くるり、くるり。
風車は夏の生温い風で絶えず回る。
甘いお菓子と籠の鳥
それからというもの、天城は二人きりだった屋敷に
毎日やってきた。二人だけの空間が乱された感覚が心の中で燻ぶる。
「遼一、そこのベーキングパウダーとって」
「べ・・・?なんだ、それ」
「膨らし粉だよ。そんなものも知らないの?はい、」
「ありがと」
このくそ暑いのに、焼き菓子などよくつくれるなと思いつつ
翼は楽しそうに生地を混ぜるに手渡す。
菓子に対する知識は翼の方が断然勝っていたためか、天城は
キッチンへ立ち入り禁止だった。
いわく、
「金持ちの坊々に料理はろくなことにならない」
だそうだ。
焼きあがった菓子を待っていると、キッチンから大きな物音がした。
翼と天城は慌てて駆けつける。
そこには、菓子をのせた皿を持ったまま硬直する。
「ぎゃー!く、くく、くぅぅ・・・!」
「うるさいよ。なに奇声発してるの」
「く、」
半ば呆れ、苛立ちながらを一瞥する。
すると後ろから天城が慣れている様子でいった。
「・・・蜘蛛ならもう追い払った」
「さすが、遼一・・・!ちゃんと殺してないでしょうね」
「窓から捨てた。いい加減、蜘蛛ぐらいで騒ぐな」
「もとはといえば遼一がくれたプレゼントのせいでしょ!」
「不可抗力だろ」
いつの間にか昔話に発展していく二人の会話に、翼は外へ出て行った。
疎外感。出逢ってから経った月日はまだ浅すぎる事実をつきつけられる。
照りつける太陽も、生温い風も、あの場より翼には心地よく感じた。
そんな日々が、一週間ほど続くと、
日々屋敷に向かう足取りは重くなり、行く意味さえ疑うほどになってきた。
(そうだ、は食べてくれれば別に誰でも、)
俺じゃなくても、いいんだ。
「翼?行かなくていいの、屋敷」
玲の声で我にかえる。
頭の中でリフレインする、幼い頃の記憶と多くの書類。
忘れるな。夏休みなど俺には無いのだ。
(くそ・・・面白くない)
「「パンナコッタ?」」
イタリアのデザートの?とが聞き返す。
「そう、それ以外にはないだろ」
「でも、」
「キッチン貸りるよ」
俺は、少しでも多く此処にいなくてはいけないんだよ、天城。
視線に気付いたのか、天城は何か言おうと口を開く。
しかしその前に翼は二人の前を去った。
天城を挑発する瞳と口元だけは、忘れずに。
天城・・・大企業の御曹司が、毎日ここにくるってことは
尋常ではない。
特に昨日は本邸で“”主催のパーティーがあったはずだ。
噴水などが多い離れに近い場所でのお茶会は、多くのものが出席し
・・・たぶん、についても話されただろう。
その中で、天城の立場はどうだったのか。
玲の資料にも無い。妹の元婚約者ということは、今は誰の婚約者だ?
なぜ今更になって軟禁状態のこの屋敷にやってきた?
天城遼一は、誰側の人間なんだ?
不明快な点が多すぎる。
情報を仕入れるためには、天城を追い出すわけにもいかなくなった。
・・・譲歩するしか、ない。
「すっごーい・・・」
「普通じゃない?これくらい」
「うわー嫌味。でも今なら許せるから不思議だわ」
パッションソースでエキゾチックな味わいなパンナコッタ。
フランボワーズ、ブルーベリー、ブラックベリーの層に
グロゼイユのフリュイルージュソースの層に
フリュイルージュソースの層にカスタードクリームの層
の順に重なっているひんやりと冷たい甘さも控えめなムース。
パイ、ノアセット、生クリーム、ミルクチョコクリーム、
ブラックチョコクリームの重なったもう一種のムース。
彩りも出来栄えもすばらしい三種の菓子が、テーブルに並んだ。
はただ目を輝かせて、それらをみつめる。
「翼、本当になんでもこなすんだ・・・」
「パンナコッタだけじゃ物足りないかなーって思ってさ」
「充分すぎるわ・・・!」
「まぁ前に食べたことあるやつを真似しただけだから、俺のレシピじゃないしね」
そう考えれば初めて作ってもらった翼の手作りに、は同じく呆然と
目の前の菓子をみつめている天城を急かしてテーブルにつく。
「やっぱ翼はすごいわ!明日この作り方おしえて!ね!」
甘い菓子に誘われて、天城の態度もほぐれていった。
攻めるなら、明日以降。
(まずは、成功・・・っと)
自分の居場所さえ確保すればいいはずだった。
心に続く靄は天城に微笑むをみるたびに濃くなっていく。
認めたくない、と心のどこかが警鐘を鳴らす。