その、夜。
なんだか渡せたらいっきに力抜けて、は帰って早々ベッドに突っ伏した。
明日オフでもうキャンプかぁ・・・。
さすがに海外はいけないしな・・・。
てかあんなに人気の選手ばっかいるのにバレンタインにキャンプって!
全国のファンが泣いちゃうよ!というか私も泣いちゃうよ!どうせ渡せないけど!
「・・・上原選手のだったのかなー」
ゴロゴロと布団の上で時間を浪費しても、全くなんにもない。
少女漫画だったら、きっとこんな風に返したりしないで電話がかかってきて
渡すために直接会って、お礼で食事なんかして・・・とかあるんだろうなぁ。
でも現実の私ができたのはさりげなく返すだけ。
電話番号見ちゃったのが申し訳なくて、自分の連絡先はメールアドレスじゃなくて
携帯の番号書いちゃったってことくらいしか大胆な行動はなし。
あーあ、意気地なし。
友人にいったらきっと「ばっかじゃないの!?せっかくのチャンスに!」って
怒られるだろうなぁ。
でも今日、私だけに向けられたあの笑顔は、本当に嬉しかった。
それに帰りにあの喫茶店に寄ったら、上原選手はその店のお菓子が大好きって
いうのがきけて、いつも差し入れはあの喫茶店で買っていたから、本当によかったって
わかったし。
それだけでもいいことだよ、うん。
まぁ店主とは仲良くなったっていっても、選手が来るかどうかは教えてくれなかったけど。
友人のくれたイルカの抱き枕にぎゅーっとしがみついて
ゴロゴロと何回も転がる。結局どうなったのかな、そればかりが気になる。
そして、自分の携帯電話から、どうやっても意識が逸らせない。
あーもう今日は早く寝よう、アロマでも焚いてゆっくり休もう、うん。
すると、
携帯電話の着信音が響き渡った。
メールではなくて、電話。しかも友人用じゃない。
表示をみたら、登録されてない番号。
だけど、これは、みたことのある、番号。
「・・・・・・・・!?」
イルカを放り投げるように飛び起きて、は電話に出た。
心臓は、不安と期待で潰れそうだった。
「も、もしもし・・・?」
だって、まさか。
「あ、こんばんは。上原淳です。携帯、ありがとう」
「え、あ、はいっ」
「今日練習きてくれた子であってるよね?」
「は、はい」
「よかったー。本当、困ってたんだ」
明後日からキャンプだし、買いに行く時間もないからさ。
耳元から聞こえてくるのは、大好きな、上原選手の声。
練習グラウンドで聞くような言葉づかいじゃなくて、ちょっと砕けた
素のような言葉たち。
「う、上原選手、ですよね・・・?」
「うん、そうです」
くっ、と今日昼に聞いたのと同じ笑い方。
あぁ、本人だ。
「そうだ、明日空いてる?」
「は、はいっ」
「お礼したいんだ。いつもくれる差し入れの喫茶店に15時で」
じゃあね、と電話は切れた。
え、ちょっと、どういうことですか?
混乱したままの頭で、とりあえず今日は最大限の保湿とパックをして
明日の服考えなきゃ!とあわあわと動いて夜は更けた。
挙動不審で警察に捕まるんじゃないかって思うくらい
そわそわしながら、はいつもの喫茶店の前にいた。
あれ、今日って水曜日だから、お店休みじゃなかったっけ?
しかし店の中は電気がついていて、いつもと違うのは
今日のおすすめケーキが書いてある看板が出ていないというだけ。
「いいのかな・・・?」
恐る恐るドアをあけると、心地いいベルの音が響いた。
そして、店主の満面の笑み。
「いらっしゃい。今日は特別だよ」
うふふ、と笑って店主は店の奥に去っていく。
店内には誰もいなくて、はいつも通りの席に座った。
携帯電話を見つけたのもこの席だった。
「はい、いつもの。もうすぐマフィンが焼けるわよ」
いい香りと共に紅茶が置かれ、店主はにこにこと嬉しそうに
をみて微笑う。
お礼をいって、紅茶を一口飲むと、少し鼓動が落ち着いた。
あぁでも私、変じゃないかな。
気合入れすぎてもなんだからって、少しだけ背伸びしたの変じゃないかな。
もっとやるべきだったかな。むしろいつも通りの方がよかったかな。
ああもうどうしよう。てか言われたとおりに来ちゃったけど本当に来るのかな。
の葛藤が読めたように、店主はふふっと笑っての頭を撫でた。
彼女にとって自分は孫のような存在だと前にいっていたのを思い出す。
「大丈夫、ちゃあんと可愛いわ。自信を持っていいのよ」
そう言って店主はまた店の奥へと行ってしまった。
時計をみると、15時5分。
しかし店内はだけだった。
やはりあれはいたずらだったのだろうか。
それとも、からかわれたのだろうか。
少し、泣きたくなった。
チリンチリン。
ドアについたベルが鳴った。
振り返る。
「ごめん、遅れた」
ニット帽をかぶっていて、練習にくるときとはまた違う私服の上原が
