毎日がキラキラしてて、何をやっても楽しくて。
屋上の広い空とか教室の息苦しさとか
古典のどうしようもない眠さとか
お祭りイベントの異様な盛り上がりとか。
「もう、昔なんだよなぁ・・・・・・」
あの頃の女の子らしい字とは違う、丁寧なワープロ字で
書かれた紙を半分に折り、バックの中にいれては玄関を出た。
その案内にはでかでかと『瀬田第三中同窓会』と書かれていた。
過去から踏み出そう一歩
今ではもう歩かなくなっていた並木道を一人歩いていく。
中学生のときは、のんびり歩いたり
遅刻ギリギリで走ったり、時には誰かの自転車に乗せてもらったりして。
そんな風に通っていた並木道。休日なのもあって、たくさんの人が歩いていた。
「・・・・・・うっわー、懐かしい」
久しぶりに来た中学校に、思わず出てしまった言葉。
あれからまだ全然経ってないのに。今とは違う生活が時間がそこには流れているようで。
路地を通ると見える駅とか、ほとんど人が来ない公園とか通り過ぎてきて。
今の生活では、反対方向にあるこの辺りはとても懐かしかった。
こっちこっち!
パス出せパスー!
なにぼんやりしてんだよ、次ゲームな!
昇降口に入るまでにある校庭は、変わらずあって。
部活の人たちだけがいた。今日はサッカー部。
変わってない、日程。
「サッカー、かぁ・・・」
懐かしい、あのころ。
サッカーといえば、今でもあの人が浮かぶんだ。
*
ふらふらと歩いていると、しきりに自分の名前を呼ぶ声がした。
幻聴?
懐かしい、あの声。
もう聞くことはなくなった人。
来るはずない、君。
「やっぱり、じゃん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
久しぶりに会った君は、大人になってた。
背も全然伸びて、首が痛いくらい。・・・羨ましいなこの。
「わ、若菜・・・・?」
「うっわ、すげぇ他人行儀!前みたいに結人でいいっての」
「きたんだ、ね」
「おうよ!俺が来ないわけないじゃん、こんな楽しいイベント?」
「・・・・・それもそうか」
話し方も、テンションの高さも、変わってなかった。
なつかしの、若菜結人がそこにいた。中身はあの頃のままで。
「いやー、あんま変わってなくてよかった」
「そういうときは綺麗になってわからなかったとか言うべきだよ」
「すげー。英士と同じこといってる」
「・・・・・・・・・褒めてんの、それ?」
こないと思っていた結人がそこにいて。
嬉しいような、悲しいような。複雑な気持ち。
「・・・じゃあ、仕切りなおしで。久しぶりだな」
「何それ。・・・久しぶり。日本代表選手」
「おう!天才ボランチだからな」
「置いといて。今日は大丈夫だったんだ」
「まぁな。開けておいたんだぜ、わざわざ」
「・・・・・・なんか、」
遠い人みたい。
その一言を、途中で飲み込んだ。
一緒にサッカーして、全くできない勉強を一緒に悩んで。
できる教科を自慢されながら、呆れられながら、教えてもらって。
たまに苦手教科で勝って、ちくしょう俺のおかげのくせに・・・なんて
言われながらも奢ってもらったりして。
あのときのアイスの味はまだ覚えている。奢ったのも忘れてないけれど。
そうやって、毎日笑って過ごした日々。
「なんか、何だよ?」
「・・・別に、なんでもないって」
「昔もよくはぐらかしたよな、お前」
「さぁって、なんのことやら」
二人の仲に隠し事はなかった。
点数だって、厭な事だって、楽しいことだって、共有していた。
ただ一つの、想いだけを抜かして。
・・・・そう、私の初恋。
「ってか俺、まだあのときの続き聞いてないんだよな」
「あのとき?いつの話だかわかりませーん」
「多すぎて俺も全部覚えてませーん」
「わぁ、結人の脳ミソの許容範囲増えてないんだ・・・・」
「可哀相な目で見んじゃねえよ!何だその哀れみに満ちた目は!」
「私なりの優しさですよ、若菜君」
「いらねぇよ!」
キーンコーンカーンコーン。
懐かしいチャイムの音が、廊下に響いた。
ここのチャイムはちょっと壊れていて、最後の音が外れる。
音痴なチャイムにいつもツッコミを入れていた。
「まだ直ってないんだね、この音痴」
「つーか、このチャイム鳴ったってことはもう時間じゃね?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
そういえば。
「は、早く言えってのバカ結人!」
「思い出しただけでもいいと思えっての!同類が!」
「私はちゃんと学力で学校行ったもんね。サッカーバカとは違う」
「俺はこれで生きていけるからいいんだよ!」
「どうでもいいけどさっさと行こう!」
いつもいつも。
授業もそうだし、昼休み、集会でもそうだ。
結人と話すと、時間があっという間に過ぎている。
遅刻が多かったのって、コイツのせいじゃん!
