闇に飲み込まれていた。

   光の中で過ごせばあの蝉のように
 
   醜い自身を儚い命を憐れむことなく生きていけるのだと
  
   そう信じこませたのは紛れもなく自分だというのに。



 







      空回りする時間














   先日のことから、は英士の店に顔を出さなくなっていた。
  
   以前までは週に一度は来店していたのだが、
 
   先週はもちろん、今週ももう終わるというのに
 
   未だにが訪れることはなかった。

   
   あの時、上の一馬の部屋にいた英士には、事の詳細は

   結人と一馬から伝えられた。 
  
   しかし、がどのような手段を使って、英士の身請けを
  
   取りやめさせたのかは、誰も知らない。

  
   年の暮れも近づいてくる。
 
   ちょうどあと二月で、英士の誕生日だ。

   英士とが出会って、が英士を救けると約束した日から

   六度目の冬が来る。
  
   
   の家を囲う木々も椿と松以外の葉はすべて枯れ落ち、その落ち葉が

   厚く庭を覆っていた。椿のつぼみが少しずつ膨らんできた。
   
   冬の乾いた風が、庭の風車を廻す。あぁ、本当に冬が近い。


   はずっと横になりながら、それを眺めていた。
  
   どれほど時が経ったのか、今は何日なのかさえわからないほど。

 
   


   「儲かってまっか」



 

   一馬の控えめな声が、落ち葉を踏む音と共にした。

   葉に音を吸われるように、その声は宙へと消えた。


   英士の身請けが大金ならば可能ということが、先日の一件で
  
   はっきりしたのだ。

   あぁ、親しくしていた主人も、やはり楼主なのだな、と思う。

   
   カラカラカラ、と風車は時折廻る。廻って、止まって、また少し廻る。






   「答えてくれないと虚しいだろ、

    


       
   庭のどこか空を見つめ動かないに、一馬が苦笑する。
  

   彼も現状を知ったのだ。      
   
   のもう少しだから、という言葉さえ、信じられなくなってきたのだろう。

   目の下に隈がうっすら、できていた。

   



   「・・・ぼちぼちでんな」





   は棒読みで返したが、その声に力はない。  
 
   結った髪はぼさぼさに乱れていて、いつ解けてもおかしくない。


   あぁ、結局私には何もないのだ。そうわかってしまった。   

   一馬はもう私の後ろをついて回るだけの幼い少年ではない。

   私は、断ち切ったはずの力でなければ生きられないほど、無力であるのに。


   四肢が伸び、女性特有の体つきになった自分の身体。

   ただ身体ばかりが先へ行って、お手玉をしていたあの頃と大差ない中身。
 
   私は一体、なにも変えられてなどいないのだ。  


   


   「、また手紙きてたぞ」



  
 
   何日外に出てないんだ、と呆れた顔で一馬から手渡された手紙の束。

   いつもの文通相手からのを発見して安堵する。

   しかし、その中から微かだが華やかな香りがした。桃の、香り。

   優しいその香りに、吐き気がした。
    
   

 
   「あ、あと乙姐さんがこれって」




   そういって一馬はのそばに小包を置いた。

   楼主からみたいだけど、と付け足して。

   その言葉に、はびくりと体を震わせた。


   あぁ、本当に私はこの六年間をどう過ごしてきたというのだろう。   

   カラカラとただ廻り続けるだけの風車と同じで、何も変わってはいない。


   包みの中身も、手紙の内容も大体わかりきっていた。

   おそらく、あの人の耳にも届いたのだろう。

 
   英士を救けたい。

   あの人の望みを叶えたい。

   そうすれば、私の咎も少しは軽くなると、そう思いたい。

    
   纏わりつく虚無感に気だるそうに身体を起こして

   煙管をとり、そばの火種で火をつけた。

   一口吸うと、はこちらが痛いくらい悩んでいる

   一馬の視線を感じた。
   




   「なぁ、。この前おまえはどうやって、」


 
        
  
   きかないでほしい、と願っていたことだ。

   一馬が来た時点でなんとなくは気づいていたけれども。

   彼らの眼に感じさせまいとしていた、私の謎が
 
   晒されてしまうであろうと思ってはいたけれど。


   一馬は重いものでも吐き出すかのように、苦しげに

   続きの言葉を紡ごうとしていた。   



   
   「どうやって、」

   「あきまへんて、お客はん!」




   菫姐さんの叫ぶような大声が、一馬の言葉を遮った。

   つくった京弁で高い悲鳴が続く。

   
   二人は慌てて、表へ出た。

 
   そこには、裕福そうな中年の男に手首を掴まれて
  
   抵抗して叫ぶ菫姐さんがいた。 

         
  

   「この・・・っ」 




   一馬が中年の男を引き剥がし、菫姐さんを自分の腕の中に

   かかえるように保護した。 

   
   同時にはその男の首の、ちょうど喉仏のところに煙管を当て、

   懐の小刀を光らせた。


   


   「何してんですか、あんた」

   「さん!」

   「菫姐さんは蝶屋の看板だってのに、キズでもついたら、」





   は一旦そこで言葉を止め、 男の喉下で刃物のように冷たい煙管で

   つつ、と喉を切るように肌をなぞる。ひやりとした、感触。

   



   「いったいどう落とし前つけるつもりだよ」


   


   そのまま煙管を移動させ、くい、と脂肪のついた顎を上げさせる。

   下から睨み上げたの瞳は、冷徹だった。

   
   毎日だてにヤクザ者相手に仕事をしていない。

   それに、が呼べば様々な職種の客だった人たちが駆けつけてくる

   腕と信頼と、器量はある。  
 
    
   男はひい、と小さく悲鳴をあげたが、言い出したのは

   妙なことであった。違う、と。








   「菫は、もっと年のいった、切れ長の瞳の女じゃなかったかっ」
   
     




 

   はその言葉に眉をぴくりと動かした。

 







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