それは本当に、偶然で、まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
地元のプロサッカーのクラブチームのグラウンドからの帰り、
は久々に会う友人と、いつも一人で行くグラウンドへの応援、差し入れ、
そしてそのあとに必ず寄る喫茶店でのんびりと話をしていた。
友人の好きな選手がたまたまの応援しているチームに移籍したので
会いに行く!と意気込んでくっついてきたのだ。
軽く食事をしながら、お菓子をつついてお茶をしていれば
話題は互いに好きな選手のことで盛り上がり、気づけば二時間は経っていた。
これから恋愛話、といったところだろうか。
ゆったりとした店内で、もう常連になったは店主から嫌な顔されることなく
むしろもっといてほしいというくらいの扱いを受けていた。
するとおもむろに友人の携帯が鳴った。
この光り方は、カレシ・・・かな。
画面を開いて、メールをみた友人の表情が一気に青ざめる。
「ごごごごめん!カレシと約束してたの!すぐ帰るって言ってたの忘れてたよぅっ」
「大丈夫。ほら、早く行きなよ」
が笑って手を振ると、友人は自分の分の代金をしっかり置いて
ごめんまたゆっくり話そうね!とあわただしく出て行った。
そんな友人にクスクスと笑みをこぼして、店主はに紅茶のおかわりを
淹れてくれた。
私ももうずいぶんのんびりさせてもらったし、これ飲んだら帰ろうかな。
テーブルに載せていた手帳を小脇に置いたバッグにしまう。
ふと目に留まったのは、床に落ちている黒いもの。
観葉植物と椅子の隙間のちょうど死角となるところにそれは落ちていた。
「携帯・・・?」
誰のだろう。
有名な漫画のキャラクターのストラップがついている、黒い携帯電話。
店主にきこうと思ったが、どうやら焼き菓子の焼き上がり時間のようで
奥に行ってしまっていた。
心の中でごめんなさい、と思いながらその電話を開く。
個人情報みれば届けられるよね。もしくはかかってくるかもしれないし。
そう思って操作して出てきた画面に、は固まった。
「・・・・・・・・え?」
上原 淳
パタン。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いやいやそんなわけないって!
あまりに好きだからって私ちょっと見間違えちゃったんだよね!
今日久々に友達とサッカー談義なんかしちゃったからきっと、ね!
恐る恐るもう一度携帯電話を開く。
が、そこにはやはり同じ名前が。・・・どんなに目を背けても現実は現実だ。
「嘘、でしょ・・・!?」
だって、これ、どうしたらいいの私?
幸い彼の所属するチームは今さっき行ってきたばかりだから
いやもうすぐそばにあるし、いつでも行けるっていうかもう毎日っていっていいほど
私通いつめてますけどさぁ!
悶々と携帯電話とにらめっこした末、とりあえず頭を冷やそうと
は家へと帰った。
「はぁー・・・この電話止めてある・・・さすがプロ」
家に帰って、とりあえず誰かからかかってくるのを待っていた。
しかし不自然なほど全く反応のない携帯電話に違和感を抱き、少し操作してみたら
電話自体を止めていることが判明した。
そりゃあそうだよね、プロだし。ロックかかってないから他の人の丸見えだし。
上原選手っていったら、代表にも選ばれたし、チームでもレギュラーだし
人気の方は・・・まぁあまり目立たない選手だから微妙なところだけど
友人は多いってよく聞く。
だからきっとこの中にはいろんな選手の連絡先が入っているはず。
サッカー大好きなとしてはぜひとも一件だけでもいいから
知りたいところだけれども、人としてなんだか咎める。
本来なら電話帳から誰かにかけて取りに来てもらうのが一番いいのだろう。
だけども、電話帳を見てしまったら終わりな気がしてしまうのだ。
甘い誘惑に勝てなかったら、自分で自分が許せない。
「・・・ってかこれ、本当に上原選手のなのかなぁ」
上原って別に珍しい苗字でもないし、淳って名前もそうだ。
同姓同名かもしれない。
ただ、このストラップ、見覚えがあるんだよね・・・。
藤代選手のブログかなんかで写ってた気がするんだよなぁ・・・。
それにこれ、私あげたやつと同じなんだけど、まさか、ねぇ・・・?
あああああもうわかんない!
「とりあえず明日渡してみて、違ったらどうにかするよね!」
明日練習、明後日オフで、そしたらキャンプだし、本人のだったら困るしね!
はいつもと同じ便箋に気合と愛をこめて文章を書き
喫茶店で買った差し入れと一緒に携帯電話を紙袋へといれた。
・・・あとはどうにでもなれ!
目が覚めて、全部夢だったらいいのになって思っていたささやかな願望は
自分が書いたファンレターと差し入れの入った紙袋にまぎれもなく同梱している
黒い塊に打ち砕かれた。
喫茶店で拾ったことと中見ちゃった謝罪とかいきさつとか色々書いて
とりあえず手紙に連絡先書いたし、もしかしたらなにか反応があるかもしれない。
連絡なんて来るはずないけれどね。てか初めて書いたよ!あんなに書いてるのに!
今まで勇気出なかったけど、ここにきてまさかの展開だよ!
内心は心臓が壊れそうなほど不安に苦しかったりドキドキ鳴ったりしているのだが
表面には出さないよういつも通り練習を見学し、選手がクラブハウスに戻ってくる。
人気のある選手が多いこのクラブではやはりそっちの選手にファンが殺到する。
はその塊とは離れたところで汗を拭きながら歩く上原を見つけ、駆け寄った。
「お、お疲れ様です!あの、これ」
「いつもありがとうございます」
「あ、あの、」
「はい?」
「あ、いや、えっと・・・」
どうしたらいいかな!?
よく考えたら私ちゃんと話せるような人種じゃなかった!
それに携帯電話落としました?なんてこんなところじゃ聞けないし!
「だ!」
「だ?」
「大事なことが書いてあるので、よ、よかったら、読んでください・・・っ」
あああああもうなんでこんなことしかいえないかなぁ私!
読んでるかなんてわからないじゃないの!
どっちにしろ社交辞令ではいって答えるに決まってるよぅ!
私の動揺がおかしかったのか、上原はくっと笑みをこぼした。
「わかりました」
そう言った笑顔は、今まで見た中で一番のもので。
選手間でしかしないような、素の笑顔。
あまりにも幼くて、甘くて、顔がほてるのがわかった。
じゃあ、と上原が去っても、はその背をぼーっと眺めていた。
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