期限にはまだ早い。
だから、もう少しって甘んじていたのかもしれない。
自分の心に正直、に。
甘いお菓子と籠の鳥
ふざけんな。
玲に見せられた書類の期限はまだ先だった。
あの傲慢な母親は、たった少しの日々すら待てないっていうのか?
翼はテラスに上り、開いている窓から屋敷の中にあがりこんだ。
不法侵入?そんなこと構ってられるほどの余裕は無かった。
屋敷の内部はわかっている。
先ほど玄関に入ったのだから、まだそこの階段辺りにいるだろう。
案の定、下での声が聞こえる。
広い屋敷のなかではそれは小さくなり、何を言っているかはわからなかった。
さっきの奴は誰だ?
何では屋敷に招き入れた?
不安、とは言いたくないが頭に次々疑問が湧き出る。
「!」
ちょうど階段にでたとき、と鉢合わせた。
しかしは何事?といわんばかりに目を見開くだけで、
すぐににっこりと笑った。
「翼、きてたんだ。いらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・」
あまりに呑気なその言葉に、頭に上った血も
暑さで鈍っていた頭も、すっと降りた感じがした。
そこでようやく、と一緒にいる奴の姿を確認できた。
金色の髪の、男。
意外な人物に翼は驚き、一瞬思考が固まった。
しかし、何より相手のほうが驚いていて
間に挟まれたは首を傾げるだけだった。
昼を食べるとこだったの、といって
翼たちをテラスに案内した後、はもう一度屋敷の中に戻っていった。
先ほどまでたまらなかった汗が、今はすっかり引いていた。
「まさか、お前がと知り合いとはね」
「・・・それはこちらの台詞だ」
二人ははぁ、とそれぞれの思いの乗った溜め息をついた。
顔見知り、なんてもんじゃない。
知り合いの域に達するほど、こいつとは面識がある。
・・・まぁ、相手は俺のこと苦手そうだけどね。
ボロクソに言ったのが応えてるのかな。
とはいっても、仲の良いわけではないので
二人の間には微妙な沈黙が走る。
聞きたいことはあるが、ある程度はから聞けそうなので
今はあえてやめておこうと思ったのだ。
「お待たせ!」
そこにちょうど、大きな盆を持ってが戻ってきた。
相手が助かった、という顔をしたのは見逃してやろう。
は盆から、ガラスの透明な皿を各自のイスの前に置き、
真ん中に氷の入った大きな半透明の器を置いた。
「今日は暑いから、素麺。遼一も大丈夫だよね?」
「あぁ」
仮にもお嬢様が素麺食うのかよ。
翼は心の中で呟く。
他の皿には見事に薬味が入っており、めんつゆまでばっちりだった。
もうこいつに常識のお嬢様は通じないのだろう。
空気を読むこともせず、ただ目の前の素麺を
一人であっという間に食べつくしたに、ただ翼は溜め息をついた。
「・・・というわけで、遼一は小さい頃からのお友達です!」
「初めて会ったのが、の5歳の誕生パーティー」
「めちゃくちゃボンだったよね、遼一」
「・・・どういう意味だ」
「そのまんま」
音も立てずグラスを置いて、は自分の作ったマドレーヌに
手を伸ばす。
「ちなみに遼一は妹の元婚約者ですわよ」
「ブッ!!」
グラスを割らんばかりの勢いで怒りを堪え、天城遼一は
飲んでいた紅茶を少し噴いた。草むらに赤銅色の水滴がついた。
・・・汚いな。
「まぁそんなことは置いておくとして、遼一」
「自分で言ったくせに」
「細かい男は嫌われるわよ。で、何で来たの?」
「久しぶりに逢った味方にいう言葉がそれか」
力関係はどうやらの方が上らしい。
天城・・・となると、大企業の御曹司だ。
5歳からの付き合いで、おそらく親同士が繋がりを持ちたかったのだろう。
外に出されることの無かったの唯一の遊び相手。
まぁ、下心はミエミエだが、にとっては気の置けぬ相手だ。
「味方?」
「あ、うん。アタシの身の上は話したでしょ?」
「まぁね。引きこもりのお嬢様」
「うっさい。お菓子作るのに協力してくれたのよ」
ね?とは天城に視線を向ける。
「不本意だけどアタシの母親に頼んだり、妹を口説いてどっか連れてってくれたり」
「口説いた?」
「うん。遼一坊ちゃまは見目麗しいから、ツボだった妹がオチたのよ」
「口説いてなんかいない!」
「珍しく土産に花持って高圧的な態度でものいえば、ツボな乙女はオチるっての」
「・・・別に口説いてはないんじゃない?」
マドレーヌに手を伸ばす。
オレンジピールが口の中で爽やかに香る。
「そこまでならね。でもこいつその後我に返って引きとめようとした妹に
『悪いが、俺が今欲しいのはだ。連れて行くのは構わないが、それはまた今度にして欲しい』
とかいっちゃったわけよ!聞いてて恥ずかしかったわ」
「・・・・・・・・・」
「しかもそれじゃ終わらなくて、『でも、その花はお前のだ』とかいっちゃってさ」
くっ、と天城が赤くなっていくのがわかる。
しかしの口は止まらず、翼はついに堪えきれなくなり噴出した。
「ブッ、こ、こいつが・・・っ?」
「天然にも程があるってのねぇ・・・くっ・・・おかげで妹はもう完全に遼一ラブよ」
「今欲しいってことはその後は自分かもしれないって・・・くくっ・・・思うだろうね」
「そうそう、次はいついらっしゃるの?なんて完全に・・・くくっブッ・・・王子様」
「・・・くくっ」
「笑いたいなら笑えばいいだろう!さっきからなんなんだお前たちは!」
ついに天城がキレたが、も翼もそんなことを気にすることなく
照りつける太陽が沈むまで天城をからかい続け笑っていた。
笑っている人が、いつも幸せとは限りませんよ。
その関係が、こんな日々が、ずっと続くかどうかは、誰も保障できませんよ。