
自分の意思とはお構いなく、周りはどんどん動いていく。
でも、これが当たり前の毎日だった。
「“お嬢様”って小さい頃は絵本のお姫様みたい、なんていっていた気がする」
小さい頃は、縛られた習い事だらけの生活も
「よくやったわね。立派よ」
って、母が言うのが嬉しかったから、何の疑問も持たなかった。
「・・・・・・・・」
「でもね、年齢を重ねた今は違う」
何も知らなかったあの頃とは。
体も心も成長した。
「社交界だのお得意様だの愛想笑いだの、腹が立ってくるだけのものになった。
知らないおっさんに笑って、お世辞を言って。
着飾って、外見だけで、家柄だけでしか人を見ない奴ら。・・・・・・・反吐が出る」
絵本のお姫様みたいな服を着て、綺麗な装飾品をつけて。
煌びやかな舞台に立ち、知らない私を演じてる。
少しでも安いものを、質素なものを身に着けると、クスクス響く嘲笑い。
大切なものは、お金と名誉。世間体が第一優先。
身分が低いと自分と同じ人間だとも思わない。
着飾って、家柄だけを見て、本人の事は全く見ようともしない。
世は平成だというのに、上級者社会というのは全く変わらぬ貴族の欲望。
もちろん、母親だって、血が繋がっている人だって変わらなかった。
「・・・・・同感」
「母はあたしを自由に動かせる人形だと思ってる。
あんな奴の股の間から自分が生まれてきたんだと思うと・・・・・・最悪」
「、下品」
自由なことができる世の中に、と昔の人が頑張ったのに、変わってはいない。
“”の屋敷という巨大な籠に閉じ込められたは、
ただ時が経つのを見ているだけだった。
「でも、」
そんな12歳の冬。
母があたし以外の家族全員を連れてパリへ仕事に行った。
「しかも、2年間も帰ってこないって。あたしは飛んで喜んだわ。
そのとき・・・・・・・・あたしはお菓子作りを始めたの」
にとって、母がいなくなるのは最高の出来事だった。
茨のような監視がなくなったそのとき、はあることに興味を持った。
・・・・・・・そう、お菓子作りに。
興味を持ったらすぐ行動!なはお菓子作りを学んだ。
そして、将来はお菓子職人。パティシェになりたい!そう思ったのだ。
もちろんこんなこと、
『女は美容と教養。実際に行うことなど考えずに、知識をつけるのです。
その手で食べ物を作るなど、もってのほか!』
・・・これが口癖な母がいたら、できるはずが無い。
は母がいないそのときに、パティシェとしての修行を積み、
プロの職人と同じ力量といわれるくらいの力をつけたのだった。
怪我だってした。楽しいだけじゃなかった。・・・でも、やっているんだという喜びのほうが勝った。
都合が良すぎるほどだったが、やりたいという欲求から知識もすぐ入っていき、
実際才能もあったのだろう。自分でもわかるくらい実力がついていった。
そして、母が帰ってきたときには腕前も確かになり、は職人になることを決めていた。
「でも、母が帰ってきてからは堂々と厨房を使うわけにもいかなかったんだよね」
それでもは諦めずに隠れてお菓子を作り続けた。
「やりたいことを我慢するのは、もうたくさんだから」
そんなあるとき、母がの部屋を訪ねてきた。
いつもはのいる南の方には近づこうともし無いので、珍しいことだった。
「、あなたの婚約者が決まりました。
あなたは、その人といずれ結婚し、この家を継ぐのです」
母は平然と言った。逆には固まって、世界が回った感じがした。
「ふざけんじゃねぇよ、クソババァッ!!って叫ぶところだったわ。
いきなり帰ってきて結婚よ、なんて。あたしの意思はどこいったんだっての!」
「・・・・ありがちだね」
嫌で嫌でしょうがなかった。
しかし、母の言うことは絶対だった。
・・・・・・・・・・・でも。
「だから、あたしは母親に言ったの。あたしはパティシェになるのが夢だから。