朝の登校もそれでよく駆け込んだ気がする。
立たされるのもいつも一緒。反省文も呼び出しもサボりだって。
「ほら、早くしろよ!」
「・・・・・結人が早いんだよ、一般人と体力差考えろ!」
「ゆっくり走ってるっての。じゃあ負けた方が奢りな!」
「ハンデで結人は歩け!」
「無茶言うな!ってか前と同じハンデかよ」
「だってそれしか思いつかない!」
懐かしいあのとき。思い出には必ずいる結人。
本人が目の前にいると更に懐かしく感じる。
戻りたい。戻りたい。あのころへ。
わかってる、戻れないのはわかっているけど、戻りたいと願ってしまう自分がいて。
「しかも会場って、私らの教室だから・・・・一番奥じゃんか」
「マジかよ!」
「あぁっ、ケータイで呼び出しまでかかっちゃってるよ」
「すっげー、次から次へと」
「電源切ってやる!若菜には何でかけないんだよ・・・ッ」
「俺ケータイ変えてから教えてねぇし」
「それもどうかと思うけどね!」
同じような会話。
離れていた時間なんて関係なく続く言葉。
あの頃に戻れた気がするようなしないような。
そうすると、ほら。
「・・・・・・・・・・・・・・・り、たいなぁ・・・・・っ」
「え?」
「なんでもないよ」
昔の恋が蘇るような感じがして。
今はもう、お互い違う道を歩んでいるのに。
私はもう、君を追ってはいないのに。君と同じ時間は流れてはいないのに。
その証拠に、毎日かけてた君の番号を私は知らない。
毎日かかってきた番号は今は表示されない。
「「・・・・・・ついた!」」
「おっせーよ、お前ら!」
「相変わらずその二人で遅刻ですか」
「我らが友情永久不滅!ってか」
「さぁ遅刻魔がきたところで、さっさと始めちゃおう!」
声と同時にクラッカーの音が鳴り響いた。
いつも教室に常備されていたものと同じ音。
久しぶりに会うクラスのメンバーは、やっぱり変わってなかった。
*
散々盛り上がって、先生まで巻き込んで。
気付けば予定していた終了時間を2時間もオーバーしていて。
近くにあったファミレスにそのまま皆で入っていって、また更に2時間。
店員に睨まれ始めたのに何人かが気付き。
しょうがないなぁ、なんて皆して口を揃えて言って
三次会が決定した。
決定したはいいけれど、今日はもうこの輪の中にいる気がしなかった。
「あっれー?三次会、は行かないの?」
「う・・・うん、ごめん。もう帰らないと、ちょっと用事があってさ」
「そっかー」
三次会のカラオケの前で皆が入っていく中、は立ち止まった。
残念そうな顔していたけれど、どうせここら辺に住んでいる人たちばかりだから
いつでもばったり出くわしたりする。
だから皆明るく、バイバーイ!と手を振ってくれた。
すると、その集団の中から走って一人出てきた。
「なんだよ、お前帰んのかっ」
「・・・・うん、ちょっと用事」
「忘れるとこだったっての、電話番号」
「おー、ありがと。代表選手の知ってるなんて私って凄い人じゃん」
「自慢していいぜ。可愛い子大歓迎」
結人はケータイをいじって、チラシの裏に番号を書くと
ほら、と渡した。
チラシはカラオケの入り口にあったもので、ペンもそうだった。
おいおい。持ってきたのか、こいつ。
あまりにも結人らしくて、ふきだした。
つっこみたいことはたくさんあるけど、あえて流して
ありがと、と笑った。
「バイバイ、またいつか」
「・・・なんか、やな言い方だな」