駆け込むように入ってきていた。
をみて、ごめんと苦笑すると向かい側の席に座った。
「ありがとう、わざわざきてくれて」
「いっ、いいえ。むしろすみません!貴重なオフに・・・」
「いやいや!本当に助かったんだ。ないと困るしさ」
本当に、現実だろうか。
プロの選手が、私の目の前で一緒に座ってる。
「どうしてもお礼したくて、お願いして今日ここ開けてもらったんだ」
にっと笑うと口からみえる白い歯がまぶしい。
そして童顔が、さらに幼く見える。
私より5歳も年上なのに、なんだか年下みたいな笑顔だ。
「俺、しょっちゅうこの店来るからさー」
落としたのここじゃないかなって思ってたんだけど、ないっていわれて
もういろんな奴に文句言われて大変だったんだ。
いつもここのお菓子くれるから、すっごい嬉しかったし、ここなら会えると思ってさ。
あ、そうだ、と上原が申し訳なさげに切り出す。
「あのさ、電話帳ってみちゃった?」
「いいえ!誘惑には勝ちました!申し訳ないですし、人のみるなんて」
「よかったー!実はさ、それ確認しろってクラブがうるさくてさ」
「ですよね・・・大丈夫です、みてないです。上原選手のもメモってないです」
「本当?まぁ疑ってなかったけどね、俺」
上原は、店主が運んできたコーヒーにお礼を言ってから
たくさんミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。
うわ、甘そう。
「だってこっそり返してくれるような子だもん」
普通なら嬉々としてそれを口実に話しかけてくるだろうけど、そんなこと全くなかったし。
それにいっつもあんな純粋に楽しそうにサッカー観てくれる子がそんなことするなんて
全然思えなかったし。
いつも手紙と差し入れくれて行っちゃう恥ずかしがり屋な子だしね。
「本当に、ありがとう」
は一言一言を忘れないように、夢心地の意識をなんとか保っていた。
嬉しい。嬉しい。
だって、上原選手は、ファンの子としてだけれども、ちゃんと私をみてくれていた。
「・・・明日からのキャンプ、頑張ってください」
なんにも言葉が思いつかなくて、うつむいてしまって。
結局出てきたのはそれしかないのか!って自分でつっこむくらいの言葉だった。
でも上原はまた、くっ、て笑ってくれた。
店主の焼いてくれたマフィンを一緒に食べて。
少しだけれども会話をして。
すると時間は瞬く間に過ぎてしまい、日が傾いていた。
「ごちそうさまでした。大層なこともしてないのに、ありがとうございました」
「いーや、ほんといい子に拾ってもらえてよかった」
本当はいい子じゃないよ。
上原選手の番号、登録したいくらい。本当は、みんなに自慢したいくらい。
番号なんて覚えるほどみつめてしまっていたもの。
またこうして会いたいだなんて、思ってしまっているもの。
ううん、電話だけでもいい。メールだけでもいいから、これを機に近づきたいって。
今にも口に出してしまいそうなんだ。
だから、今日はずっと大人しくしていただけ。
嫌われたくない。
ファンの子でいい。ちょっといいことしてくれた子でいい。
これからまたあの笑顔をちょっとでいいから見られればいい。
それが、私には相応だから。
これ以上いたらまた欲がわいてしまいそうなので、はぺこりをお辞儀をして
去ろうとする。
「じゃあ、本当にありがとうございました」
キャンプ、頑張ってください。
「・・・あ!ちょっと待って!」
?
声にびっくりして、視線を向ける。
「俺の番号、登録しておいて!」
そこには、満面の笑みで携帯電話を持っている上原。
指で遊ぶのは、いつかがあげたのに似ているストラップ。
「これ、大事なものなんだ。だから無くしたくなかった」
レアなものじゃないけど、好きっていっていた漫画のキャラクター。
「君が、くれたやつ」
まだ代表さえ怪しかったときにくれたもの。
真っ赤な顔で、でも本当に応援してるって目がキラキラ輝いていた。
中学生の頃の選抜の大会から見ていたって書いてあるファンレターは
俺がプロになってから初めて言ってもらえた言葉で。
ずっと応援していてくれていた子は、確かに支えになって。
あのとき試合なんてほとんど出てなかったのに、それでも俺のプレーが
大好きだっていってくれて。
定期的にくれる手紙が、どんなときも力をくれたんだ。
それをみれば頑張ろう、って思えたんだ。
「また、電話する!」
よろしく!
そういった上原の後ろには夕日が輝いていて、眩しくって
どうしても胸がきゅーっと苦しくて、は目が潤んだ。
毎晩12時、鳴り響く着信音は固定のもので。
二人の心を、少しずつ繋いでいった。
・・・その先は、まだ秘密。
11.02.10