誰にも邪魔させない。結婚する気もなければ、家を継ぐ気も無い、って」
「そしたら?」
「そしたら、母は怒り狂った。もう、そこで大喧嘩。
嬢言葉を崩さなかったのは、長年の業だと自分で感心するわ」
初めて母に逆らった。
味方なんて誰もいない。屋敷の全員が看守のようで、敵だった。
自分がまるで、王に逆らっている逆賊のような気がした。
それでも、自分が正しいと自分自身を信じ続けた。
「で、なんでここにいるの?」
「大喧嘩の末、あたしは母が誕生日の時に買ったこの屋敷に引きこもったのよ。
使用人もいらない。大切な娘を殺したくなかったら、食料の注文だけはやってください、って」
「自分が人質なわけだ」
「引きこもったと同時に閉じ込められたとも言えるけどね。
頭を冷やしなさい!ってこの屋敷に来るとき怒鳴ってたから。傑作だったわ、あんときの顔。
家事を全部自分でやって、お菓子を作って・・・・・・素敵な毎日よ」
「嫌なお嬢様だね」
初めて自分で働いて。
自分でやるのは失敗も多いけど、楽しかった。
自分はちゃんと生きてるんだ、って実感した。
人形じゃない。ちゃんと生きて自分の意思を持っているんだ。
「それは褒め言葉だわありがとう。でも、夏が終わるまでに答えを出せってさ」
「答え?」
「『あなたがそんなことを言ったのも、一時の気の迷いです。
疲れていたのですね、あの屋敷に行って療養なさい。
頭を冷やしてからもう一度聞きますから。あなたの意思はどうなのか』」
が母のマネをする。
冷たい、自分の言葉に間違いは無いと信じている言い方。
「・・・・・・・・あったま固いババアだね」
どんなに時間が経とうが、の意思は曲がらない。
絶対、家なんか継がない。
パティシェになる。いつか店を持って、いろんな人にお菓子を食べてもらう。
「これで、あたしの身の上話は終了。質問ある?」
「家族構成は?」
「実の母と父親。父親は外国いって帰ってこない。どうせあっちで愛人作ってる。
あと、妹。滅多に逢わないよ、向こうもこっちのこと嫌いみたいだしね」
「泥沼。の家って貴族の出なの?」
「うーん、そうみたい。随分前から華族だったらしいよ。
ドイツだっけかの貴族がウチの先祖と結婚して、完全な貴族の血とかなんとか腐れ執事が」
「筋金入りか。頭悪そうな連中バッカだろうね、きっと」
嫌だ嫌だ、と翼は首を振る。
そんな様子が少しおかしくて、は少し笑った。
「そういえばさ、何でこの屋敷が“”のってわかったの?」
「何、今更」
「なんか、今思い出して。初対面で普通に言ってたから」
「そんなの、屋敷の大きさとマーク見たに決まってるだろ」
「マーク?」
「“”の会社とかに必ずあるやつ」
「あったんだそんなの」
へーえ・・・。
そういわれてみれば、屋敷のあちこちに何か模様が描かれていた気がする。
どういうのなの?ときいても、翼は自分で見ろと言いそうなので
今度暇があったら見てみよう。
どういう意味か聞いたことある?と言った翼にさぁね、と答え
は自分のカップに紅茶を注いだ。
翼は俺のも淹れて、と言うと、の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、」
「何?お茶入ったよ」
「・・・俺たちはいつまで、こうやって茶飲んでられる?」
「・・・・・・・・・・・望み続けているかぎり、じゃない?」
翼の言った言葉の深い意味は考えなかった。
考えたくなかった、といった方が正しいけれど。
言いたいことは全部言った。
もう自分に秘密はない。彼にもないだろう。
これでやっと腹の探り合いなしに、楽しく笑っていられるのだ。
楽しい楽しい、この時間が望む限り続くように。
そう、願いを込めるようにして
今日も明日もあたしはやりたいことを続けていく。