「だって接点ないじゃん?」
「あ、今度テレビでやるぜ、U-19の試合。夜中だけどな」
「ほんと?良かったね。でもムリムリ、私そんな起きてられないし」
「うわ、ガキかよ。まだ一日9時間とか寝てるわけ?」
「さすがにそこまで寝てないって。小学生じゃあるまいし」
嘘だな、絶対授業中寝てるだろお前。合わせたら9時間以上いくって。
なんて結人は笑った。
どうせ古典と数学は寝てるよ、気が付くと。
「あれ・・・・夜中ってことは海外?」
「まぁな。羨ましいだろ、今日だってちょっと前に帰ってきたばっかなんだぜ」
「羨ましいけどお土産欲しかった」
「そっちかよ!」
ケラケラと、二人で顔を見合わせて笑った。
笑っているけど、涙が出そうで。
これ以上結人と一緒にいると、涙が止まらなくなりそうだった。
「じゃあ、バイバイ」
「・・・・・あぁ、またな」
帰ったら掛けるよ、とそう言っては手を振って
帰っていった。それぞれの、道に。
行くときとは違う道を通って帰っていった。
思い出がない場所へ、ない場所へ、と。
帰って玄関の鍵を開けて、後ろ手で鍵を閉め、そのまま電話のところまで小走り。
バックもそこら辺に放り出す。あ、ガチャって音した。
掛けるのは、チラシの裏の番号。
「『もしもし?』」
「もしもし、結人?」
「『おう、俺、俺!』」
「・・・・・・詐欺ですか」
「『乗るなっての!みんなのアイドル天才ボランチ若菜結人君でーす☆』」
「この歳になると痛いよ、それ」
「『うるせぇよっ、自覚あるっての!』」
よかった自覚あって、とが笑うと受話器の向こう側で
歌が聞こえた。聞いたことがある曲。
まだ、カラオケにいるらしい。
皆飲んでそうだなぁ。まだ一応未成年ですからねー。
「にしても、よく出たね」
「『みんな失恋とか恋愛話なんだよ。告白されまくってるぜ、俺』」
「なんか今更じゃん?」
「『でもいたたまれない雰囲気だったから、逃げるついで』」
「あれ、王様ゲームじゃないの?言ってたじゃん皆」
「『・・・・・・・・・それも同時進行中』」
何か少し間があった気がする。
だーい好きよ、なんていう歌が受話器から聞こえてきた。
あぁ、ホントに恋愛話。
「『まぁ、よかった、掛かってきて』」
「たまーに料金払い忘れで繋がらないんだよね」
「『アホ?』」
「一人暮らしだから忙しいの!」
今日は夕飯作らなくていいみたい。
散々食べてきたからね。回し食いしすぎだよ。
『ほーら、若菜!早くしろって!』
『ば・・・っ、声でけぇよ・・・!』
明らかに酔っ払った大声が受話器から響いた。
耳が痛かった。思わず受話器を遠ざけてしまった。
『今から若菜の恋愛話ー!』
『『『おぉぉー!!』』』
『電話繋がってるんだっての!』
・・・・・なんか。
切っていい?と聞きたくなってしまった。掛けた方なのに。
「・・・・あ、?切んなって!」
「でも、なんか盛り上がってるし」
切りたかった。
結人に自分の行動が読まれてるのも癪だったけど、
そんなことを気にするよりも、電話を切りたかった。
そう思っていると、受話器の向こうが急に静かになって
バタン、という音が聞こえた。
どうやらトイレに避難したらしい。
「切るなら、最後に一言」
「・・・何?」
「・・・・・・・・・・俺、卒業式の日、お前に告るつもりだった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・なんの罰ゲーム?」
「本当だっての!・・・好き、だったんだよ」
「・・・・・だ、だった、だよね」
「まぁ、な」
知らなかった。
隠していたのは私だけじゃなかったんだ。
あのときそれを言われていたら、私はきっと結人と付き合っていた。
そしたら、今は変わっていたんだろう。
すぅ、と涙が頬を流れた。
綺麗な一筋だった涙はどんどん出てきて。
溢れて止まらなくなって。
受話器の向こうの結人に嗚咽が聞こえないように、
気付かれないように必死だった。
あのとき、卒業式の日に誤魔化した私の悲しみは何だったんだろうね。
「・・・・・・・・・・・・ごめん、バイバイ」
それだけ言うと、は電話を強引に切った。
受話器の向こうで結人が何か言おうとしていた気がする。
気付けば、さっきとは違う番号に電話を掛けていた。
もう、メモリーを見なくてもわかるほど完璧に覚えてしまった番号。
クッションを抱きしめて、ただ相手が出るのを待っていた。
「『もしもしー・・・?』」
「・・・・・・・・・平馬」
さっきまで寝てました、みたいな声で相手は出た。
よかった、彼だ。いつもの彼だ。
「何、急に」
「ちょっと・・・・声が聞きたくて、ね」
「・・・・・・・どうしたわけ?何か、泣いてるみたいなんだけど」
やる気のなさそうな、彼の声に癒される感じがした。
垂れてきそうな鼻水を啜って、手探りでティッシュを探した。
「泣いては、ないよ」
「・・・・・・・そう。あ、今度いつこれる?」
「来週くらいに休めると思う」
そっかー、と平馬は自分で聞いたくせに
どうでも良さそうな感じで返事をした。
お金も溜まったし、ゆっくり出来ると思う。
でもそれは言わないでおこう。向こうで言ってやる。
「・・・・・・・・・どうせ、フラれたとか恋愛関係だろ。浮気者」
「ち、がうよ。・・・初恋の人に、告られた」
「は?」
受話器の向こう側で、物が落ちる音が聞こえた気がした。
何やってんだよ平馬!なんていう山口君の声がした気もする。
「卒業式のときに告るつもりだったんだって」
「・・・・・・・・へぇ」
「告られてたら、付き合ってたよ。あのとき」
平馬と付き合い始めたのは卒業後。
選抜かなんかで出会ったんだっけ、か。覚えてないかも。・・・嘘だけど。
「・・・・・・・・・・・・・・で、どうしたの」
平馬の声は、明らかに不機嫌だった。
ムス、なんていう擬音がピッタリな感じ。
「過去形だったから。もちろんNOに決まってるけど・・・・センチメンタルな気分なの」
「・・・あっそ、バカだな」
「でもさっきまで不機嫌だったくせに」
クスクス、とは笑った。
やる気のない平馬が、電話で話してくれるのも嬉しいけど。
自分のことで感情を動かしてくれるのが嬉しい。なーんて、惚気になるけど。
「当たり前だと思うけど」
「・・・・へ?」
もう昔のこと、になってるんだ。
あのとき抱いた気持ちもない。今は、私には平馬がいる。
君にそういう人がいるかはわからないけど。
綺麗な思い出として、心にしまっておこう。
もうきっと、あの番号にも掛けることはないだろう。
強引に電話を切ったし、君もそれはわかっただろう。
試合も、彼のために観るものはなくなるだろう。
やる気のない、今の大好きな恋人に厭味を言われたくないしね。
今度、平馬にもきいてみようかな。
叶うことのない、初恋の話を。